第46話 春よ来い
さあ、春が来るぞ。草木は萌えろ。虫やカエルは土から目覚めろ。
たっぷり一秒間に16発の俺のインパクトは凝縮された冬の塊を打ち砕いた。カナタ・パンチはわりとあっさりめに別次元のアストラル体まで到達したようだ。16発のうち5発目からけっこうな手応えがあって、四天王最強と謳われるウインターズは一言も言葉を発することなく俺の前に敗れ去った。
人のカタチになるまで圧縮された冬の猛威は空間が歪んで見えるほどの高圧な高温に晒されて薄っすらと白く瞬いて、俺のパンチがアストラル体に当たるとあっけなくパチンと弾けた。
首都城下町をまるっと含むここら辺一帯を凍りつかせていた冬は絨毯をめくり上げるみたいに一気に押し退けられた。全開放された熱気を帯びたスチームが爆発的に広がっていく。
まずは俺がいる春の爆心地から。ぽっと小さな太陽が生まれたみたいに、冬の冷たさを陽の光で溶かすと言うよりも太陽風で吹き飛ばしす勢いで春がやって来た。
草木が芽吹く音よりも速く暖かな春の光は風船が割れたみたいに拡散する。氷が爆ぜる。雪が搔き消える。土が露わになる。萎れた緑が震える。新緑の艶が輝き出す。新芽が一斉に芽吹く。花が咲き誇る。色とりどりの虫たちが羽ばたく。小鳥が歌う。
灰色の冬に覆い尽くされていた地表は瞬く間に春色に塗り替えられて、分厚い空気の層をめくり捨てたように世界は暖かく息を吹き返した。
「周囲の気候さえ変動させるなんて、無茶やるじゃないか」
何故かThe Dが自慢げに言った。前髪を爽やかに揺らすような春風が吹きそよいでいるってのに、相変わらずの絶望的ムンクっぷりな叫び顔だ。
「おまえのおかげだよ」
「そ、そうか?」
しかしながら、四天王最強のウインターズに圧勝できたのはThe Dのアドバイスのおかげでもある。こいつがいなければ、冬そのもののウインターズをどうやって攻撃したらいいかわからないまま、イングリットさんも含めてここら辺一帯が氷漬けで全滅していたかもしれない。意外そうに驚いた叫び顔をするThe D。
「ウインターズへの決めの一言も効いていたしな」
「ま、まあな。奴は四天王の座に座るにはまだ未熟過ぎたってだけだ」
どこか満足気な顔して俺の側に立ってくれやがる。ムンクの叫びな顔して、ころころとよく変わる表情だ。敵なのか味方なのか、結局のところわからないままだが、まあいいや。次の四天王戦の情報でももらえたらよしってレベルの付き合いをしてやろうか。
「ところでさ、おまえは何でここに召喚されてきたんだ?」
冬の気配はすでに消え去り、暖かな春風が蒸気に火照った俺の頬に当たる。緑の匂いだ。この気温なら凍り付いたすべての生命もすぐに活動を再開させるだろう。ふわっと緑色した豊かな命の匂いと冷たくて甘いお茶の香りが俺を包み込んだ。
時法算術学者フレスコ・スピリタスの言葉を思い出す。熱い戦いのあとは、冷たいお茶で喉を潤すと気持ちいいだろ? ああ、あの時の冷たい甘茶の香りか。確かに、熱い戦いのあとの冷たいお茶は格別だ。
「何でって言われてもな、召喚される側にはその意思はないぞ。アストラルシフトと同じでただ気が付いたらここにいたというだけだ」
The Dはムンクな叫び顔を小難しく曇らせ、顔を身体ごと傾けて、防御城壁の周囲に広がる濃い緑の森を見渡した。
「そこらの樹々と同じだ。何故春が来たかも考えずに、その枝葉を精一杯伸ばして春を感じるのみだ。むしろワタシが聞きたい。何故ワタシを喚んだ?」
「俺が? The Dを召喚?」
「違うのか? うむ、違うようだな」
俺もThe Dにつられてぐるりと森を見渡す。ヒーローコートをなびかせつつ上空から眺めて見ても、一気に芽吹いた新芽も色鮮やかな小鳥も奇妙な形の昆虫たちも活き活きと飛び回っているのがわかる。この様子なら城下町の住人たちもイングリットさんももう寒さに凍えてはいないだろう。
「イングリット、という名前か。あの小娘か?」
森より望める山々に目をやれば、俺の圧縮スチームバンカーの爆発的な春の勢いで山頂の万年雪も溶けて消えたのだろうか、尖った灰色の岩肌が輝いていた。降り注ぐ太陽の光に目線を下ろせば、森の向こうに見える巨大な二本の尖塔が禍々しい雰囲気を醸している黒い城さえも眩しく見える。って、待て待て。何だって?
「イングリットさんが何だって?」
彼女はただの通りすがりの召喚観測士だ。怒りっぽくてがさつなところもあるけど、いい戦いをした日の夜ごはんをちょっと豪勢にしてくれたりする普通の女の子だ。異世界モンスターとか召喚できるはずが、ない。ない? 本当に?
The Dは俺の心の中を速やかに読み取ったようだ。
「心当たりがあるのか」
「おまえとはまた別の異世界人と話してた時に、イングリット因果律って言われた。異世界図書館の謎の司書は夢見る召喚観測士って本があるって言ってた。彼女にも、俺たちのように何か特殊能力でもあるってのか?」
「おまえ自身も異世界人であるってことは誰かに召喚されたんだろう。じゃあ、いつ、どこで、誰に?」
The Dのムンクな叫びの表情がまたがらっと変わった。大きな目がさらにくわっと見開かれ、おどろおどろしい叫び声が聞こえそうな口も今にも裂けそうなほどだ。
「って、おいおい、何故魔王城がここに?」
The Dが見つめる先、俺の後方を振り返る。そこには、さっきまで遠くに見えていた真っ黒い城が間近に迫っていた。
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