Part.6 最後の一秒(4)


          4


 パパが死んでしまってからこれまでの経過を、わたし達三人は、交代で話した。

 ラグ・ド・グレーヴス少佐は最初テーブルに両肘をついて聴いていた。途中からソファーに寄りかかり、煙草を吸った。スティーヴン・グレーヴスが殺されたと聴いても動じなかった彼だけれど、わたし達が一夜のうちに犯人を捕まえる決心をしたと聴くと、眼をみひらいた。

 わたし達は、別行動をしていた間の出来事を語り合った。


「ミッキー。あの二人、放っておいて大丈夫?」


 ミッキーは冷めたコーヒーを飲み干して頷いた。


「ロジャーが証言してくれるから、大丈夫だよ」

「奴等、何者だったんだ?」

「武器商人さ」


 ルネの問いへの答えに、わたし達は驚いた。ミッキーはラグに説明した。


「昨夜、ロジャー・グレーヴスは兄に電話をして、ジェニーとゲディ・オ=ハラという二人組に気をつけるよう警告していた。ヴィジュアル・ホーン(TV電話)に通話記録が残っていたんだ。おれは彼に会いに行った」

「そんなことをして、ミッキーが警察に捕まるかもとは考えなかったの?」


 わたしは思わず咎めるような口調になった。ミッキーは穏やかに微笑んだ。


「考えたよ。でも、事件の真相を知る為には、そうするしかないからね……。ルナ・シティまで行った甲斐はあった、ロジャーが全部話してくれたよ」


 わたし達は、彼の話の続きを待った。


「ロジャーはルナ市立大学に通う学生だけれど、この二年間は学業そっちのけで、月の独立運動に熱を上げていたんだ。そこに武器商人が目をつけた」

「連邦の執政官アウグスタの弟なのに、独立運動に参加していたの?」


「兄弟で政治的信条が異なるのは、珍しいことじゃない」


 ラグが静かに口を挿んだ。煙草の灰を灰皿に落としながら。

 ミッキーが頷いた。


「そう。学生でも成人なんだ、恥ずべきことでもない。――それに、執政官アウグスタは地球連邦政府の回し者のように言われているけれど、彼等だって月の住人だ。月と地球の将来について、考えていないわけじゃない……。スティーヴン・グレーヴスは、執政官のなかでは穏健派で通っていた。独立運動が過激になって喜ぶのは、武器商人だけだ」


 ルネは納得した様子で相槌を打ったけれど、ラグは黙って煙草を唇に咥えなおした。

 ミッキーは続けた。


「ロジャーに最初に近づいたのは、ジェニーというタスキナ系人の女だった。劇場で知り合い、相手が金持ちの学生と知ると、相棒の男を呼び寄せた。独立派に武器を売りつけようとして断られ、今度はスティーヴンに話を持っていこうとした。……或いは、弟の活動をマスメディアに暴露すると脅迫して、やりすぎたのか」


 溜息を呑むラグに、ミッキーは同情のこもった眼差しを当てた。


「少佐。あんたとスティーヴンには気の毒だが、ロジャーはそう話していた。あんたに会いたいと」

「判った。スティーヴの弟への配慮が裏目に出たらしいな。変なことに巻き込んじまって、済まない」

「いや……。しかし、リサが都合よく連中を連れてくるとは思わなかったから、」


 ミッキーはわたしを見て微笑んだ。


「危なかったね。おれも、寿命が縮んだよ」


「オレなんか、本当に殺されるところだったぜ」


 わたし達がいたわり合っていると、ルネが苦笑混じりに口を挿んできた。

 わたし達は、彼をかえりみた。


「ルネ?」

「そういえば。あのハクスリーって男はどうだったんだ?」


 ルネは皮肉っぽく唇を歪めた。


「あいつはスティーヴンの旦那を殺しちゃいなかった。だが、もう少しで、本当の殺人犯になるところだった。オレの――ルネ・ディ・ガディスを殺した犯人に」


 ミッキーの眼がまるくなり、わたしは息を呑んだ。ラグの頬に面白そうな笑みが浮かぶ。

 わたし達の反応を満足げに眺めて、ルネは続けた。


「あいつは追い詰められて不渡りチェック(小切手)を出しちまった、かわいそうな奴だった。昨夜、旦那の部屋に行った時には、金の工面はついていたらしい。チェック・シートを失くして怖がっていたが、旦那は見つけたら必ず返すと約束していた」


 ルネはぺろっと唇を舐めた。


「そこへオレが現われたもんだから、やっこさん、すっかり舞い上がっちまった。オレの酒に薬を入れて眠らせ、殺そうとした」


 ミッキーが、かすれた口笛を吹いた。


「眠ったオレを車に乗せて、どっかにぶつけるつもりだったらしい。ところが、朦朧としていて良く覚えていないんだが、リサとミッキーが知っているからオレを殺しても無駄だとか何だとか、オレが言ったらしいんだ」


 ルネは、くすくす笑い出した。


「あいつは慌てて計画を中止した。オレを自分のマンションに連れて行き、シャワーを浴びせたり、コーヒーを何杯も飲ませたりして、目を覚まさせようとした。そうして、オレから薬が抜けた頃には、二人とも疲れきっていた。オレはあいつがスティーヴを殺したんじゃないと信じたし、あいつもオレが強請ゆすりに来たわけじゃないと信じた。だから、オレは、あいつにチェック・シートを返してやったよ。そこで銃に呼ばれたわけだ」

「なんて、まあ――」

「よく、生きていたな」


 わたしは言葉を失い、ミッキーは呆れた。ルネは片目を閉じた。


「オレも、今回はそう思った」


 ラグ・ド・グレーヴスが苦笑を含む声で後を引き継いだ。


「あとは俺を捕まえるまでの顛末てんまつだな。ご苦労さん。……礼を言わせてくれ、二人とも。お姫様を無事に連れて来てくれて、感謝する」


 この言葉にミッキーは軽く会釈し、ルネは肩をすくめた。

 わたしはラグに向き直った。


「グレーヴス少佐。わたし達は、これからどうすればいいんです? 父は、わたしと《VENA》 のことは貴方が何とかしてくれると言っていました」


 ラグは新しい煙草に火を点け、平静に言った。


「お前達、一旦、月へ戻らないといけないだろう。スティーヴの家には、お前達の指紋やら髪の毛やらが五万と残っているんだろうし、ロジャーの証言だけでは心もとない。俺も顔を出しておこう」


 もっともな意見だった。わたし達三人は顔を見合わせ、肯いた。

 わたしは、自分自身を指さした。


「それで……そのあとは?」

「あんたは、どうしたい?」


 ラグは逆に訊き返してきた。サングラス越しの瞳が、わたしを見詰めた。


「地球の自宅に帰っても大丈夫だと思うぞ。教授のデータは俺に渡ったわけだから、もう連中があんたを狙う理由はない。不安なら護衛をつけるし、新しい生活場所も用意できる。もっとも、俺は独り身だし、こういう状況だから、銀河連合がらみなことは承知してくれ」


 『連中』――やはりラグには、パパとわたしを狙った犯人の見当がついているらしい。わたしは少し戸惑い、ミッキーを顧みた。ミッキーは黙ってこちらを観ている。

 ルネを見ると、彼は胸の前で腕を組み、射るようにラグを見据えていた。


「ライに会わせてやれないか?」


 ルネは真剣に訊ねた。


「おい、グレーヴス。リサを《VENA》に会わせてやれないか?」


 ラグ・ド・グレーヴスは首を横に振った。銀色のゆたかな髪が動作につれて肩を滑り落ちる。深い声が胸に響いた。


「そいつは、俺には決められない――今は、まだ。教授の手紙程度では、連邦は納得しないだろう。これから片付けなければならないことが、山ほどある。お姫様が《VENA》に会えるのは、その後だ」


 ルネは眉根を寄せた。わたしは頷いた。


「待ちます」


 目を閉じ、そっと息を吸いこんで、目を開ける。


「わたし、地球へ帰ります。《VENA》に会えるようになるまで、待ちます」

「…………」

「彼女は、たった一人の、わたしの肉親だから」

「OK.」


 ラグは頷き、煙草の煙をふうっと吐いた。それから煙草をもみ消し、立ちあがった。


「では。スティーヴンの件が片付いたら、俺が送ろう。いいな?」

「はい」

「ミッキー」


 『え?』と、ミッキーは首を傾げた。一軍の少佐から愛称で呼びかけられる仲に、いつの間になったのだろう、と訝しんでいる顔だ。


「今回はご苦労だったが……確認させてくれ。倫道教授から連合軍へ依頼があった際、お前は人事AIの指名を受けたと思う。違うか?」

「そうだけれど。何故、知っている?」


 ラグは苦笑した。


「タカヒロに会わなかったか? お前の手伝いを頼んだが、センターで会えなかったとぼやいていた」

「おれはすぐ地球へ向かって、連合のセンターへは行っていない……。タカヒロって、皆川鷹弘みながわたかひろ(注*)? お前、あいつを知っているのか?」

「あいつは、俺の相棒だ」


 わたしの知らない人だったけれど、ミッキーとラグの共通の知人らしい。ミッキーだけでなく、ルネの口もぽかんと開いた。

 ラグは決まり悪そうに頭を掻いた。


「俺がこっちへ来るのに日数がかかるから、タカヒロに頼んだ。あいつも地球へ向かったんだが、完全にすれ違ったようだな……。まだ、お姫様を探しているはずだぞ」


 絶句する、ルネとミッキー。わたしは、今度こそ笑い出した。



               **



 その後は、一つのことを除けば、全くスムーズにことは運んだ。

 ラグ・ド・グレーヴスと一緒にダイアナ・シティへ引き返したわたし達は、スティーヴン・グレーヴスの家へ行き、ロジャーと警察の人達とお知り合いになった。兄を亡くしたロジャーは、年上の従兄に来てもらえたことを凄く喜んだ。

 わたし達は昨夜の経緯を説明し、ロジャーと警察の人々を驚かせた。あの二人は、意外にあっさり罪を認めた。ロジャーの証言と執政官アウグスタの遺体が揃っていては、逃げられないと判断したらしい。


 スティーヴンの婚約者のミーシャさんにも会った。ロジャーから連絡を受けて駆けつけた彼女は、立体写真と声で想像したとおり、上品で美しい女性だった。わたしとミッキーは彼女に電話の真相を話し、ひらあやまりに謝った。彼女がくれた情報のお陰で、殺人犯を捕まえることが出来たのだ。ミーシャさんはショックを受けていたけれど、スティーヴンが彼女を裏切っていなかったと知り、安堵していた。ラグとロジャーの存在も、彼女を慰めた。


 諸々の用事を全て済ませるころには、夕暮れになっていた。



 午後四時。わたし達は、自動運転制御の車の中で居眠りをしていた。『月うさぎ』のエア・カーだ。徹夜明けで動き回り、体はくたくただった。

 ラグは、自分の任務の変更とルネの休暇延長手続きを行うため、銀河連合のセンターに行っている。わたし達は宇宙港で落ち合う約束をしていた。わたしを地球へ送ってくれ、タカヒロさんを連れて帰るという。

 ルネがあくびをする様を見て、わたしはふふと笑った。ルネはシートの間から顔を出し、ミッキーに声をかけた。


「どうした? ミッキー。機嫌が悪いな」

「そんなことないよ」


 ミッキーはぼそっと答え、当惑気味に眉を曇らせた。ルネは後部座席から腕を伸ばし、彼の肩を軽くつついた。


「気に入らないんだろ。リサの『これから』に、口出しできなかったから」

「馬鹿。どうしてそうなるんだよ」

「あれ? 違ったか?」


 ミッキーは穏やかに微笑んで、わたしを見た。


「良かったね、リサ。ラグ・ド・グレーヴスに会えて」

「う、うん」

「ちゃんとに間に合っただろ? 子猫ちゃん」


 ルネはわたしの髪をくしゃっと撫でて笑った。ミッキーはすぐに前方へ視線を戻した。

 わたし達は黙りこんだ。何も言うことがなかった、というわけではない。言いたいことはむしろ沢山あったし――何より、目的を果たしたのだから、もっと能弁になっても良かったと思う。けれども、ミッキーもルネも、口数がぐっと少なくなっていた。わたしが地球へ帰ると宣言してから。


「そうだ!」

「リサ?」

「どうした、子猫ちゃん?」

「報酬って言うの? 依頼料。ごめんなさい、今まで忘れてたわ」

「ほうしゅうって」


 思いついてわたしが問うと、シートの背に顎を乗せたルネは、何故か呆れたような声を出した。

 ミッキーは瞬きをくりかえした。


「仕事の報酬、かい?」

「そう。こういう仕事って、どのくらいかかるものなの? 銀河連合へ払えばいいの?」


 わたしはヴイ・フォン(携帯電話)を取り出し、銀行のサイトに繋いだ。ミッキーとルネは顔を見合わせ、くつくつ笑いだした。

 きょとんとしているわたしに、ミッキーは笑いながら言った。


「大丈夫だよ、リサ。きみからお金をもらうつもりはないから」

「でも……」


 ミッキーは、にやついているラウル星人を顧みた。


「おれもルネも、久しぶりに楽しい仕事だった。明日からは『月うさぎ』にいるから、気が向いたら遊びに来てください」

「元気で頑張れよな、オイ」


 ぽんぽん、と、ルネはわたしの頭を叩き、白い牙を見せた。


「次にこっちに帰ってきたら、殴りこみに行ってやるからな」

「って、ルネ……ミッキー」


 わたしの胸に春の日差しのように温かなものが流れ込み、鼻の奥がつんとなった。切なさがこみ上げる。

 二人の親友――わたしの、かけがえのない――に、わたしは意地悪く言った。


「知らないからね? あとから、やっぱりちゃんと払ってくれ、なんて言っても。本当に、いいの?」


 ミッキーは苦笑した。


「いいってば」

「本当に?」

「そう繰り返してくれるなよ、子猫ちゃん。人がせっかく格好つけてんのに、決意が揺らぐじゃないか」


 ルネはおどけて、情けない声を出した。

 わたしはぺろっと舌を出した。


「お返しよ、昨日の。ルネ、わたしに、簡単に人を信用するなって言ったじゃない。お人好しをつついて遊ぶ者は、お人好しに泣くのよ!」

「初めて聴いたぜ、そんな言葉」

「うん。わたしも初めて言った」

「待ってくれ、リサ」


 ミッキー、涙ぐんで笑っている。


「ルネ、頼むから。運転している者の身になってくれ」


 ルネは調子に乗って後ろからミッキーの脇腹をつついた。ミッキーは、かわいそうに、ハンドルがぐらつかないよう必死にならなければならなかった。身を捩らせて悪態をつく。

 ルネがさらにミッキーの背をくすぐったものだから、わたしは本気で身の危険を感じ始めた。


 わたし達が知り合って、本当に二週間しか経っていないのだろうか。あれは、本当に一晩だけの出来事だったのだろうか。

 安堵と切なさがごちゃごちゃになって、わけが判らなくなってきた。淋しさが、胸をわずかに締めつける。

 ふざけるルネ、半ば怒り出したミッキー。わたしは二人を見ながら笑っている。言葉を無くし、告げる想いを無くして。

 ――そして、車は、宇宙港に到着した。



 グレーヴス少佐の姿は無かった。出入国手続きのカウンターで問い合わせると、《VOYAGERボイジャー-E・L・U・O・Y号》 の離陸予定はPM7:00となっている。まだ五時を少し過ぎたばかりだ。

 ミッキーは恐縮した。


「ごめん、リサ。あちこち引っ張りまわした上に」

「ううん。ミッキーは、これからどうするの?」


 ミッキーは柔らかな黒髪を掻き上げ、眉を曇らせた。


「おれは『月うさぎ』に戻らないと……。その、クリスマスだから」

「あ、そっか」

「クリスマスには、お客さまの為にパーティーをするんだ。コックがいなきゃ話にならないからね」

「オレは年末まで休暇が延びたから、手伝いかな」


 わたしは努めて明るい声を出した。


「二人とも、帰って自分の仕事をして。ありがとう、本当に」


 ミッキーは言い淀んだ。ルネも、少なからず憮然とする。


「まだ二時間近くあるんだよ、リサ」

「水臭いこと言うなよ。ちゃんと送ってやるから。なあ、ミッキー」


 二人に負担を掛けたくないし、これ以上一緒にいたら、別れが辛くなる。わたしは首を振った。


「平気よ。ここにはお店もあるから、ラグが来るまで退屈しないわ。大丈夫よ、わたし」


 ルネとミッキーは、きまり悪そうに顔を見合わせた。結局、ルネが肩をすくめ、ミッキーは再び謝った。わたしは笑ってそれを受け流し、二人を宇宙港の玄関まで送って行った。

 ミッキーは車の前で渋っていたけれど、ルネがさっさと乗り込んでガラス越しに手招きしたので、諦めの息を吐いた。済まなそうにわたしを見てから、運転席に乗り込んだ。


「じゃあ、リサ」

「元気でね」


 わたしは軽く手を振った。とっておきの笑顔で。

 ミッキーは何か言いたそうにしていたけれど、口を閉じて片手を挙げた。


「さよなら、ミッキー。ルネ、ありがとう」


 車は滑り出した。後部座席の背もたれに顎を乗せているルネを見て、わたしは吹き出した。再度、大きく手を振る。車が通りの角を曲がるまで、見送った。


 わたしは、しばらくそこに佇み、車の去った方向を見詰めていた。――とうとう行ってしまった。これで終わりなのだ。涙が溢れそうになるのを堪え、ぶるんと首を振った。

 違う。

 終わりじゃない。わたしにとっては、始まりだ。今まで殆ど知らなかった世界に、足を踏み入れたのだ。

 ミッキーとルネは、入り口まで連れてきてくれた。ラグは、沢山ある道の中から、どれがわたしのものかを教えてくれるだろう。でも、進むのはわたしだ。

 パパが単身赴任をしていた頃は、夜空の月とその傍らの《RED MOONレッド・ムーン》を見上げては、パパがあそこにいるのだと思っていた。明日からは、同じ月とコロニーを仰いで、ミッキーとルネを想うのだろう。『月うさぎ』の人々と、《VENA》 のことを。


「よお。早かったな、お姫様」


 項垂れていたわたしは、肩を叩かれ、ぎくりとして振り向いた。ラグ・ド・グレーヴスは、わたしの眼に溜まっていた涙に気づき、ちょっと驚いた顔になった。


「あ。ラグ」

「……どうした?」


 わたしは慌てて眼をこすった。サングラスを見上げ、微笑んだ。


「何でもありません。随分早かったんですね」

「いや、さっき来たばかりだ。お姫様、一人か? 坊主達はどうした?」


 わたしの周囲を見回して、パイロットは怪訝な声を出した。

 わたしは軽く溜息をついた。残念。


「二人とも、たった今、帰ったところですよ」


 サングラス越しに、切れ長の眼がまるく見開かれるのが判った。――この人、宇宙軍の『英雄』と呼ばれるほど凄い人なのに、偉そうな雰囲気はまったくない。


「帰った?」

「二人とも、忙しいんです」

「そんな理由でお姫様を置いて行ったのか。仕様のないガキどもだな」


 ラグは唇に苦笑を貼りつけた。大きな両手を腰に当て、左足にゆらりと重心を移す。車の去った方向を眺め、呟いた。


「あの、意気地無しめ」

「え?」

「何でもない。……ところで、」


 ラグは踵を返すと、わたしの背に軽く触れて促した。宇宙港の建物へと歩き始める。


「俺のふるい友人が、近々結婚するんだ」

「は?」


 話の飛躍について行けない。目をまるくするわたしに、彼は悪戯っぽく微笑んだ。


「祝いを贈りたいんだが、生憎、何を贈ればいいか判らない。時間も余っているし、買い物に付き合ってくれないか?」

「ええ……いいですよ」


 こういう話がくるとは思っていなかったけれど、わたしは特に不審に思うことなく、頷いた。







―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(注*)皆川鷹弘は、第二部で登場します。


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