Part.5 今夜の訪問者は最高!

Part.5 今夜の訪問者は最高!(1)


          1


 ミッキーはコートの襟を立てて項垂れ、来た道を戻っていた。失敗を三度くりかえし、考えに行き詰まったため、あの屋敷に戻ろうと決めたのだ。

 やり直そう、まだ何か手がかりがあるはずだ。見落としていることが……。気持ちを前向きに持っていかなければ、やり切れなかった。


 屋敷の石段をのぼり、見慣れたガラス扉を開け、中に入る。ミッキーはいささか無遠慮に階段を上がると、例の男が倒れている部屋に入り、明かりを点けた。何度見ても、あまり気持ちのいいものではない。

 何故――故人には申し訳ないが、ミッキーは、彼が死んでしまったことを今更のように恨みかけた。


 ゆっくり彼の足元を迂回する。ミッキーは、煙草と噛み潰された葉巻の入った灰皿を眺め、メモリー・カードの落ちていたソファーの背を片手でなぞった。振り向いて、隠し金庫のある本棚の表をさまよい……視線はやがて、寝室の入り口へたどりついた。

 手がかりを探すなら、あの部屋だ。しかし、何を探そう?


 眉根を寄せていたミッキーは、ふいに息を詰め、足早に寝室へ入った。想い出したのだ。昨夜、彼が今はもう死体となってしまった男と会う約束をとりつけた時、相手はこの家にいた。

 今や誰もが持つ文明の利器――携帯電話には、立体映像を映し出す機能は備わっていない。『月うさぎ』からミッキーがかけた電話に出た執政官アウグスタは、立派な3D映像だった。なら、彼のプライベート・ルームのどこかにヴィジュアル・ホーン(3D映写装置付きTV電話)があるはずではないか?

 ……あった。


 寝室の明かりを点けるのは故人に憚られるような気持ちがして、ミッキーはそのままにしておいた。隣の書斎から届く明かりでも、ベッドのサイド・テーブルに小型の電話が載っているのが見えた。手を触れようとして、躊躇う。


 本当に、こんなことをして良いのだろうか?


 ヴィジュアル・ホーンには、相手との会話を短時間記録しておく機能がある。持ち主が、必要な言葉や相手の表情を確認できるように。

 極めてプライベートな情報を盗みみる後ろめたさが、ミッキーを戸惑わせた。


 そこまでしなければならないのだろうか?


 しかし……犯人が捕まらなければ故人も浮かばれないと思い直し、ミッキーはスイッチを入れた。だいたいこの手の機械は、どれも似た作りだ。昨夜の通話記録を再生させてみる。



『久しぶりですね』


 いきなり、見慣れた人物が目の前に出現したので、ミッキーは驚いた。死んだはずのスティーヴン・グレーヴスの声がすぐ背後に聞こえたため、息を呑む。この電話は通話相手の画像とともに会話を再生することを思い出し、緊張を解いた。


『クラーク・ドウエル教授プロフェッサー、どうなさったのです? 貴方の方から私に連絡をしていらっしゃるとは』

『私も予想外だよ、スティーヴン・グレーヴス執政官アウグスタ


 肩の緊張を解いたミッキーだったが、そこに現れた人物を見詰め、息を殺していた。まるで、二人が目の前で会話をしているかのように。

 スティーヴン・グレーヴスの声は意外そうで、教授の口調は苦々しかった。


『至急、君に連絡を取ってもらう必要が出来たのだ』

『……ラグにですか?』

『倫道教授が亡くなった』


 重々しい教授の台詞に、一瞬、執政官が息を呑んだ。ミッキーは立ち尽くしたまま、機械が作る映像を喰い入るように見詰めた。

 スティーヴン・グレーヴスの声に驚きが混じった。


『何故です?』

『交通事故という話だが、真相は私にも判らない。教授は我われの反対を押し切って、あれを公表しようとしていたからな――地球で。さらに、ラグ・ド・グレーヴスに託そうとしたのだ』

『……《クイン》に?』


 執政官の声は冷淡に聞こえた。暗い皮肉を帯びていたとでも言おうか。ミッキーには少し意外だった。


『それは……倫道教授が本気でそう考えていらっしゃったのだとしたら、ですね』

『私もそう思うよ』


 ドウエル教授の口元に、冷笑とも言える皮肉な嘲笑が浮かんでいる。それは倫道教授の所業を嘲るというより、自分達の行為そのものを冷たく突き放しているようだった。

 ミッキーは黙っていた。


『しかし、残念なことに教授は本気だったらしい。それで、私がこうして君に連絡をする羽目になったというわけだ、グレーヴス執政官。私も君も、しがない雇われの身だからね』


 この台詞に執政官がどんな表情を返したかは、今となっては知る術がなかった。ドウエル教授の瞳から嘲笑の影が消えたことに、ミッキーは気づいた。


『我われに下った命令は、こうだ。――至急ラグ・ド・グレーヴスに連絡をとり、彼を説得するように。倫道教授の研究に関わらせないよう』


 執政官の声は、苦々しく聞こえた。


『説得もなにも。ラグが今更そんな話に乗るとは考えられませんが……?』

『ところが、銀河連合が動いているのだよ』

『…………!』


 執政官が驚いた気配に、ミッキーも驚いた。連合軍? おれ達が、どうだと言うのだ?


『まさか、あの男が?』

『そのまさかだ。ラグが意図したかどうかは知らないが、何度か《RED MOONレッド・ムーン》を訪れている。そのため、連中も迂闊に手を出せなくなっている。……そこで、我われには、《古老チーフ》の意思を確認せよ、と』


 スティーヴン・グレーヴスは黙っていた。ミッキーも、話の成り行きに愕然としていた。


 がグレーヴスを捜していることが、何だって?


『それで? 具体的に、私にどうせよと?』

『まもなく、そちらにあの男から連絡があると思う』

『…………』

『もしかしたら、倫道教授の令嬢も一緒にいるかもしれない……。君は彼等を保護し、ことの次第を説明してやって欲しい。私は、ラグの説得を試みる』

『私が断ったら?』


 慎重な口調だった。しかし、スティーヴン・グレーヴスの声には脅迫の響きも含まれていた。

 教授は苦笑した。


『ドウエル教授。私がラグの説得を拒否して――我らがチーフの意思に従うと言ったら?』

『それもひとつの方法だな、グレーヴス執政官。だが、我われも君達も……もうこれ以上、犠牲者が増えるのは避けたいのではないのかね?』

『考えておきましょう』


 執政官はわらった。ふっと緊張を解く気配が声に含まれた。

『用件は承りました。まずは、彼に会って確かめます。《クイン》の意思を。話は、それからでもいいでしょう』


 ドウエル教授は黙ってこちらを見詰めた。それから、姿が、不意に消える。

 次に記録されていた会話の再生が始まり……その記録が消えてからも、ミッキーは、ヴィジュアル・ホーンの画面を見詰めたまま、立ち尽くしていた。



 何だったんだ? 今のは。

 薄暗い寝室に佇んで、ミッキーは考えた。どうやら、事態は悪い方向へ急速に傾いていると感じながら。

 どういうことだ?

 ドウエル教授と月の執政官が話していたは自分だと、ミッキーは理解せずにいられなかった。

 何故、おれ、なんだ?

 手で口元を覆い、ミッキーは苛々と奥歯を噛んだ。さっぱり判らない。

 何故、ドウエル教授もスティーヴン・グレーヴスも、まるで、リサより彼の方が重要人物であるかのような物言いをしていたのだ? 否……倫道教授の手紙よりも、彼がことに関わっている方がなように話していたのは、どういうことだ?

 判らない……。


 倫道教授が殺された理由はおぼろに察せられたが、スティーヴン・グレーヴスが殺されてしまった理由を、二人の会話から推測することは出来なかった。

 そして。

 会話の再生を止めながら、ミッキーは迷った。この話を、ルネにするべきだろうか? おれは、リサに。おそらく、倫道教授が死ななければならなかった理由と、自分が――

 銀河連合から指名を受けたこそ、発端かもしれないということを。


 彼らにその理由を説明してくれて、ラグ・ド・グレーヴスと引き合わせてくれるはずだったスティーヴン・グレーヴスは、もういない。


 ミッキーは、帰ってきた時よりさらに打ちのめされた気分で、寝室から書斎へ戻った。溜息を呑み、足元の男を見下ろす。つい先刻まで大した縁はないと感じていた死体が、突然、たったひとりの血縁に思われ、情けなくなった。本当に、ただ一人のよりどころを失ってしまったのだ。

 その時、

 物音に思考を止め、耳を澄ませた。再び、かすかな音が聞える。階下から……。

 ミッキーは部屋の明かりを消すと、入り口の壁に背中を寄せ、階段を上って来る足音に身構えた――


「待てよ。ミッキー」


 動き出す前に投げかけられた声に、ミッキーは息を止め……ゆっくり息を吐いた。暗闇に順れた目に、ラウル星人の輪郭が浮かび上がる。その瞳が蒼く光っているのに気づいて、ミッキーは苦笑した。


「先輩。オレは丸腰ですよ?」

「考えることは同じようだな」

「ああ。そっちも」


 ルネは肩をすくめた。ミッキーが書斎の明かりを点ける。

 部屋の入り口で足を止め、ルネは深々と嘆息した。


「その様子だと、収穫はなしのようだな、ミッキー」

「ああ」


 一瞬、電話のことが頭を掠めたが、ミッキーはこう答えた。黙っておいた方がいいだろう。今は、スティーヴン・グレーヴスを殺した犯人を捕まえることの方が先決だ。

 ルネは普段の鋭い眼差しに戻り、部屋の中を見渡した。


「さて。もう一度、始めようか」

「そうだな」

「リサが上手くやっていればいいんだがなあ」


 ルネが呟いた台詞に、ミッキーは相棒の背中を見詰めた。ラウル星人は再び本棚の周りを物色し始めた。

 本当に。

 リサのことを考えると、ミッキーは、胸に重い石が沈むような心地がした。

 何より、リサに無事でいて欲しい。スティーヴン殺しの犯人が捕まえられなくても構わない。彼女だけは、ちゃんとラグ・ド・グレーヴスに会わせてやりたい。


 時刻は午前四時になろうとしていた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る