第1話 狭い檻の死闘④

「ならば陛下、私もその列に並びたく存じます!今日までひたすら鍛え上げたこの身体を以て、どんな敵でも蹴散らして見せましょう。それこそ、今日打ち砕いた閃剣のレヴンのように!」

「アウグスト、お前──」


 皇帝はゆらりと玉座から立ち上がる。そのまま赤い絨毯をアウグスト目掛けてまっすぐに歩き、そして、アウグストの力む左肩に左手を置いた。


「──何か、勘違いしてるんじゃないか?」


 体重を乗せるようにして、皇帝は耳元で呟く。


「お前は奴隷だ。俺の奴隷だ。国の奴隷だ。民の奴隷だ。娯楽だ、遊興だ、道具だ──故に、自由意思など無い。お前は、

「逆らうなど滅相も!」

「いいや!」


 若き皇帝はアウグストの髪を掴み、自身と目がかち合うように仕向けた。


「逆らったね!お前の役割はここで戦い、遊興に勤しむ民の慰み物になることだ。それ以上の事は求めていないッ!」

「……しかし陛下!」

「お前の本音はこうだ。『この檻を脱出する絶好の機会だ。戦にかこつけて逃げてしまおう!』そうだろう!」

「────」


 アウグストは絶句した。今までこの国の権力者に一度たりとも明かしたことの無いが、今、一番欺きたい皇帝あいての口から出てきたのだから。

 目に見えて狼狽するアウグストを見ると、皇帝は満足して髪を掴む手を離した。


「お前の境遇なら誰もがそう思うだろう。ここから逃れたい。こんな狭い檻の死闘を今すぐにでも辞めたい、と。しかしそれは駄目だ。お前の役割に削ぐわない──人にはそれぞれ役割がある。子がいて、親がいて、それを囲む国家があり、その寄合所帯を守るべき兵があり、それを司る将があり、統括する皇帝がある。だからこそ、お前に自由はないのだ」


 皇帝は一息に持論を述べると、振り返り玉座に戻る。以後、皇帝はアウグストの方を見ることはなかった。

 アウグストは頓挫した希望の前に失意の念を感じながらも、閃剣を手に取り、うつむこうとも曇らぬ瞳で玉座の間を後にした──

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