第四十四話 ハーフエルフと山羊面の女(side:ポメラ)
カナタと別れたポメラは、フィリア、ロズモンドと共に冒険者ギルドへと入った。
ギルドの表では、昨夜には声を掛けていなかった一般冒険者も馬車への同行を呼び掛けているようであった。
ポメラ一行はガネットの補佐、尖り帽子の男ジルドに案内され、先日と同じ奥の会議室へと通された。
中に入れば、ガネットが素早く入口へと歩み寄り、手揉みしながら出迎えてくれた。
「おお、来てくださいましたか! 聖女ポメラ殿に、ロズモンド殿……それから、そちらのお嬢ちゃんはフィリア殿でありましたな」
「は、はい! あの、今日は頑張らせていただきます!」
ポメラはガネットへとぺこぺこと頭を下げた。
元々ポメラはあまり人慣れしておらず、特に格式ばった場や相手は苦手であった。
最近はカナタがいない状態で街を歩くこともほとんどなかったので、少し緊張していた。
「いえいえ、そう頭を下げなくとも」
畏まるポメラとは反対に、ロズモンドは不遜な態度であった。
ガネットへと目線をやったくらいで声を返すこともせず、ほとんど彼の挨拶を無視していた。
フィリアはガネットへと近寄り、彼の髭へと手を触れていた。
「お髭のおじさん!」
「フィッ、フィリアちゃん! 駄目です! 失礼ですから! ガネットさんは偉い人なんですよ!」
「ほっほ、子供のすることです、お気になさらず。こんな爺の髭でよければ、好きなだけお触りになってくだされ」
ガネットが柔和に微笑んだ。
それからすっと目を細め、ポメラの方を向いた。
「それで、その……カナタ殿は、どちらへ」
「す、すいません! その、実はカナタさんなのですが……急用ができてしまったとのことで、こちらには参加できなくなってしまったのです! すいません!」
ポメラの謝り振りを見て、その場にいたギルドの職員が笑った。
「いえいえ、聖女と名高いポメラさんに来ていただけただけで本当に助かります。今回はよろしくお願いいたしますね」
ただし、ギルドの職員とは打って変わり、ガネットはがっくりと肩を落とし、落胆を露にしていた。
「……そ、そうでございましたか……カナタ殿は、急用で……。あの、カナタ殿はどちらへ向かわれましたかな? よろしければ、儂の部下を向けてカナタ殿のお手伝いをさせようかと。もしもそれで手が空くようでしたら、こちらに参加していただければ幸いなのですが……。それでも駄目でしたら駄目で、無論構わないません」
「え、えっと、そのう……ポ、ポメラにはちょっと、カナタさんがどこへ向かったのかは、わからないと言いますか……」
ガネットが顔を上げ、じろりとポメラの目を見た。
ポメラの言葉が本当かどうかを探っているような目であった。
ポメラは思わず、目線を逃がすように床へと落とした。
「なるほど……いえ、仕方ありますまい……」
「ほ、本当にすいません……」
ポメラは思わず、もう一度ガネットへと謝罪した。
ポメラの肩を、ロズモンドが仰々しいグローブ越しに軽く叩いて顔を寄せた。
「……おい、ハーフエルフの小娘。あの男は頑なに力を隠していたようであったが、狸爺には話していたのか? 狸爺は、妙にあの男に熱心な様子ではないか」
「……い、いえ、黙っていたはずではあるのですが」
ポメラは不安に思いながら、落胆しているガネットを見つめた。
どうにもガネットは、カナタの実力に勘付いている節があった。
その後、ポメラ達は円卓周りの椅子へと移動した。
フィリアは元々呼ばれていないので、円卓周りの椅子を使うのは少し悪いと考えたポメラが、自身の膝へと乗せることになった。
ポメラは隣の席に座る、黙ったまま腕を組んでいるロズモンドを、横目でちらりと確認した。
流れでロズモンドはそのままポメラの隣へと座っていたが、特に何も話さず沈黙が続いていた。
昨日の冒険者会議の段階で、ロズモンドはカナタと不思議と話が弾んでいたが、ポメラはたまに少し相槌を打っただけで、まともに話をしたといえる状態ではなかった。
一応ここに来るまでで話をしたといえばしたが、ポメラがロズモンドの言葉が少し気に障り、突っかかってしまったくらいである。
知人というにはあまりに薄い距離感であった。
ロズモンドも元々愛想がいい方とはいえないし、ポメラも極度の口下手であった。
しかし、顔見知りであり、近くにいる以上、ずっと黙ったままというのも引っ掛かるものがあった。
ポメラとしては、このままお互い沈黙を保っているのは妙な気まずさがあるというか、なんとなく不自然であるような気がしたのだ。
声を掛けた方がいいのかもしれない、いやそれが自然なはずだと考え、呼吸を整えながらタイミングを見計らっていた。
ポメラは人見知りをする方ではあるが、変なところで律儀であった。
「き、昨日会議にいた皆さんは、ほとんど全員来られているみたいですね」
「……ほう? それは、我が身可愛さに、ここへ来るか悩んでいた我への当て付けか?」
ロズモンドは山羊の面を傾け、ポメラを睨みつける。
「ち、違います! あ、あのあの、ポメラ、別にそういうつもりではありません!」
ポメラはぶんぶんと首を振って否定した。
ロズモンドが彼女の様子を鼻で笑い、会議室の中を見回した。
「……《
「S級冒険者の、コトネさん……ですよね?」
ポメラはロズモンドの言葉を聞き、コトネの顔を捜した。
だが、確かに見当たらない。
「……来ない気やもしれんな。奴の実力は間違いないが、何を考えているのかまるで読めん、無口で不気味な女だ。しかし、奴が来ないとなると……それだけで此度の集団移動の危険度が増すな」
ロズモンドが重々しく口にした。
ポメラも思わず息を呑んだ。
見れば、ガネットも落ち着きなく、扉近くをうろうろして部下に声を掛けている。
ポメラは掛け時計へと目を向ける。
既に約束の刻限になっていた。
「ガネットさん、これ以上は……」
「う、うむ、そうであるな。ジルドはコトネ殿と……それから、カナタ殿を捜させておけ」
扉の前で、ガネットと部下のジルドがやり取りをしていた。
ポメラがそれを眺めていたとき、ゆっくりと扉が開いた。
黒い艶やかな髪が目についた。
冷たい無感情な瞳が、じろりと会議室を見回す。
ポメラが昨日見た、コトネ・タカナシに間違いなかった。
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