第87話氷の女王と合流
「うっそ、まだ食べれんの?」
咲良の普段の少し丁寧目な、口調と違い、思わず出てしまったと言うような砕けた口調が出る。
今は、4組の喫茶店にいる。
落ち着いた雰囲気と、静かな談笑の混じるこの、大人っぽい店内に、運び込まれる3人分にしては少し多い料理たち。
そんな3人分の料理を2人分食べている、このメンバーで空気の読めないやつが一人。
「んぐ。もぐ。もぐ。あら?逆に2人は食べないのかしら?」
可愛らしい容姿と可愛らしい口の動かし方には合わないほどに食べ物が吸い込まれていく。
「いや、そんなに食べれないよ。てか、これじゃあ、黒兎も大変だなぁ」
少し、クスクスと笑いながら陽が言う。
「食費に関しては、バイト代で一応は折半しているわ」
「そうじゃなくて、作る方」
「ああ、なるほど。理解したわ。それは大変ね。まあ、そんなの気にしてたら共同生活なんて無理よ。感謝は忘れないようにしているけれど」
そんな、1本筋の通った雫の答えに少し、感動しながらも、それでも、この量を作る黒兎には尊敬すると思いながら、陽も少し箸を進める。
「この次は合流だよね?確か、私たちのクラスの前で」
咲良が確認をする。
「おう、そうだ。敵情視察の情報ついでに、クラスの様子を見にな」
陽が答え、時計を見る素振りをする。
「そろそろ、良い時間帯だな。雫ももう十分食べただろう?」
「ええ、そろそろ出ましょうか」
雫たちは喫茶店を出る。
なんだか、おかしなメンバーだったけど、こんなのもたまにはありかと、それぞれが思った。
「はい、カップルジュースでございます」
テーブルに置かれた、ひとつのジュースに2つストローのついたいかにも男女で飲んでくださいと言わんばかりの物が2つ。
「さあさあ、やりますか。組み分け」
「うげぇ、さすがにこれは黒っちとは嫌だなぁ」
「え?傷つく」
「まあまあ、それは運ってことで」
それぞれ、落胆や、希望を持ってジャンケンを出した。
結果。
黒兎と露
聡と優心だ。
「なんか、思ってたのと違うな」
黒兎があまり面白みのない分かれ方に少し落胆の表情を見せる。
「なに?私に魅力がないってわけ?失礼しちゃう。それとも、雫がよかった?」
露は相変わらず人をおちょくることが好きなようで。
黒兎もそれには慣れているので、『まあ、そうかもな』と返す。
すると露は少し落ち込んだように『だよね』と呟いた。
「いや、それよりだよ!こっちは彼女持ちの男子とだよ?」
優心が困ったように、頭をテーブルに伏せた。
「なにが?」
聡は無神経に、優心に聞き返す。
「なにが?じゃないよ!これ不倫にならない?咲良に後で殺されない?」
心配そうに慌てる優心に黒兎は『いや、結婚してないから不倫にはならないだろ』とツッコミたかったがスルーで。
そんな、優心の心配を他所に、聡は軽くのほほんと答える。
「ん?大丈夫じゃね?遊びだし。それに優しいから許してくれるよ」
そんな聡の反応に少し腹を立てたように優心は反応する。
「遊び?優しいから許してくれる?きっと、そんなんじゃないよ。いくらそうでもきっと妬いちゃうよ」
優心のもっともな意見にいつもの彼女大好き聡とは人が違うように、明後日の方向を見つめて言う。
「妬いてくれるのかな?」
そのつぶやきには誰も何も言えなかった。
「まあまあ、ほら、飲みましょうや」
まるでおっさんみたいに、露がジュースを勧める。
「それもそうだな」
黒兎も同意し、ストローに口をつける。
前はいい香りがする。
ジュースの匂いより、もっと甘くて、それでいて、本当に嗅ぎ続けられてしまうような、そんな中毒性のある匂い。
ふと、自分でない息がかかる。
匂いと混ざって、周りがチカチカし、頭が急激に沸騰している。
目が合う。
その黒い、宝石のような、何もかも飲み込んでしまうような綺麗な黒色。
それを見れば、今までの何もかもが、吹っ飛んでいく。
頭は麻薬に侵されたように、甘い匂いとただ前の人物を認識すること以外機能しない。
そして、
「顔、ちかいね。」
彼女はそっと笑いかける。
ストローから先に顔を離したのは露だ。
黒兎は、もう、ジュースのなくなってしまったコップに刺さったストローをまだ吸っていた。
「いやー、恥ずかしい。それになんか罪悪感」
「確かに。これは咲良に謝らないとだな」
聡と優心はそれでも笑いながら言葉を交わす。
「ほんと、意外に緊張するなぁ。ね、黒兎」
露はニコッと反則級の笑顔を向けてくる。
そういえば、自分の周りの女子は全員レベルが違うのだと分からされる。
「お、おう。確かにな」
少し動揺を隠しきれないまま、コップから顔を上げ、露をみる。
「そろそろ、出る?良い時間帯だよ」
「そうだなー」
聡と優心の言葉を聞いてメイド喫茶を出る。
その時、
「顔赤かったのは内緒だぞ」
露に耳元で囁かれる。
黒兎はこの時初めて、雫以外の女性に心を動かされた。
あの時、顔が赤かったのは、黒兎よりも、他でもない、露だったのである。
待ち合わせ通りにクラスに行くと雫達が待っていた。
「まった?」
優心の問いかけに『待ってないよ。こっちも今』と咲良が声をかける。
「そっち、なにがあった?」
露が雫たちに話しかける。
「えーとね、その、雫がすんごい食べてた」
そんな咲良の正直な感想に露は笑いながらそんなことだろうと思ったと言わんばかりに雫の肩を叩く。
「痛いわよ。お姉ちゃん。それに、食べる子は育つのよ」
「食欲ばかり育ってもねぇ?」
雫と露は相変わらず仲良さげに話している。
「そんで、そっちは?」
陽が黒兎たちに聞く。
「こっちはねぇ、カップルジュース飲んだよ。私は黒兎と、優心は聡と」
そんな露の思わぬ答えに真っ先に反応したのは咲良だった。
「え?その話くわしく」
「妬いてくれんのか?咲良。やっぱ最高だよ」
それからは、互いのことを話したりしながらクラスに入った。
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