練習

戯男

練習


「最近悩んでる事あるねんけど」

「ん?相談乗ろか?」

「うん。ちょっと人殺そかと思って」

「何言うてんの?」

「本気本気。マジで」

「マジでと違うわ。何?なんか恨みでもあんの?」

「そんなとこ」

「やめときって。何があったか知らんけど、別に殺すことないやん」

「いや、もうそんなレベルの話違うから。殺すしかないから」

「いやいや。あるって。もっかいちゃんと話合ってみいよ」

「あのな。私なりに色々悩んでこの結論になったわけ。話してどうにかなるんやったら最初から殺すなんて思わんから。もう殺すしかないんやって。殺したくてしゃあないんや。一刻も早く殺したいんや」

「完全殺人者モード入ってるやん」

「殺したい殺したい殺したい殺したい」

「いや怖い怖い。……うーん。どうしてもか」

「どうしてもや」

「じゃあどうやって殺すつもり?」

「何とでもなるやろ。首絞めてもええし、刺してもええし」

「刺すにしても凶器とかどうすんの」

「家の包丁でやったらええやん」

「包丁なくなったらお母さん怪しがるで」

「終わったらちゃんと戻しとくよ」

「そんなことしたら次の日から人殺した包丁で作ったご飯食べることになるで」

「あ。ほんまや。洗っても無理かな?」

「私やったら絶対嫌やわ」

「私も嫌やな……じゃあ買いに行かなあかんか。どこで買お?百均?」

「大根切るのと違うねんで。もっとええとこで、ちゃんと切れるやつ買ったら?なまくらやったら失敗するかもよ」

「じゃあ商店街の金物屋行くわ」

「何て言うて買うつもり?」

「どういうこと?」

「だから、こうカウンターがあるわな。んでおばちゃんがおるわな」

「うん」

「あんたが店入るやろ?ほんならおばちゃんが……いらっしゃい。何お探しです?」

「あ、包丁ほしいんです」

「そうですか。何用でしょ?」

「何用?」

「菜切り包丁とか刺身包丁とか、中華とかパン切りとか。何にお使いですか?」

「ちょっと人を切りたいんですけど」

「アホか。一発で終わりじゃい」

「何用がええんやろなあ」

「知らんがな。刺身包丁とかでええん違う?」

「刺身包丁が欲しいんです。一番長いやつください」

「んー。それはそれで変やな」

「なにが?」

「だってそんな長い刺身包丁だけ買って行くやつとか、どう考えても怪しいやろ。板前さんにも見えへんし」

「こいつ誰か殺しよるなってばれる?」

「ばれるばれる。顔とか絶対覚えられるわ」

「じゃあ鱗取りとまな板もください」

「お。ええ感じやがな。はい。じゃあお会計一万二千円です」

「高!そんなにすんの?」

「するやろそれくらい。ええやつ買うんやろ?」

「せやけど、もうちょっと何とかならん?」

「何とかって」

「勉強して?」

「変に値切ったりしたら顔覚えられるで」

「そっか。……でもやっぱり高いな」

「あんた人殺すんやろ?それくらいケチってどうすんの」

「わかった。買います」

「まいどおおきにありがとう」

「むかつくわあ。包丁で刺したろかな」

「やっぱりあんたただのサイコやろ」

「嘘嘘。まあでもこれでもう大丈夫やな」

「いーやまだまだ」

「なにが」

「どないして殺すの」

「どないしてって、普通に電話で呼び出して」

「通話履歴残るやん。怪しまれるで。警察舐めたらあかんで」

「じゃあバイトの帰り道で襲うわ。暗なってから」

「あーええかもな。じゃあまあ相手がこう歩いてくるわな」

「死ねえー!」

「早いわ。てかそんな正面から行ったら普通に逃げられるわ」

「じゃあ後ろから?」

「それもええけど、声でもかけたら向こうも気緩むん違う?顔見知りなんやろ?」

「なるほど。あ、こんばんはー」

「こんばんはー……ちょっと、何その手」

「包丁やけど?」

「抜き身持ってるやつに挨拶返すかい。隠しとけ」

「こんばんはー」

「はいこんばんは。どうしたんですかこんな遅くに」

「いやちょっとコンビニに……で、近づいてぐさぐさぐさ」

「おお。ええやんええやん。わかってきたな」

「そうかな。へへ」

「そしたら相手死ぬわな。うう……ばた。さあどうする?」

「酒買って帰る?」

「いや死体ほったらかしかい」

「あかんか」

「いつかばれるにしても、ちょっとでも発見遅らせた方が色々都合ええん違う?うまいこといけばそのままうやむやになるかもしれんし」

「詳しいなあ。もしかしてあんた人殺したことあるん違うか」

「ないわ。アホ」

「じゃあ死体隠さなあかんの?めんどくさいなあ……」

「じゃあもう人殺しなんかやめたら?」

「わかったよ。ほな山にでも埋めるわ」

「ベタな……まあ一番無難かもな。でもどうやって運ぶん?死体やで?」

「楽やん。動かんし」

「そんなん担いで歩いとったら一発で捕まるわ」

「じゃあ鞄に入れよ」

「そんなでっかい鞄持ってるんかい」

「ボストンじゃ無理かな。ひいふうみい……」

「ちょいちょいちょい。私で見当付けるなや。なんか気分悪いわ」

「たぶん入ると思う」

「でも人間の体なんか六十キロくらいあるんやで。持てんの?」

「車かなあ」

「あんた車あるんけ」

「あれへん」

「ほなレンタカー借りなあかんな」

「面倒くさ……」

「じゃあ……」

「わかったわかった。借りる借りる。……あ、もしもし?」

「はい。仏滅レンタカーです」

「なんやその店。あの、車借して欲しいんですけど」

「車種はいかがしましょう?」

「またこんなんか。えーと、軽とかでいいんですけど。安いやつ」

「かしこまりました。では一番お安い軽自動車で。ところでお客様、失礼ですが何にお使いでしょうか?」

「そんなこと訊かれるかな?」

「訊かれたときのためや」

「えーと。ちょっとドライブです」

「六甲山ですか」

「……違いますけど」

「箕面?」

「ほっといてくれ。どこでもいいでしょ」

「お客様。まさかご自殺なさるおつもりではないでしょうね」

「どんな質問やねん。違いますよ」

「それはよかった。実は以前そういうお客様がいらっしゃったもので……」

「あーそうなんですか」

「ええ。もう掃除が大変で」

「あ、廃車にはしないんですね」

「うちは小さな店ですので」

「大変ですねえ」

「ちなみに当店の車は全て自殺経験済となっております」

「そんなことってある?」

「多いものでは四十二回」

「呪われてるやろ」

「一番安い軽自動車なもので」

「なるほどね。やっぱそれ借りるのやめますわ」

「みなさまあんなに楽しそうにしてらしたのに」

「……店の名前が縁起悪いからと違いますか?」

「いえ、今の名前にしたのはつい最近なんです」

「よりによって何でそんな名前に?」

「ええ。あんまり自殺が多いもんですから、いっそのこととことん縁起悪い名前にしたら、逆にそういう人が来なくなるんじゃないかと思って」

「アクロバティックな頭ですね。普通の客も来なくなるでしょ」

「おかげさまで売り上げが三倍になりました」

「メチャメチャ効果あったんですね」

「まあ全部自殺でしたけど」

「むしろ贔屓にされてるやん」

「変ですよね。リピーターは一人もいないはずなのに……」

「もういいですから。じゃあ一番自殺の少ない車にして下さい」

「では九回しか使われてないものがありますので」

「それでも九回かい」

「四十人乗りの大型バスなのですが、大型免許はお持ちですか?」

「集団すぎる。……それで九回!?」

「あ、サービスで七輪をお付けできますけどどうします?」

「あんた狂ってるよ。たぶん全部あんたのせいですよ」

「……な?なかなか大変やろ?人殺すのって難しいやろ?」

「最後は絶対おかしいけどな」

「だから人殺すのなんかやめときって」

「いや、実際はもっと簡単なんやろなって思ったら、むしろやれる気してきた」

「逆効果やったか……」

「逆に自信ついたわ」

「……まあそこまで殺したいんやったら好きにしたら?でもなるべくばれへんようにやりや」

「うん。ありがとう」

「ところで誰殺すつもりなん?」

「え?」

「せやから、どこの誰を殺そうと思ってるん?」

「あー。うん。あんた」

「って私かーい!やめさせてもらうわ」

「……」

「いや何その顔。ちょっと。いやいや。え?何その鞄。あ。それあんたの家の包丁やろ。だからそれやったらアカンって。お母さん怒るって。てかまだ昼間やで?車はどうすんの?ちょっと。いやいや。いやいやいやいやいや」

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