第二十五話 ダブル再来

 無事に《巨竜の顎》の下層まで降りて、《竜眼水晶》を真っ赤にすることができた。

 これ以上色が変化するとは思えない。


 赤くてあまりに眩しかったため、一旦ポメラとフィリアの分を合わせて三つ共、俺の魔法袋に回収させてもらうことにした。


 空中を動き回ることのできる風魔法、《風の翼フリューゲル》を用いて上の階層へと戻ることにした。

 ポメラ、フィリアの背を押すようにして、上の階層、上の階層へと飛んでいく。


「わーい、きもちいい!」


 フィリアは向かい風を受け、気持ちよさそうにしていた。

 あっという間に元の地下一階層へと戻ることができた。

 後は入口へと向かうだけだ。


「第一試練に比べて面倒臭そうだと思いましたが、案外簡単に終わりましたね」


「カナタさん、それは《巨竜の顎》を壊したせいだと思いますけれど……。あの、本当にこれ、突破できたと言えるのでしょうか? 下手したら桃竜郷を追い出されるんじゃ……」


 痛いところを突かれ、俺は下唇を噛んだ。

 最大の問題を見逃していた。

 ことの顛末を伝えれば、ライガンが駄々を捏ねることは容易に想像がつく。


「……でも、考えてみてください。試練を受ける人間が、簡単に壊せる程度のダンジョンなのも悪いと思いませんか?」


「カナタさんとフィリアちゃんがおかしいだけですよ!?」


「大丈夫ですよ……。魔物なんて、その内勝手に湧いてきます。ダンジョンの道筋がわかる方が試練として間違っていると思います。ちょっと通路が変わったくらい、そんなに関係ありませんよ」


「そ、そうかもしれませんけれど……でも……」


「しばらくは落石に気を付けた方がよさそうですが……まぁ、ライガンさんも、元々危険なトラップが多いと言っていましたし……」


「……カナタさん、意外と自己擁護するときは舌が回るんですね」


 ポメラが呆れた表情を浮かべる。

 通路を進んでいると、前方から足音が聞こえてきた。

 俺はびくっとして、思わず通路の角に身を寄せた。

 竜人がダンジョンの様子を見に来たのかもしれない。


「カナタさん、どうしたんですか?」


「……いえ、バツが悪くて」


 俺は咳払いを挟んでから答えた。

 ポメラが冷めた目で俺を見る。

 そうっと首を伸ばせば、目立つツートーンカラーの髪が目についた。


「あれは、ミツルさん……」


 竜頭岩に押し潰されて瀕死の重傷を負っていたはずだが、既に復活して第二の試練に挑んできていたらしい。

 その凄まじいバイタリティには見習うところがあるが、さすがにもう少し養生しておいた方がいいのではなかろうか。

 この桃竜郷には傷を癒す秘薬があるとはライガンも言っていたが、ここまで生き急ぐこともないだろう。


「ミツルさぁん、さすがに戻って休みましょうよお。何か、妙なことが起きているみたいですし……」


 黒翼の少女、ヨルナも同行している。

 怪我をしたばかりのミツルだけで第二の試練は危険だと判断したのかもしれない。


「ウゼェぞヨルナ! あの転移者が入ったところなんだろ? このまま勝ち逃げされて堪るかよ! 一番強いのは俺だと、あのひょろモヤシ優男に証明してやる! 竜王はその後だ!」


 ミツルはヨルナへとそう怒鳴った。

 ヨルナは身体を縮込め、「うう……」と漏らしていた。


「でもお、今のダンジョンじゃ、実力試しにもなりませんよお。ほら、魔物は死んじゃってますし、トラップだっていくつも潰れてて……」


 俺はバツの悪さに、思わず咄嗟に耳を塞いだ。

 その際、壁に肘をぶつけてしまい、通路に音が響いた。


「あっ……」


「おい、誰かそこにいやがるな? 竜人か? ……あ、テメェ、さっきの転移者じゃねえか!」


 ミツルはこちらまで歩み寄ってきて俺を見つけると、声を荒げた。


「ど、どうも……」


「ハ、なんだ、思ったより時間は空いてなかったみてぇだな。こうもすぐ追いつけるとはよ。チンタラしやがって、《神の祝福ギフトスキル》の手品で乗り切っただけで、第二試練は苦戦してるらしいじゃねえか。やっぱり、気にする程の奴じゃなかったみてぇだな」


 ミツルは俺を挑発しながらも、どこか安堵したような顔をしていた。


「いえ、帰りで……」


「はあ!?」


「あ、いや……変な地震があったので、手早く戻ろうと相談していたんですよ」


「チッ、しょうもねぇ野郎だ。オレは事情がどうだろうが、このまま進んで二千二百点取らせてもらうぜ」


 二千二百点といえば、聖竜の千点を超えて、王竜の点数だ。

 ミツルの第一の試練の点数は五百点なので、かなり厳しいだろう。

 聖竜が事実上の最高称号だ。別に無理をして王竜を目指す意味も感じないが……。


「クク、竜人共は実力主義……竜王も、力だけを認められて今の地位を得た奴だ。んな奴が、見下してたぽっと出の人間に負けたら、どんな顔をしやがるのか楽しみだからな」


 ミツルは口を大きく開き、好戦的な笑みを浮かべた。


「試練は所詮試練ですし、点数は……」


「関係なくはないさ。王竜の点数を超えれば、竜王への挑戦権が認められる。その挑戦を、竜王は規則上拒めねえ。ぶっ倒せば、次の奴が竜王ってわけだ。んな座に興味はねぇが、宝物庫のアイテムを物色する権利も認められる。高慢な馬鹿共の鼻っ面へし折った挙句、奴らのお宝を頂戴できるわけだ。最高だろ?」


 そんなルールがあったのか。

 ラムエルやライガンからは聞いていなかった。


 いや、ラムエルは、竜王への面会で実力が認められれば、竜王の保管しているアイテムを褒美として受け取ることができると言っていた。

 このことだったのかもしれない。


「説明不足……」


 俺は溜め息を吐いた。

 脳裏では、ラムエルが無邪気な笑顔を浮かべながら、ピースをしている様子が浮かんでいた。


 桃竜郷に対して悪意を持っている者が試練を受ければどうするつもりなのだろうかと思ったが、大前提として竜か竜人の恩人しか、この桃竜郷を訪れることができないようになっている、ということを思い出した。

 加えて、竜人の傲慢な気質と、実力主義が合わさった結果なのだろう。

 恐らく、負けさえしなければ問題ないの精神なのだ。


「まあ、俺達はここで帰るので、頑張ってください……」


 俺がそう言って去ろうとしたとき、背後よりミツルに肩を掴まれた。


「おい、待てよ。第一の試練では、テメェの手品のせいで引くに引けなくなって、瀕死の重傷を負ったんだぜ。いや、怪我のことはいい。だが、よくも竜人共の目の前で大恥を掻かせてくれたな? このままで済むと思っていやがるのか?」


「それはあなたが勝手にしたことですよ。放してください。タイミングが悪かったことは謝罪しますが……どうしろって言うんですか?」


 俺は睨み返し、ミツルの手首を掴んだ。


「決まってやがるだろう、モヤシ野郎! ここで会ったのは話が早い。卑怯な手品でオレを嵌めやがったんだ。オレと勝負して、堂々とここでぶっ倒されやがれ! なに、入口近くだ! 血塗れんなって、お仲間に外まで運び出してもらうことだな!」


 ミツルが逆の手で殴り掛かってきた。

 まさか突然殴って来るとは思わなかった。

 俺は咄嗟に押さえているミツルの腕を捻り、そのまま宙に持ち上げ、遠くへと放り投げた。


 ミツルは背中から壁と衝突しそうになったが、素早く反転して壁を蹴り、体勢を整えて床へと降り立った。


「何を考えてるんですか!」


 わかっていたことだが、恐ろしく喧嘩っ早い。

 元地球人である転移者の感性とは思えない。


「悪くねぇ反応と力だ。多少はちゃんと戦えるみたいじゃねぇか。そうじゃねぇと、倒し甲斐がねえよなぁ!」


 ミツルが腕を交差に組み、身体中に力を入れる。

 筋肉がやや膨張し、赤い蒸気が昇り始めた。


「《極振りダブル》……攻撃モード! さぁ、テメェの《神の祝福ギフトスキル》を出してみやがれ!」


 そのとき、ダンジョン内に小さな揺れが起こった。


「……あん?」


 ミツルが天井へ目を向ける。

 次の瞬間、落石がミツルの姿を押し潰した。


「ミツルさんんんんんんん!?」


 遠目からハラハラした様子で見守っていたヨルナが悲鳴を上げた。


 崩落したてて不安定だったダンジョン天井の均衡が、ミツルの蹴りで崩れたらしかった。

 俺は顔を両手で覆った。

 しばらく人が入るのは危険かもしれないとポメラと話していたが、その通りになってしまった。

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