Part.5 Thursday Midnight Lovers(2)


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Regulatorレギュレーター(統制官)、俺だ。グレーヴスだ。起きているか?」


 《VOYAGERボイジャー-E・L・U・O・Y号》 のリビングのソファーで眠っていた鷹弘は、ラグの声で眼を醒ました。夢の中に意識の半分を漂わせつつ、誰と話しているんだろう、と考える。

 友の声は平静に、繰り返し呼びかけた。


「Regulator アレックス、聞こえるか?」

『聞こえている。グレーヴス大佐か。珍しいな、君の方から連絡して来るとは』

「ちょっと待て」


 毛布にくるまっていた鷹弘は、寝ぼけまなこをこすり、相棒の後ろ姿をみつけた。広い肩にひきしまった細い腰をもつ長身の男が、豊かな銀髪を背に流し、ヴィジュアル・ホーン(TV電話)の前に立っている。何だ、通信か――と考えて毛布を引き上げ、寝なおそうとした。

 ラグの口調は、かなり苦々しかった。


「急いでいる。用件だけで済ませようと思っていたが、聞き捨てならないな。何だ、その階級は」

『おや? 呼ばれたのは初めてか?』

「……言っておくが。俺はこの三ヶ月間、Aクラス・スタンバイ(第一級戦闘態勢)に入っていない。人殺しをしていないのに、何の罪状でもって勝手に二階級特進などさせるんだ」

『ほお、本当に知らなかったのか』


 昇進や実戦英雄勲章を殺人罪の判決にたとえるのは、いつもの相棒の皮肉だ。相手は慣れているらしく、愉快そうに笑って聞き流していた。それで、鷹弘の興味をいた。誰だろう?


『軍律により、恒星間巡航船の艦長は大佐以上でなければならないことになっている。今回の指令が下った時点で、君は昇級したのだよ』

「聞いていないぞ、そんなこと」

『安心しろ、一時的な措置だ』

「ほお?」

『半年後には、中将だ。第十二艦隊が待っているぞ』


 相棒の表情は見えなかったが、長年の付き合いから、鷹弘にはラグがこんなときどういう反応をするか予想はついた。おそらく、苦虫を三ダースほど呑まされたような顔をしているだろう。さらに会話の相手を知りたくなり、鷹弘は両目を開けた。


「そういうのは、職権乱用と言うのと違うか? Regulatorレギュレーター. 昇級させない代わりに勲章を出す手はやめたのか。そのうち、一軍は将軍だらけになるぞ」

『安心しろ、お前だけだ。我われとしては、溜まりに溜まったツケを払ってもらうつもりでいるのだから、構わない』

「…………」

『実戦英雄勲章を六回も受ければ充分だろうが。まったく、変な記録を作りおって。しかも、全部売り払って金に換えたくせに。知っているぞ』

「…………」

『いい加減、観念して戻って来い、クイン・グレーヴス。そんな田舎で、いつまでも一介の佐官ぶられては迷惑だ。お前には、お前の果たすべき責任がある』

「……ますます、帰りたくなくなったぜ」


 皮肉たっぷりなラグの声を聴きながら、鷹弘は必死に思い出そうとしていた。会話の内容から、相手が連合軍の上官らしいことは察しがついた。しかし、Regulator……レギュレーター。統制官とうせいかんとは、一体……。

 統制官?


「そ、総司令?」


 と身を起こす鷹弘を、ラグと3Dモニターの人物は驚いて見下ろした。鮮やかな新緑色の瞳と紫色の瞳に見据えられて、鷹弘は、どぎまぎした。


「あ……スマン」

「総司令じゃない。Regulatorだ、タカヒロ。起きていたのか」

『何者だね?』


 ラグは憮然と訂正したのだが、モニターの人物は落ち着いていた。褐色の肌と白に近い金髪、澄んだ紫の瞳をもち、銀河連合のスペース・ジャケットを着た壮年の男は、大きな手で頬杖をつき、愉快そうに二人を眺めた。

 ちなみに、ラグは黒いTシャツにブラック・ジーンズという軽装だ。


「タカヒロ・ミナガワ。俺の相棒だ」

『お前にしては、まともな友人ではないか。グレーヴス。彼もかね?』

「いや、違う。……《古老チーフ》 じゃない」


 一方、鷹弘は、またしても混乱の渦の中にいた。ラグの上司で、将校でなく一軍の司令官でもないとすると、何者だ? Regulator(統制官)という言葉の意味を考えあぐねる。

 その様子に、モニターの人物が気づいた。鷹弘も顔負けのがっしりとした体格の男は、筋肉におおわれた厚い胸を揺らし、愛想よく笑った。


『我われは武官ではないから、知らないのも無理はないな。君……Regulatorとは、軍ではなく、銀河連合の統制官だ。いわば内閣に当たる。連合全体の意思決定機関は惑星議会と中央AI だが、我われはその合議を取り纏め、政治を行っている』

「は、はい」


 ならば、軍隊よりも上の組織だ。鷹弘は、すっかり恐縮してしまった。ソファーから立って敬礼をする彼を、ラグはつまらなそうに眺めた。

 鷹弘は、そんな相棒の腕を突っついた。


「お前、なんだって、そんなエライ人と知り合いなんだよ」

『ああ。誤解のないよう断っておくが、私はクイン・グレーヴスの友人だ』


 ラグと鷹弘の遣り取りを面白がって、Regulatorは笑った。


『こう言えば判るか? 《古老》 になる以前のラグの父親だ。あいつは Regulator だったからな』

「ええ?」

『つまり、ラグの父の友人ということになる。すなわち、ラグとも友人、ということになるのか?』

「…………?」


 統制官の曖昧な台詞に鷹弘は混乱していたが、統制官自身も、自分の説明で混乱したらしい。眉根を寄せて考えこむよく似た体格の二人を眺め、ラグは己の額に掌を当てた。うんざりと呟く。


「その辺のことを、突き詰めて考えない方がいい。俺も、時々混乱する……。とにかく、今は俺が 《クイン》 であり、ラグだ。そう思っていてくれ」

『まあ、そういうことだな』


 結局、統制官と鷹弘は、ラグの言葉に納得するしかなかった。



 鷹弘はなんとなく相棒に悪いことをしたような気持ちで黙りこみ、ラグの方もそんな彼をまっすぐ見られなかった。いささか、気まずそうだ。

 アレックス統制官が、改めて促した。


『そういえば。お前、急用があったのではないか? グレーヴス』

「ああ」


 ラグは我に返り、普段の彼の口調に戻った。ゆらりと重心を片方の脚に移して立つ。


「そうだ、アレックス。至急、特殊司法権の申請をしたい」

『特殊司法権?』


 鷹弘と統制官は、そろって彼を顧みた。


『何だ? お前にしては、ずいぶん俗なものを要求するのだな』

「ああ。その方が話が早く済みそうだ。――倫道りんどう教授の娘が、ドウエル達に攫われた」


 統制官の眼がすうっと細くなった。


「彼女と引き換えに 《VENAヴェナ》 から手を退けということらしいが、そんな要求に従うわけにはいかないからな……。助けないといけないが、生憎、治外法権のない俺達では、自由に動けない」


 アレックス統制官は無言でラグを見詰めていた。鷹弘は唾を飲み、次に来る彼の台詞を待った。

 ラグは唇を歪め、陰鬱に続けた。


「こういうやり方は俺は好きではないが、仕方がない。まず、地球連邦に完全に手を退いてもらおう。その上で、銀河連合法上の犯罪者として、奴等を捕まえる」

『待て、グレーヴス。話が見えんぞ。もう少し詳しく説明しろ。……倫道教授を殺害した犯人の目星は、ついているのか?』


 ラグは、ひょいと肩をすくめた。


「ああ」

『その同じ犯人が、お嬢さんを誘拐したのか?』

「そうだ。さらに 《SHIOシオ》 を隠し、シンク・タンクNo.42 の研究材料をごっそり運び出し、連邦警察を隠れみのにして月都市へ潜伏した。連中の首謀者なら、判っている」


 胸の前で腕組みをして一息に答えたラグを、統制官は真顔になって見据えた。ラグは彼に彫りの深い横顔を向けた。


「ご丁寧に、宣戦布告して来たからな……。奴の周囲でちょろちょろ動いているのは、月の独立派の連中だ。支援を失って自滅するか、地球連邦政府が自力でカタをつけるだろうと期待していたが、案外しぶとかった」

『《VENA》 だけでなく、他の実験体の譲渡も拒んでいるわけか』

「俺に対する嫌がらせも兼ねているんだろう。リサとフィーンにまで手を出したのは、調子に乗り過ぎだ。灸をすえてやるから、特殊司法権をよこせ」

『……ひとこと言ってもいいか?』


 統制官は重々しく口を開いた。鷹弘は黙っていた。この男もラグの長年の友人なら、感想の察しはついた。


『グレーヴス……他ならぬお前が、倫道教授の娘を守ろうとするとはな』

「そんなに意外か?」


 ラグは目だけで鷹弘を振り返り、モニターに向かって肩をすくめた。


「あの娘には関係ない。《VENA》 自身に何の関係もないことと、同じだ」


 事情を知る第三者には不可解でも、ラグが本心からそう言っていると、鷹弘は理解していた。《古老チーフ》は常にそうだ……どの 《古老》 も、怨恨や執着とは離れたところにいる。


 統制官は満足げに鼻を鳴らすと、自分のコンピューターに向き直った。


『何にしろ、やる気になったのは良いことだ』

「ふざけるな」


 ラグはぎりっと奥歯を噛み鳴らした。


「このタヌキが。そう仕向けたのはお前だろう、アレックス。倫道教授の依頼をミッキーに回したくせに。今回もだ。ミッキーに手を出せば、俺があいつを庇って出てくることは、お見通しだったはずだ」

『当然だ』


 統制官は、悠然と笑った。


『我われが欲しいのは、《VENA》 だけではないからな。《VENA》 と 《古老チーフ》、この二つが揃っていなければ、意味がない』

「ひとを通信販売のお買い得商品のように言うな」


 ラグは忌々し気に毒づいたが、統制官は吹き出した。キーを叩きながら、豪快に声をあげて笑う。息を切らせ涙ぐむほど笑い続ける彼を見て、鷹弘は呆れた。

 ラグの表情は苦いままだ。


「笑うな、アレックス。本当に、二つセットで一千クレジットではないんだぞ」

『判っている。いや、失礼』


 涙をぬぐうアレックスは、しかし、何故かひどく嬉しそうに――懐かしそうに、鷹弘には見えた。


『お前は変わらないな、グレーヴス』

「ああ。だから、俺の答えも判るはずだ」


 真顔に戻ったラグの言葉に、統制官はキーを叩く手を止めた。腕を組んで彼を見据えるラグの声は、地を這うように低かった。


「Regulator アレックス。クイン・グレーヴスを知っているお前なら、俺の答えも判るはずだ……。自分を安売りするつもりはない。この時空の流れを諦めるつもりはない」

『…………』

「種を蒔いたのは、お前達だ。お前達に片付けてもらおう」

『胆に銘じておこう』


 統制官は頷くと、コンピューターに視線を落とし、ひとしきりキーを叩いた。ピザの配達を依頼するような口調だった。


『手配できそうだぞ、グレーヴス。特殊司法権だけで良いのか?』

「ああ」

『地球連邦政府には話を通しておく。ひとりで大丈夫か? なんなら部隊を派遣するぞ』

「ミッキーが奴等に捕まっているんだ」


 ラグは、ややしんみりと言った。


「あまり刺激したくない……。タカヒロの分だけでいい」

『承知した』

「おれっ?」


 降ってわいた役割に、鷹弘が己を指差して頓狂な声をあげる。ラグは面倒そうに一瞥した。


「お前以外に、俺の相棒がつとまる奴がいるか。いい加減に諦めろ」


 もしかすると、これはラグ的には最上級の褒め言葉なのかもしれなかったが、鷹弘は全然嬉しくなかった。

 統制官は、くつくつと笑った。


『OK.四十八時間だ。待てるか?』

「寝呆けているのか?」


 ラグは獲物を追う狼さながら牙をむいて唸った。


「アレックス、急ぐと言ったはずだ。六時間でなんとかしろ」

『そうかすな。私が許可するわけじゃないんだ。お前の速度で物事を考えていたら、全員、早死にしてしまうぞ。三十六時間は必要だ』

「早死に、上等。俺が過去に連れ戻して、何度でもやり直しをさせてやる。十二時間」

『笑えない冗談だな、それは。連中にも少しは考える時間をやれ、グレーヴス。二十四時間。これ以上は無理だ』

「…………」

『許可が下り次第、私が連絡してやろう』


 統制官は、ラグの不満をなだめるように告げた。相棒の要求が無茶だと判っている鷹弘には、はらはらものだったが――ラグも、仕方がないと肩をすくめた。長い銀髪が動作につれて背を流れる。


「判った。だが、二十時間待つとは言わないからな」

『それは、私の知ったことではないな』


 ふふっと統制官は哂った。ラグと鷹弘を見下ろして、もう一度微笑んだ。


『では。今度はこちらから連絡する、グレーヴス。……話が出来て嬉しかったぞ、


 この呼び名に、ラグは渋面になったが、何も言わなかった。

 通信が切れる。ブラック・アウトしたモニターと相棒の横顔を、鷹弘は交互に眺めていた。





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