第16話 俺、見えちゃいけないものが見えてしまった件


 首都防衛師団兵舎にて。俺は正確にはこの世界、ファンタジーワールドの住人ではないけど、臨時民兵的な扱いで特別に一室あてがわれていて、そこで寝泊まりして街の平和を守っているわけだが。


 兵舎食堂から自室に朝食を持ち込んで、ファンタジーワールド新聞をぺらぺらと眺めながらもぐもぐだらだら食べていたら、いきなり師団長からお呼びがかかった。


 普通ならば勇者カナタのお世話役かつ師団長付き召喚観測士のイングリットさんが間に入って伝令されるはずなのに、今日に限ってはあまり話したこともない奴に声をかけられた。


 まだ朝飯食ってる途中だってのに、とふてくされてみたもののここはやっぱり軍隊であり、上官の命令は絶対なのだ。仕方なく、作戦本部的なちょっと立派な作りの師団長室の

応接間、立派な革張りの長椅子に座る俺。


「勇者タナカよ。日頃の活躍、ご苦労である」


 そう。日頃の活躍で街での俺の知名度も上がり、勇者カナタとして日常に定着しつつある。なのに、この頭のお堅い師団長のおっさんだけは未だに勇者タナカと俺を呼ぶ。わざとやってんじゃないのか。


「帝国軍との戦闘も熾烈を極め、我が師団も防衛活動の方向性を変換せざるを得ない状況にある」


 なんか簡単な要件をなるだけ小難しく説明しようと、師団長のデスクに踏ん反り返るおっさん。イングリットさんの言う通り、自信と野心だけは立派な人だ。


 窓の外からは柔らかくて暖かそうな日差しと、剣術の訓練をしている師団兵たちの声が差し込んでいる。のどかな一日になりそうです、ええ。


 師団長のデスクに座るおっさんと、そのおっさんの肩辺りに浮かぶ黒い影の形をしてムンクの叫びみたいな顔したわけわかんない奴。そして応接ソファに居心地悪く座る俺。


 広めの師団長室にはこの三人しかいないのに、やたら重苦しい空気が流れていた。


「率直に言おう、勇者タナカよ」


「へいへい」


 軍の方針とか、師団の戦闘状況とか、正直言って俺にはどうでもいいことだ。帝国軍召喚士がこの街を陥落せしめんと召喚する異世界モンスターからイングリットさんを守るのに忙しくて、師団長の命令なんて無視しっぱなしだし。


「我々師団も首都防衛だけでは戦線を維持できなくなりつつある。勇者タナカよ。首都より前線に出向き、敵を殲滅せよ」


「イヤっすー」


 もう何度も断っているのに、自信屋で野心家の師団長の頭は相当お堅いようで。俺の鼻をほじる勢いで即答した拒絶の意思に、ぴくりと肩を震わせて動きを止めただけだった。


 その震えた肩の辺りに浮遊するムンクの叫びが師団長にぼそぼそと耳打ち。すると師団長は再び動き出した。


「ならば、貴様にもう用はない。クビだ。何処へでも行ってしまえ」


「いいっすよー」


 よし。これでイングリットさんのために自由に戦える。


「えっ?」


 慌てたのは師団長ではなく黒い影状のムンクの叫びの方のようだ。大きく開けた口がさらに大きく縦長に広がる。


「いやほら、防衛師団兵としてお世話になってるとさ、何かと規定がめんどいのさ。自由にやっていいなら自由にやるよ」


 居心地のいい兵舎を追い出されることになるだろうけど、街を守るヒーローとして知名度も高まってきたんだ。宿屋とか格安で一部屋くらい提供してくれるだろう。あ、イングリットさんの部屋に転がり込むってのもありだな。


「ところでさ、さっきから気になってたんだけど」


 ほんとに軍をクビになる前に、一つ確認しとかなきゃなんないことがある。


「おまえ、何?」


 師団長の肩の辺りにしがみつくムンクの叫びに訊ねる。ムンクの叫びはさらに驚いたような顔でつぶやいた。


「まさか、ワタシの姿が見えるはずがない」


「見えちゃまずかったのかよ」


「……」


「……」


「ええっ? 見えるの!?」


「ええっ? 喋れるの!?」


 また新たなタイプの召喚モンスターが現れやがった。

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