第六十一話 《人魔竜》の実力

 石壁に覆われた地下室の階段を駆け降り、扉を開けて部屋の中へと飛び込んだ。

 中は大部屋となっており、壁や床のあらゆるところに魔術式が刻まれていた。


 そこに、二人の男がいた。

 いや、片方は既に死んでいる。


 太った豪奢な服を着た男ではあったが、髪は抜け落ちて目玉は飛び出し、皮膚は黒ずんでゴムの様な質感になっていた。

 恐怖の顔で固まったまま、地面にへたり込んでいた。

 結界により、生命力を引き抜かれた結果なのだろう。


「この都市の領主であった男です」


 もう一人の男が声を掛けて来る。


 手配書通りの、温和そうな糸目の美青年であった。

 単独で国や世界を相手取り、災害として恐れられる、人にして竜を超えた存在人魔竜の一人。

 《邪神官ノーツ》に違いなかった。


 青黒い髪をしており、緑と赤で彩られた奇抜なローブに身を包んでいた。

 手には、髑髏のような形状の水晶を持っていた。


「まさか、私の結界|人身贄餐《サクリファイス》の中を突き進み、ここまで辿り着けるような人間がいたとは思いませんでした」


 つい、状況を忘れて気を許してしまいそうになるような、優し気な微笑みを浮かべていた。

 だが、この場に漂う不吉なオーラが、すぐに現実へと引き戻してくれた。

 俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を抜き、刃をノーツへと構えた。


「……ガランドとは、協力関係だったのではなかったのですか?」


「協力には感謝しておりました。彼がいなければ、この星辰でのこの座標と、ゾロフィリアへの供物は手に入らなかった」

 

 ノーツが薄く目を開け、ガランドへと冷たい視線を送る。


「ですが、権力に溺れて自領の民を差し出す裏切り者に、王の資格があると思いますか?」


 ノーツは薄く笑い、ガランドの死骸の腹部を踏み抜いた。

 彼のローブが、ガランドの血肉に汚れる。


「ああ、なんと憐れなことか。彼は最期のその時まで、そんな簡単なことにも気が付かなかった。ですから私は、彼の愚鈍さに見合った救済を施して差し上げたのです。欲によって肥えた豚は、殺すことでしか救えない」


 ノーツは口の両端を吊り上げて笑い、もう一度ガランドの死体を踏みつけ、足でぐりぐりとその身体を抉り抜いた。

 背筋がぞっとした。

 この男が何の話をしているのかはあまりよくわからないが、それ以前に考え方が人間離れしすぎていて会話が通用すると思えない。


 俺はノーツへ意識を向ける。

 話とガランドの死体に集中している今なら、《ステータスチェック》を安全に通せるはずであった。


 その瞬間、ノーツが俺へと髑髏を掲げた。


死霊魔法第八階位|心臓喰らい《ハートイーター》」


 黒い靄が集まって大きな口を持った化け物を象り、俺の身体を突き抜けてくる。

 だが、俺はそれを避けなかった。


「何かしようとしていたようですが、無駄なこと。ゆっくりとお眠りください……そう、永久に」


 黒い靄は、俺に当たったところで四散する。

 ノーツが目を大きく開けて俺を見る。


「《心臓喰らいハートイーター》を、自動防御だと……? 私の魔法を完全遮断など、あり得ない……」


「俺のローブには、低位の攻撃魔法を跳ね除ける力があります。もう、諦めてください」


「八階位以下の魔法への完全耐性など、そんなアイテムがこの世界にあったとは……。そうか……予定より遥かに早く《人身贄餐サクリファイス》によるエネルギーが溜まったのは、貴方がこの館まで踏み込んできたからだったのですね……!」


 ノーツが髑髏の形をした水晶を地面へと落とし、腕を掲げる。


時空魔法第八階位|異次元袋《ディメンションポケット》」


 魔法陣が展開され、ノーツの手許に翡翠色に輝く大杖が現れた。


「久々に、本気を出すことになりそうですね。上位界の瞳を掻い潜ったつもりでしたが……大義を成す前には、相応の試練が訪れるもの……!」


 続けてノーツは俺目掛けて大杖を振るう。


死霊魔法第十階位|死の体現《デス》」


 広間の中央に大きな魔法陣が展開される。

 その上に紫の光によって象られた髑髏が浮かび、一気に膨張していった。

 ガランドの死体が腐り果てて衣服が塵と化し、床や壁も表面が急速に老朽化していった。


「かつて私は、この魔法一つで百の兵を殺した……!」


 ノーツは息を荒げながら叫び、その端正な顔に険しい皺を寄せていた。


「なぜ……なぜ、平然と立っている!」


「俺のローブは、低位の魔法を跳ね除ける力があります」


 ノーツの言葉に、俺は先程と同じ言葉を返した。


 ルナエールが俺のために作ってくれたこのローブは、超位魔法に満たない第十階位以下の攻撃魔法を完全に遮断する力がある。

 ノーツの結界魔法|人身贄餐《サクリファイス》は第十一階位以上のものだったはずだが、事前準備がなければその階位のものをノーツは扱えないのだ。


 実戦で使いこなせる魔法と、本人の一応は使用できる最高階位には、一、二段階程度はズレがあるものだ。


 俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を構え、ノーツへと駆ける。

 さっき《ステータスチェック》を行った時点で、ノーツとはまともな戦いにならないことはわかっていた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

ノーツ・ニグレイド

種族:ニンゲン

Lv :375

HP :1613/1613

MP :944/1800

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 ノーツは、レベル400にさえ満たなかったのだ。


「こ、こんな、こんなことがっ! わ、私には、ゾロフィリアに仕える者として、世界を導く役目が……! こんなとこで、終わるわけには……!」


 俺は《英雄剣ギルガメッシュ》を振るい、ノーツの落とした水晶を打ち砕いた。

 衝撃で床に罅が入った。


 《人身贄餐サクリファイス》が消えていくのがわかる。

 この髑髏型の水晶が、結界維持の心臓部となっていたようだった。

 これで、都市アーロブルクの住人から生命力を吸い上げられることはなくなったはずだ。

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