第四十九話 《神の見えざる手》の情報
「あ、あの、ルナエール……その、私、見ての通り体調が悪いの」
ニルメインに支えられながら、ソピアはそう口にした。
「確かに、体調がよくないようですね。妙なときに押しかけてしまい、申し訳ございません」
ルナエールが小さく頭を下げる。
「そ、そうなのよ! 悪いけど、また今度に……」
「
白い魔法陣が展開される。
ソピアの身体が白い光に包まれ、生気のなかった顔が色を取り戻していった。
「これで問題ありませんね」
ソピアとニルメインは、息をするかのように第二十三階位の魔法を行使したルナエールを見つめて凍り付いていた。
もはや今更ではあるが、どう足掻いても対抗できる戦力差ではなかった。
不意打ちに出ても勝機はない。
少なくとも奇跡的に大ダメージを与えても瞬時に回復されることがわかった。
「少しでも口を滑らせたら、殺される……」
ソピアは俯いて、小さくそう呟いた。
「本題に入らせてください。《神の見えざる手》について、何かご存知でしょうか?」
「し、知らない……。そ、そう、私、そんな組織のこと、全く知らないわ。ここまで足を運んでもらって、本当に悪いんだけど……」
「知らない……? 世界で最も長い年月を生きてきたあなたが? 妙ですね、王族なら神の干渉については極秘情報として口伝で受け継がれていたようですし、《神の見えざる手》のことも噂程度であれば知っている貴族が多かったのですが。何か私は、見落としているのでしょうか?」
ルナエールが不思議そうに口許に手を当てる。
「や、やっぱり知ってるわ! あ、アレね! アレのことね! ごめんなさい、聞き違えていたみたい!」
ソピアは声を荒げて、大声でそう言った。
ニルメインが不安げに彼女の顔を見る。
「ソピア様! それはまずいですよ、《神の見えざる手》を裏切ったら、世界に居場所が……!」
「やめてちょうだい、ニルメイン? 裏切るって何? 私、あんな連中と関わったことないから!」
「ソピア様ぁ!?」
ニルメインが目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。
《神の見えざる手》の主な仕事は世界の調整である。
危険なアイテムの回収や異端分子の排除、各国の方針・戦力の制御まで多岐に渡る。
その世界の調整には、強すぎる個人の殺害も当然含まれている。
《神の見えざる手》から逃れるためには、《神の見えざる手》の《五本指》になるしかない。
カナタに敗れた《屍人形のアリス》は上位存在に気が付いており、現状ではいずれ自身が殺されるシナリオが用意されることは避けられないと考えて世界のバランスを乱すような目立つ行動は控え、《五本指》の一人になれる力を求めていたのだ。
つまりソピアが《神の見えざる手》から離反するということは、このロークロアの世界を、上位存在達を敵に回すということに等しい。
《神の見えざる手》は絶対に離反者を許さないだろう。
ソピアも《神の見えざる手》を裏切るような馬鹿な真似はしまいと考えていた。
「……いいわ、ルナエール。《神の見えざる手》の、私の知っていることは全て教えてあげる」
だが、自分の命が危機に迫っているとなれば話は別である。
そもそもソピアは殺されないために《神の見えざる手》に入ったのだ。
自分の命を懸けてまで上位存在に尽くす義理などない。
今確実に殺されるよりも、後で命を狙われる道を選んだ。
「ソ、ソピア様……その道も、茨の道ですよ……」
ニルメインは、あわあわとソピアとルナエールの顔へ交互に目をやった。
「《神の見えざる手》は、上位存在の神託の受けてこの世界を調整する、少数精鋭の組織よ。この世界で、最も危険な連中でしょうね」
ソピアはあくまで他人事のようにそう語る。
「一人目は、この世界の理の守護者である、ドラゴン界隈を牛耳る《空界の支配者》……。彼のことを知りたいなら、人間を監視している竜人の隠れ里か、人類未踏のドラゴン達の大陸に向かうしかないでしょうね」
「なるほど、人の踏み込まぬドラゴン達の大陸に……」
ルナエールが頷く。
「二人目は、ヤマト王国の古き王、《第六天魔王ノブナガ》よ。かつて、この世界の統一を目論んだ覇王。上位存在が干渉しなければ、本当にそうなっていたかもしれないわね。今は表では、部下の裏切りによって死んだことになっているわ。彼についての情報はヤマト王国に行けば得られるかもしれない」
「ヤマト王国、ですか。これまで訪れたことはありませんでしたね」
ルナエールがまた頷く。
ソピアは既に《空界の支配者》が捕らえられていることは知っていた。
《第六天魔王ノブナガ》の情報を得るためにヤマト王国に向かうのがあまり効率的ではないことも承知の上である。
《神の見えざる手》の情報を売り飛ばして安全を確保しつつも、余計な恨みを買うのは最小限に留めようという消極的な作戦であった。
ニルメインはずっと不安げにソピアをチラチラと見ている。
ソピアはニルメインの様子からルナエールに不信感を抱かれぬように、ニルメインへと視線は返さないように必死に気を付けていた。
「三人目は《沈黙の虚無》……こいつについては、私もほとんど何も知らないわ。黒い布で全身を隠した、小柄な人物よ。男なのか、女なのか……いえ、もしかしたら人間でさえないのかもしれないわね。《神の見えざる手》の中で一番危険な存在だともいわれているわ。どこでどうしたら会えるかなんて、私にもわからない」
「……なんだか、想像以上に随分と詳しいですね、ソピア。まるで彼らと何度も話したことがあるかのようです」
「わわわ、私が物知りなのは当然でしょ!? 一万年も生きてるのよ私は、一万年! 舐めないで頂戴!」
ソピアが激しく机を叩き、必死の形相でそう主張した。
「軽んじるつもりはなかったのですが……」
ルナエールが困ったように眉尻を下げる。
「ハ、ハイエルフは自尊心が高いのよ。ルナエール、言葉には気を付けなさい」
ソピアは咳払いを挟んだ。
ニルメインは不安げに二人のやりとりを眺めている。
今、一番言葉に気を付けているのはソピアである。
不遜な態度を演じながら、どうすれば自然に一刻も早くここから逃げられるのかを必死に考えていた。
「四人目は《世界王ヴェランタ》……直接神託を受け取る、《神の見えざる手》の実質的な頭目格の男……だと、風の噂でほんのちょっとだけ聞いたことがあるわ。別に、直接会ったことはないし本当に噂程度だけど。仮面をつけていて、正体は不詳だけど、《
「なるほど、特に《沈黙の虚無》と《世界王ヴェランタ》の動向を追うのは骨が折れそうですね」
「かもしれないわね。以上が《神の見えざる手》の幹部……あなたが追っている、《四本指》の面子よ」
ソピアが真剣な面持ちで頷いた。
「四本指!? ソピア様あの、そ、それはちょっと、誤魔化し方が雑……!」
「何がおかしいの!? 別にいくらでもいるでしょ! 戦いの中で、指の一本や二本、失った人くらい!」
ソピアは素早く動き、ニルメインの首を絞め上げて彼女の言葉を止めた。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!」
ルナエールは首を傾げて、不思議そうに二人のやりとりを眺めていた。
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