第三十三話 ギルドマスター

「《癒しの雫ヒール》……! あの、終わりました。ポメラにできるのはこのくらいなので、後はゆっくり休まれるといいかと……」


「ありがとうございます! 本当に申し訳ございません、アルフレッド様がご迷惑を……」


 セーラがぺこぺことポメラへ頭を下げる。


「い、いえいえ……」


 ポメラは気まずそうに苦笑いを返していた。

 肝心のアルフレッドは、まだぐったりとしているようだった。

 ひとまず目に見える外傷はなくなったので、じきに目は覚ますだろう。


 ……まぁ、あんな目に遭ったのだから、起きてもさすがにもうポメラに突っかかっていくことはないと思いたい。 

 アルフレッドの性格上、これ以上この魔法都市にはいられないだろう。

 すぐに去っていくのではなかろうか。


 ポメラとアルフレッドとの騒動も無事に終わり、俺達は再びギルドへと戻った。

 アルフレッドとポメラが戦っている間に、大型ラーニョの査定は無事に終わっていたそうだった。


「ラーニョの目玉が百七個で二百六十七万ゴールド……大型ラーニョの瞳二つと調査の情報料として、六十万ゴールド、合計三百二十七万ゴールドとなります」


 俺は金銭の入った袋を受け取った。

 ずっしりと重い。

 俺が受け取ったのを見て、周りの冒険者からも、おおっと歓声が上がる。


「やりましたね、カナタさん! だいたいの額はわかっていましたけれど、やっぱり現物を見ると嬉しくなりますね! ポメラ、こんな額初めて見ましたよ!」


 ポメラが珍しく興奮している。


「俺もなんだか感慨深いです。これだけあれば、霊薬の錬金の素材も買い集められるかもしれませんね」


 手が、少し震えていた。

 今回が特別案件であったとはいえ、一回狩りに出ただけで、ぽんと三百万ゴールドが手に入るとは。


 都市アーロブルクでは生活できる分だけ手に入っていればいいかとちまちまと簡単な依頼ばかり熟していたが、こうなるともっと凶悪な魔物を狙いたくなってくる。


 い、いや、ルナエールの言葉を守るのであれば、このくらいに留めておくべきだろう。

 この世界では、上には上がいくらでもいる。

 A級冒険者より上になると、一気に次元が跳ね上がってくるはずだ。


「でも、もうちょっとくらいなら……」


 俺はそう考えかけたが、首を振って自分を制した。

 先ほど名前を耳にしたこの都市のS級冒険者……コトネは、恐らく異世界転移者だ。

 俺と違い、正式にナイアロトプ達より主人公として用意され、何らかの特別な力を受け取っているはずだ。 

 そしてそうした異世界転移者達に合わせた化け物が、この世界のどこかには潜んでいるのだ。

 気を抜くべきではない。


 ふと別の窓口を見ると、セーラがこそこそと報酬を受け取り、受付の人に頭を下げているのが見えた。

 早歩きで出口へとさっと向かっていく。

 ……あの人、苦労してそうだな。


 そのとき、ギルドの奥から叫び声が聞こえてきた。


「お待ちください! ギルドマスターである貴方に会議を抜けられては、今後の予定が……! まだ、議題は山ほど残っているのですよ! ラーニョ騒動は、決して軽視できるものではなく……!」


「そんなこと、貴様に言われずともわかっておるわ! 勝手に進めておけ! 儂の言いたいことは、全て部下に伝えておるわ!」


 怒鳴り声がギルド内に響く。

 聞いただけで、思わず俺の背筋が伸びた。


 今度は、何の騒ぎだろうか。

 どうやらギルドの偉いさんが会議を抜け出したらしいが、随分とおっかない人物のようだ。


「な、なんだか、凄く怒ってるみたいですね。……あれ、ポメラ、この声どこかで聞いたような……」


 ポメラが首を傾げる。

 そのとき、ギルドの奥から、鼻の高い、ごわごわとした白髭の、大柄の人物が姿を現した。

 首を曲げ、カウンター越しにギルドの冒険者達を睨みつける。


 冒険者達も、びくりと身震いして動きを止めていた。


「あ、お髭の人だ……」


 フィリアが、俺のローブを掴みながらそう呟いた。

 確かに、その男には見覚えがあった。

 俺達が《神の血エーテル》を求めて訪れた、《魔銀ミスリルの杖》の幹部であるガネットだ。


「ギルドの責任者でもあったのか……」


 どちらの立場でも忙しいため、会議と都合が合わなくなってしまったのだろうか。

 それで抜けようとしたところを部下に止められ、といったところか。

 それにしても、あそこまで叫ばなくとも……。


 ガネットが歩けば、職員達も慌てて移動して道を作っていた。

 普段からおっかない人物なのかもしれない。

 窓口を出てからも、粗暴の悪そうな冒険者達も、ガネットには道を譲っていた。

 彼には気迫というか、オーラがあった。


 ガネットは不機嫌そうに目を細め、周囲を睨みながら歩いていた。

 何かを探しているようだった。


「カ、カナタさん、横に離れておきましょうか」


「そうですね」


 俺達はギルドの端へと移動した。

 ふとそのとき、ガネットと目が合った。

 ガネットは険しい表情を崩し、笑みを浮かべて俺達の方へとズンズンと向かってきた。

 思わず俺は、咄嗟に後ろを見て他に何かないかを確認してしまった。


「これはこれは、ポメラ殿にカナタ殿、フィリア殿! ギルドにいらしてらっしゃったのですな! ラーニョ問題の件にお力添えいただいたと聞き、ぜひ儂から直接礼を申し上げねばと思いましてな」


 ガネットはポメラの前に立ち、手を揉みながら満面の笑みでそう言った。

 か、変わり身が早い。

 早すぎて怖い。

 周囲の冒険者達も、何事かとガネットを見ていた。


「い、いえ、ポメラ達はその、お金が必要だっただけですので……」


 ポメラがそう言うと、ガネットの目が、彼女を探るように少し開いた。


「ほう……? お金が? もしや、《魔銀ミスリルの杖》にまた用事があるのでは?」


 さ、察しが良すぎて、この人、怖い。

 確かに《神の血エーテル》の素材の代替品を購入するため、また《魔銀ミスリルの杖》を見に行きたいと考えていたところだ。


 ポメラが顔を青褪めさせ、黙った。

 余計なことを喋れば俺に迷惑を掛けると考えたのかもしれない。


 ポメラが助けを求めるように俺を見た。

 目に、涙が浮かんでいた。


「い、いえ、あの……別に、そういうわけでは……」


 俺は笑顔を作りながら、首を振った。

 この人のペースに乗せられるのは危険な気がする。

 確かに《魔銀ミスリルの杖》は必要だが、少し間を置くことにしよう。


 ガネットが俺の耳に顔を近づける。


「ポメラ殿が必要なのであれば、儂が便宜を計らって、貴重なアイテムを大きく値下げしても構いませんぞ。前回はカナタ殿もどこかお気に召さなかった様子でしたが、実は非売品にしている品々がまだありましてな」


「……あの、それって、見せてもらうことってできます?」


「ええ、ええ、勿論でございます!」


 ガネットが笑顔で頷いた。


「お髭、すっごい! 硬い!」


 フィリアがつんつんと、ガネットの髭を指で突いた。


「フィッ、フィリアちゃん! ごめんなさい、本当にごめんなさいガネットさん!」


 ポメラが目を大きく開き、慌てふためく。

 ガネットは笑顔で背を屈め、フィリアが髭を触りやすいようにした。


「ほっほ、そうでございましょう? 儂も毎朝、感触を確かめておるのですよ」


 フィリアがきゃっきゃと燥いで髭を撫でる。


「…………ふ、二人共、一瞬で篭絡された」


 ポメラが力なく呟いた。


「ポメラ殿さえよろしければ、すぐにでもまた《魔銀ミスリルの杖》へ案内させていただきましょう。《魔銀ミスリルの杖》には頭の硬い者が多いので、ポメラ殿には儂が同行した方がスムーズであるかと」


「ポ、ポメラ達は、また、今度で大丈夫です。その、ガネットさんも、今はお忙しいのでは……?」


 ポメラが、ちらりと俺を見ながらそう言った。


「いえいえ、大丈夫でございますよ! お気遣いありがたく存じます。ただ、儂は今、丁度暇をしておりましてな」


 ……会議から強引に抜けてきたのではなかったのだろうか?

 ポメラも表情を引き攣らせていた。

 ちらちらと、俺の方へ視線を送る回数が増えていた。

 不安で仕方ないのだろう。


 丁度そのとき、職員がガネットの方へと駆けてきた。


「ガネット様! 何をするのかと思えば、冒険者の《魔銀ミスリルの杖》への案内ですか!? そんなもの、下っ端にでも任せてください! 貴方は、此度の会議を何だと思っておられるのですか! 今がどれだけ大変なときか……!」


「黙るがいい!」


 ガネットは歯茎を剥き出しにし、怒声と共に壁を拳で叩いた。

 ギルド内が静まり返った。


 ガネットははっと気が付いたように、すぐさままた笑顔を浮かべた。


「ほっほ、取り乱してしまい申し訳ない」


 ……ほ、本当にこの人、怖い。

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