第二十五話 予兆
フィリアにラーニョの亡骸を一か所に集めてもらってから、俺はポメラと並んでナイフで討伐証明部位である一つ目の眼球を抉り出していた。
……俺達の周囲には、フィリアが《夢の砂》で造った一メートル程度の細長い腕がいっぱい生えていた。
腕はテキパキとラーニョから眼球を抉り出していた。
任せっきりなのは申し訳ないので俺とポメラも一応作業しているが、正直全部フィリアに投げてしまった方がいいかもしれない。
「ね? ね? フィリア凄いでしょ! 褒めて! 褒めて!」
フィリアが得意気な顔で、ぱたぱたと両腕を上下させる。
……とんでもなく凄くはあるのだが、人前では絶対に披露させるわけにはいかない。
腕が植物の如く周囲から生えている様はちょっと不気味すぎる。
ポメラもなんともいえない顔で腕の群れを眺めていた。
「それにしても……前にフィリアちゃんが同じくらいの群れを滅ぼしたのにまたこの数は、あまりに異常すぎます。これも、全体で見るとほんの一部だとすると……」
ポメラはラーニョの亡骸を抱えて眼球を抉り出しながら、俺へとそう零した。
「そんなにこの規模は異常なんですか?」
俺の言葉にポメラは頷く。
「都市の近くでこんなの……普通はあり得ないんです。きっちりと仕事をしてくれるA級冒険者が二人でもいれば、その都市は滅多なことがない限りは安泰だとされています」
「A級冒険者っていうと……」
アルフレッドやロズモンド、か。
アルフレッドは旅をしているようだったが、魔法都市マナラークはA級冒険者を数名抱えているという話であった。
他にも何人かA級冒険者がいるはずだ。
それに一人、S級冒険者もいるという話であった。
ポメラの口ぶりからして、通常はA級冒険者が対応できないような魔物の被害は滅多に発生しないようであった。
だからこそノーツのようなA級冒険者以上の実力を持つ犯罪者は、《人魔竜》として恐れられているのだろう。
一都市にA級冒険者が数人いるかいないか程度であるのに、外を歩いていて突然ゾロフィリアが出てくるような世界であれば、さすがに人類は滅んでいるか。
「でもロズモンドさん、ラーニョ相手にちょっと危うそうでしたね……」
ロズモンドは俺に一方的に攻撃してきた際にかなり魔力を吐き出し、同時に自爆でダメージを負っていた。
なので、ラーニョを相手取っていた際には万全とは言い難い状態ではあっただろう。
だが、ラーニョ六十体は、余裕で対応できる相手、というわけではないようだった。
「ですから……おかしいんです。これが単発の《モンスターパレード》だというのなら、こういうこともたまにはあると思います。でも……今回は、これと似た規模の《モンスターパレード》が、魔法都市マナラーク周辺で複数起きているはずです。こんなの、どう考えたって異常なんです」
「ギルドの職員も、異常事態だと言っていましたね……」
報酬の羽振りがいいのも、それだけ焦っているからだろう。
俺が捉えているよりも、ずっと危険な状態に魔法都市はあるのかもしれない。
「ポメラは思うのですが……ギルドの様子、随分前からラーニョが急増していることの対策を行っていたみたいでした。この都市は上位の冒険者も多いですから、駆除も進めていたはずです。なのに今こうなっているということは……冒険者がラーニョを狩る速度よりも、増える速度が上回っているからなのかもしれません」
冒険者が熱心に狩っても、魔物が増える方が早い……?
そんなことが、あり得るのか? 本当にそうだとしたら、とっくにこの世界はラーニョに埋め尽くされているのではなかろうか。
どうにも嫌なものを感じる。
「もう少し、慎重に行動した方がいいのかもしれませんね。割のいい依頼だと思って、深い考えなしに飛びついてしまっていました。今回は別に大丈夫でしたが……」
「いえ、たとえ魔法都市の人間が全員別の都市に避難することになったとしても、カナタさんだけは別に気を付けなくても大丈夫だと思います」
……俺が真剣に話していたのに、ポメラは目を丸くして、手首をひょいひょいと横に倒してそう答えた。
俺は苦笑しつつ、水入れ袋へと口をつけた。
そのとき、ポメラがびくりと身体を震えさせ、慌ただしく立ち上がった。
「カ、カナタさん! 何か来てます! 魔物の群れと……あと、何か、人もいます! 多分、魔物から逃げているみたいです!」
「落ち着いてくださいポメラさん。そう慌てなくても、恐らくはただのラーニョだと思います」
仮に違ったとしても、人間が走って逃げきれている時点でそこまでの魔物ではないはずだ。
「人がいるんですよカナタさん! あれ、なんとかしないと!」
ポメラが、フィリアの造った腕の雑木林を指で示す。
俺は思わず、飲んだ水が気管に入って咳き込んだ。
喉を押さえながら水入れ袋を地面に叩き付け、フィリアへと振り返った。
「フィッ、フィリアちゃん! 消して! それ、一旦消して! お願い! それは本当にまずいから! 言い訳できないから!」
フィリアはきょとんとした顔をしていたが、「わかったー!」と笑顔で答え、腕の雑木林を消し去ってくれた。
僅かに光が残る中、地面へと掲げられていたラーニョの亡骸が落下していく。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
森の奥から駆けて来るのは、先程俺達から逃走していったばかりのロズモンドであった。
本人も傷だらけだが、腕の籠手に罅が入っている。
俺達から逃げた先で、また魔物と交戦になっていたようだ。
「貴様らああああっ! 我を助けよ! どうせ貴様らならどうにかなるであろう!」
顔を真っ青にしてそう叫ぶロズモンドの背後には、ラーニョの群れがあった。
全長ニメートル近い巨大なラーニョも三体ほど見えた。
な、なんだ、あんな個体がいたのか。
「あの人……化け物呼ばわりして逃げて行った割には、凄い勢いで帰ってきましたね……」
ポメラがロズモンドへ目を向けながらそう言った。
故意に他者へ魔物の群れの擦り付けるのは犯罪行為に該当することもあると聞いていたが、彼女もまた必死なのだろう。
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