ENDING: Reincarnation

ENDING: Reincarnation



 一ヵ月後、わたし達は、銀河連合軍WHITEホワイト・ MOONムーン・ SPACEスペース・ CENTERセンターの宇宙港に来ていた。

 銀河連合は天の川銀河の中心へ向かう航海の志願者を募り、三百人もの人々が 《AONVARRアンヴァル》 号に乗ることになった。ラグとライムと皆川さん、ルネ、レナさんと Think Tank No.42 にいた彼女の仲間たち、フィーンも乗船する。

 わたしとミッキーは彼等の見送りに来ていた。


 大型宇宙船 《アンヴァル》 号は、月の軌道上にいて乗船する人々を待っている。他の人は連合の用意したシャトルで、ラグ達は 《VOYAGERボイジャー-E・L・U・O・Y》 号と 《DONドン・ SPICERスパイサー》 号に分乗して、それに向かうことになっていた。

 今日はアレックスRegulatorレギュレーター(統制官)は来ていない。彼が率いる艦隊は、火星軌道上で待機している。


 離発着機を見送る展望デッキは、床と天井の一部をのぞく壁は全て特殊ガラスになっている。月面を闇に向かって伸びるそれは、銀河に架けられた光の橋を思わせた。

 その片隅で、わたし達は別れの挨拶をしていた。


「元気でね、リサ」

「ライムもね」


 数十回目に抱き合うわたし達を、皆川さんは優しく、ルネは照れ臭そうに眺めていた。

 ラグはつまらなそうに顔を背け、ちょっと離れて立っている。火を点けていない煙草が、唇の端でかすかに揺れている。

 連合軍の任務だけれど、彼等はいつも通り私服だ。勿論、わたしとミッキーも。見送りは親族に限られたので、イリス達は来られなかった。わたしとミッキーは、ライムの家族として特別に許可されている。


「繰り上げ卒業扱いですから、問題はないと思いますが。何かあったら連絡して下さい、先輩」

「ああ、判ったよ」


 フィーンはここに来てもこまごましたことを気にしている。ミッキーは苦笑していた。


「イリスに、レポートとテストの過去問はリサに渡しておいたって、伝えて下さい。分からないことがあったら連絡するように――って、先輩なら説明出来ますね。アニーさんに宜しく伝えてください。洋二さんにも。おばさんと、マーサさんにも。それから――」

「いいから。解ったよ、フィーン。……元気で」


 ミッキーが言葉を遮ったのは、フィーンの言いたいことが本当はそれではないと察したから。案の定、彼は絶句して、ぎゅっとミッキーにしがみついた。


「行って来ます、先輩」

「ああ。鷹弘、ルネも、気をつけて」


 ミッキーの言葉に、皆川さんはにっこりと哂い、ルネは片手を挙げて応えた。

 わたしはライムと身体を離した。


「……そろそろ行くぞ。時間だ」


 ラグが素っ気なく言って歩き出す。レナさんが彼に従って踵を返した。


「あん。もう、ちょっと待ってよ、ラグ」


 ライムが抗議したけれど、二人は振り返らなかった。

 ライムは唇を尖らせ、残念そうに肩をすくめた。気を取り直して、わたし達に微笑みかける。


「メールするからね、リサ。ミッキーも」

「ああ。元気で」

「待ってるから」


 ライムとルネはわたし達を何度も振り返り、手を振りながら歩いて行った。皆川さんはミッキーと握手をして、フィーンは目元をぬぐってから、後を追いかける。

 わたしとミッキーは、並んで彼等を見送った。


 ライムとルネの表情が確認できないほど小さくなり、デッキの突き当たりの扉の向こうに皆の姿が消えると、わたしは溜め息をついた。傍らのミッキーを見上げる。


「最後まで無愛想だったわね」

「……そうだね」


 くすりと笑う、ミッキー。わたしの言ったのがラグのことだと解っている。


 最後まで何を考えているのかよく解らなかった、ラグ。ライムが不安になり、ルネが怒り、皆川さんが『禿げる』とぼやくのも無理はないと思えた。史織があんな騒ぎを起したのも。

 今なら、わたしにも、史織と真織君が何をしたかったのか理解できる。ルツさんのことも。

 時間を超えた 《古老》 達と、時空を超えたわたし達。どちらが欠けても、ここに辿り着けなかったかもしれない。

 でも。全てを知っても、これで本当に良かったのか、わたしには解らないのだ。


「そう?」


 ミッキーは愉快そうに微笑んだ。


「おれには解ったよ。例えば、何故 《VOYAGERボイジャー―E・L・U・O・Y》 なのか」

「え?」


 星空を宿す瞳でわたしを見て、ミッキーは首を傾けた。


「二代目の 《ボイジャー》 号だよ。どうしてあんなに長い名前なのか、ずっと考えていたんだ」

「…………?」

「ヨーハン博士だよ」


 ミッキーは片目を閉じ、大切な秘密を打ち明けるかのように囁いた。


Lugラグ・ Doド・ GrayvceグレーヴスLutsuルツ・ Yohenヨーハン……二人の名前に共通するアルファベットを拾うと、(E・L・U・O・Y)になる」

「あ……」


 わたしは絶句した。何かが、すとんと腑に落ちたように思った。

 そして、泣きたくなる。

 彼等の旅は、まだ終らないのだ。



「ごらん、リサ。《アンヴァル》 号の噴射光だ」 


 ミッキーの言葉に天を仰いだわたしは、透明な特殊ガラスの天井ごしに白金色の光をみつけた。一番星よりも強く明るく輝き、ゆっくり移動している。

 あそこにライムはいるのだ……ルネは、ラグは、皆川さんは、フィーンは。そう思うと、本当に涙がこぼれた。声が出せない。

 ミッキーは、わたしの肩をしっかり抱いてくれた。


「また、逢えるわよね」


 そう言うしか出来なかった、わたしは。決して叶うはずのない望みだと判っていても、願いたい。


「きっと、また」

「ああ、そうだね」


 ミッキーの声も少し震えていた。《アンヴァル》 号の光を仰ぐ横顔は、泣いているように見えた。

 そして、わたし達は立ち尽くす。



 《VENAヴェナ》 は輪廻を超えて創造された。彼女のために、《古老》 達は過去から今へ時空を超えた。記憶を受け継ぐことで、輪廻を超えて。

 今、彼等は光になって再び時空を超えようとしている。わたし達がたどり着けない未来まで。

 ううん、違う。

 わたし達が彼等を追っていくのだ。この生命を受け継いで。

 きっと、また逢えるだろう。ルネに、皆川さんに、フィーンに。その時、わたしは何と言おう。ラグに、ライムに。

 ミッキーはわたしに微笑んでくれた。彼の背中に回した手に、わたしも力をこめた。

 彼がいてくれる。わたし達は、ここに。そうして時を超えるのだ、わたし達は。

 ずっと、ずっと……。



 宇宙は冷たい腕を広げて、わたし達を見下ろしている。その千億の瞳の中、たった一つの夢を見上げて――。

 わたし達は、いつまでも立ち尽くしていた。






~『REINCARNATION』 FIN…

   …but, the consciousness will be continue…~


Beyond the time.(後日談)へ、つづく。


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