第80話氷の女王と1歩

「というわけなんですけど……」


なんだか、キャラが変わったかのように話す、少女が1人の。

霞田露だ。いや、キャラが変わるのは彼女の特徴と言うべきか。


まあ、そんなことより、もっと面倒なことが起こっている。


露曰く、『そういえば、今日でホテルのために持ってきたお金無くなったわ』との事だ。


雫と黒兎がホテルに行かなければ今頃どこかで野宿していたとの事。

更には家を飛び出してきたなんて言うから、本当に姉妹は似てるなぁなんて思いたい。

が、実際そんな呑気なこと言えない状況だ。


なんて言ったて……


「そうね……それなら黒兎の家に泊めもらお。だって私たち家族でしょ?それに大好きな妹とも一緒だしねっ!」


文字だけ見るなら可愛らしい返事かもしれないが、実際言葉を発している間は挑発 (主に雫に) をするようにニヤニヤといつもの笑みと、わざとらしく黒兎のそばまでよってきて自然なボディータッチなんてしてくる。


なんだか悪い気分はしない黒兎だが、とてつもなく気分を害された方がいたようだ。


「ええ!そうね。一緒に住めばいいわ。気が済むまでね」

「おお、怖い怖い」

「ったく……なんたってそんなに喧嘩になるんだが……」


美少女2人に言い寄られてやっぱり、悪い気はしないが、そんなことも言ってられない。

なんせ、これ以上遅れれば2日目の文化祭が終わってしまうからだ。


「はいはい、その辺にして。もう行くぞ」

「……そうだね」

「……ええ。行きましょうか」


3人揃って家を出る。


最初に露とであった日からこんなことになるなんて想像していなかった。

それでもこんなにも幸せなら、今はこれでいいじゃないか。


学校に着くとかなり盛り上がっている。

それもそうだ2日目終盤、明日には終わってしまう文化祭。


終わってしまう。


終わらしてしまおうか。


雫と自分の今の関係を。


今ならいける。


終わらせれる。


こんな中途半な関係を。


それがどうしてこんなにも怖いのか。


今までの関係を終わらしてしまえば、どこか今の幸せが終わってしまうような気がしてどうしても、踏み出せない。


今、幸せならそれでいいじゃないか。

そんなことを思う反面、前に進みたい。新しい幸せが欲しいと願ってしまう。

これは強欲だろうか。


今の幸せと、これからのあるかも分からない幸せ。


こんな賭けにでる程、黒兎に勇気はない。

結局、雫と露は変わったのに、自分は何一つ変わってない。


やっぱり、自分は……


「ぼーっとしてないで、行こうよ」

「行くわよ。黒兎」


現実に戻ってくると、両隣で雫と露が心配そうに黒兎を見ている。


気づけば校門を入ってからほとんど進んでいなかった。


「ああ、わりぃ」


黒兎はとりあえず謝った。


「ちょっと、やめてよね。それにこれ以上進みたくないのは……私だから……」


露は、心配そうに校舎を見る。

それはそうだ。あれだけをやらかしておいて、心配にならないわけが無い。


「それでも……」


露が黒兎の手を握る。


「それでもいつか、前に進まないといけない。……そんな気がするよ」


これまでに見た事のないほどに、無垢な笑顔で露は黒兎の腕を引っ張り、1歩、ジャンプで前に進んだ。


雫は、今回はただ見ていた。


そして、あとから、1歩、雫が黒兎の横に追いつく。


「前に進まないといけない。いつかきっと。けど、焦らなくていいわ。あなたのペースで、確実に1歩」


雫は黒兎の前に出るように、1歩、先にたってみせる。


「先に行くわ」


雫は黒兎のことを置いて校舎に向かう。


「お姉ちゃんなのに置いていかれちゃったなぁ。まあ、私も」


露は黒兎の手を離して雫を追いかけるように校舎へ駆ける。


「結局置いていかれるな……」


なんだか本人たちから直接、『先に行く』と言われたようで、置いていかれる寂しさを感じながらも、それでも、黒兎は1歩踏み出す。


自分のペースで1歩、1歩確実に進んでいく。


大丈夫。きっとみんなが待ってるから。


「遅れて悪るかったよ」


黒兎が教室の扉を開け、クラスメイトに一言声をかける。


もうそこには心配した、雫も露もいなくて、2人揃って笑っている。


「心配して損したって顔してるな」


陽が声をかけてくる。


「ああ、世話かけたな」

「おう、この借りはでかいぜ」

「いつか返すよ」

「おう、5倍でな」

「いや、多いな」


こうやって楽に話しかけてくれるのは本当に助かる。


なんだかクラスの雰囲気も露アウェイな感じかと思ったが、みんな温かく接してくれている。


文化祭はもう、終わってしまっていた。

終わったと言ってもほんの少し前に。


「みんな、迷惑かけた」


露がクラスメイトに謝る。


「ええ、私も迷惑をかけたわ」


雫も続いて謝る。


なら、


「俺も、わがまま言った」


黒兎ももちろん頭を下げる。


この3人が居ない埋め合わせを、イツメンはもちろん、クラスメイトもしてくれている。


「いいよ」

「まさか本当に姉妹なんてな」

「くっそー、月影はあんな美人2人に囲まれやがって」

「なんにせよ、仲直り出来て良かったじゃん」


クラスメイトは口々に喋り出す。


本当に感謝している。


雫も露も1歩踏み出した。


なら次は……

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