第72話 オークションの風景

正面のステージには色々な商品が運び込まれては競り落とされてゆく。

大抵は美術品で俺の興味の外にあるものばかりだ。


ただ競り落とされる金額がここに金持ちが集まって居ることを教えてくれる。


「5千万、5千万、ほか有りませんか、有りませんか...落札です」


金銭感覚で言えば1帝国マルクが100円と言う感じだから、50億円であれは落札されたってことだろう。


実際は富が偏在しているこの世界では高額になるほど円とに換算率が縮まる感じだ。

競り落とした当人は驚く程の高額とは思っていないだろうな。


大金持ちは金銭感覚が違うってことだよね。


でもあの良く判らない像が五千万帝国マルクで落札されるのなら、古龍の鱗にも良い値が付きそうだ。


その後も、俺には価値が判らない商品が出品されては俺には理解できない高額で落札されてゆく。

まったく、帝国の経済力を見せつけられる感じだよ。


そして意外なことに高額で落札しているのがほとんど豪商と呼ばれる平民だ。

てっきり、貴族がオークションの中心を占めると思っていたがどうやら違うようだ。


「ハーツさん、さっきから見ていると落札者のほとんどが平民みたいなんですが?」


「そうですね、貴族は金に困っている人が多いですから、どちらかと言えば出品する側ですね」


へええ、貴族は金に困ってるんだ。


「オイゲン様、王国との大戦はつい先日の事です。

そして王位を争う帝国を2分した内戦もありました。

更にこの先に待っているのは王国との最終決戦です。

こんなことをしていれば、貴族の懐からはお金は出ていくばかりですよ。

特に王国との戦争では領土も賠償金も手に入れてませんし、内戦は共食いの様なものですしね」


バカな話だ、命がけで戦争をして疲弊するだけとは。

まあ、王国も先の帝国との戦争の傷を癒せてはいないか。


「それは判りますが、なぜ商人が裕福なんですか?」


「領地に固執して領地が生み出す作物に収入のほとんどを依存する貴族では収入は頭打ちです。

でも、商人は扱う商品に付加価値を生み出します。

そして、付加価値が更に富を膨らませるのです」


領民が作る作物から得る税金が主だった収入では確かに収入が大きく膨らむことはない。

でも、付加価値、そして付加価値が更なる付加価値を生む。

良く判らないな?


「オイゲン様は不思議そうなお顔をしていますな。

そうですな、解りやすい例では麦の先物市場でしょうか。

現物の取引では数回も売買されれば多い方でしょう。

でも、先物市場は違うんです」


先物市場か、日本では当たり前にあったけど、この世界にもあるのか。


「先物市場は富を生み出す仕組みなのです。

なぜなら、将来収穫される予定の麦の権利であれば物は動きませんから何度でも取引できます。

それに、値上がりや値下がりへの思惑から、本来の麦の価値を超えて価格は大きく動きます.

最近では信用取引も始まっていますので、実際に収穫される麦の何十倍もの量が先物市場で取引されます。

取引が雪だるまのように膨らみ、富も雪だるまのように増えます。

領地から得る税が全ての貴族ではこの流れに付いては行けないんです」


なるほど、金が金を産む世界は商人の独壇場というわけか。


「もしかして、ポーションにも先物市場があるのですか」


「もちろんです。

王国との戦争が近いという雰囲気の中でポーションの先物価格は暴騰しています」


そうか、それもあって冒険者ギルドは充分なポーションを入手できずにいたわけか。


「そんな状況ですから、王国との戦争の準備が必要な貴族たちは先祖伝来の財産もオークションに出品せざる得ない。

商人は持て余すほどの金でそれを買いあさる。

ここは、そんな場所なのです」


「それでは、リーンバース家のご息女やリーンバース家に連なるご息女がオークションに出品されるのも...」


「そうですね、手っ取り早くお金を得たいからでしょう」


泡沫とはいえ一応貴族である俺にとっては随分と耳が痛い話だった。


いや、違うな、これからの貴族の生き方を考える良い機会なのだろう。

やはり、異空間倉庫を使って貿易を志した俺は間違っていないのだろう。


なにしろ、目の前で貴族が代々蓄えた富が一瞬で平民に流れてゆくのを見ているのだからな。


ぼんやりとそんな事を考えているとステージには古龍の鱗が展示され休憩が宣言される。

予定外の古龍の鱗の告知のためだろう。

自由にステージに上がって古龍の鱗を確認してくださいとアナウンスが流れている。


古龍の鱗と言う言葉を最初はみんな信じられないという雰囲気だったが徐々にステージに人が集まってゆく。


そして、多分鑑定持ちの商人がいるのだろう。

凄い、本物だ!

そんな声が上がり始める。


「オイゲン様、古龍の鱗の人気は上々のようですね。

これは、凄い競になりそうですな」


ハーツさんが興奮気味に話しかけてくる。


「高い値が付くのは大歓迎ですね。

でも、商人がそんなに古龍の鱗なんかを欲しがるんですかね」


「当たり前です。

此処にしかない商材ですよ。

持っていて値が下がる事など無いですからね。

もっとも、オイゲン様が古龍の死体を丸ごと持っているとなれば話も変わりますが」


「そんなの無理ですよ。古龍は人の手に余るものです」


「そうでしょう、そうですとも。

だからこそ価値が有るのですよ」


なるほどね、この先も古龍の素材は小出しにすることにしよう。


「ねえ、オイゲン様、私を買ってくださいませんか」


俺の横にいる陥没乳首のおっぱいちゃんが俺にとんでもないことを言ってくる。

俺がオークションに集中してからは俺に絡みついていた脚も離れて大人しくしていたのにいきなりだね。


「買う?、買うって君をかい?」


「そうです、私です。 オイゲン様は古龍の鱗をオークションに出されるほどのお人です。

私を買うなんて簡単なことですよね」


簡単、まあね、そうかもしれない、でもなあ....


「貴方、少し厚かましいのではありませんか。

貴方のような破廉恥な女はオイゲン様には不要です」


リンが話に割り込んでくる。

随分と怒っているな。


「あら、お嬢様には関係の無い話ですわ。

それに、オイゲン様の目的のひとつはリーンバース家のご息女やリーンバース家に連なるご息女を競り落とすことでしょう。

それほど多くの女を買われるのですから、私一人が増えてもよろしいのではないでしょうか」


「オイゲン様、ご興味が無いと思い説明をしておりませんでしたが、この女のように胸を出している女は全て売り物なのです。

オークションではみな財布のひもが緩むのでこのような女達も良く売れるのです」


そうか、そうなんだ。


「それで、キミはなんで僕に買われたいのかい」


俺が自分に興味を持ったと思ったのか、陥没乳首のおっぱいちゃんはその武器のおっぱいを俺に押し付けてくる。


「オイゲン様、オイゲン様は古龍の鱗を手にするようなお方です。

私はそのようなお方に買われたいのです」


なんだ、金目当てか。


「それに、そちらの女性はたしか帝国の貴族だった、リンユース様ですよね。

私、一度お見受けしたことがあるのです。

辺境に咲く白百合の姫として有名なお方でした。

ただ、先の王国との戦いで王国に囚われたままと聞いていますが」


俺の耳元でハーツさんに聞こえないようにおっぱいちゃんがささやく。


「あまり、余計なことは言わないほうが身のためだぞ」


俺はおっぱいちゃんをけん制する。


「オイゲン様の物になれば、私の全てはオイゲン様の物です。

オイゲン様がご不快になるようなことは申し上げませんわ。

だって、主を不愉快にさせるような奴隷では始末されるしかありませんもの」


なるほどね、だから私を買えってか?

なんでこんな危ない橋を渡ってまで俺に買われたいんだろう?

おっぱいちゃんが言う通り、この会話を俺が不愉快に思っていれば買われてから碌な目に合わないことぐらいは判っているだろうに。


「しょうがない、買ってやるよ。

でも今のやり取りで俺は少し気分を害している。

それを判って俺に買われるんだな」


「ハイ、私を買って良かったとご主人様に思われるようにお勤めさせていただきます」


そういうおっぱいちゃんの顔には不退転の決意が見えるようだ。


「そうか、なら励んでもらうか」


俺がそう言うと少し戸惑いの表情を浮かべた後でおっぱいちゃんが口を開く。


「願わくば、妹も一緒に買っていただけませんでしょうか」


自分が何を言っているかは判っているのだろう。

それでも言わずにいれなかったのか。


「妹か、お前達の事情は俺には関係の無い話だ。

そして、奴隷が主に大金を使ってくれとせがむなどあってはならない事だ。

それでも俺に妹を買えとせがむのか」


「はい、奴隷の身分で余りに図々しい願いで有ることは重々承知しています。

ですが、伏してお願いいたします」


おっぱいちゃんが俺に願う言葉を聞いて俺は妹を見る事にした。

おっぱいちゃんの言葉遣いに高い養育を受けていることを感じたからだ。


そしておっぱいちゃんの妹が連れて来られる。

おっぱいちゃんとは違いチーパイだな。

いや、チーパイ以前に幼すぎる。

こんな幼児になんて恰好をさせているのだろう。


そしておっぱいちゃんが俺にささやくのだ。


「私達姉妹は帝国に滅ぼされた国の伯爵の娘です。

小国ではありましたが、貴族としての矜持を持ち、教育も施されています。

どうぞ、姉妹でお買い上げいただきたくお願いします」


そう言う事か。

貴族の矜持としては平民の慰め者にはなりたくはないんだろうな。

それに妹を案じて危険を冒してまで俺に自分を売り込んだか。


すがるような目で姉を見る妹にも心を動かされてしまった。


そして俺は目的のオークションを前にして奴隷を2人買う事にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る