第26話 心の在処

 末樹は、紺への煮え切らない思いを解消できないまま、年を越した。

 冬休みに入ってからは、誰かと連絡を取ることもなく、受験本番に向けてひたすらに机に向かって勉強に励んでいた。その方が、気分も落ち着いた。

 年明けに、玖馬と莉々からは連絡があったが、紺からは特に何も来なかった。末樹の方から挨拶でもしようかと思ったが、送信の一歩手前で止めてしまった。

 末樹は、一度落ち着いたかのように思えた、自分でも分からないもやもやした気持ちにはとっくに嫌気がさしていたが、どうしたらよいのか答えは出ず、結局そのまま冬休みの終盤を迎えていた。

 その間に、玖馬は來樹と一緒に出掛けることがあったようで、玖馬から電話が来た。末樹は、玖馬に相談をしようかとも考えたが、以前よりもどこか吹っ切れた様子の玖馬に救われた末樹は、そのまま何も言いだすことが出来なかった。

 明日で冬休みも終わろうかという日、末樹は気分転換に散歩に出かけた。行くところはいつも同じで、駅前の通りだった。ここは賑わいがあって、その雑音が、末樹にとっては良い気分転換になった。

 俯きながら歩いていた末樹がふと顔を上げると、そこは武史の働くアイスクリームの店だった。自然と足がこちらに向かっていたようだ。

 無意識のうちに、末樹は武史のような存在に、話しを聞いてもらいたかったのだった。

「末樹じゃないか、あけましておめでとう」

 末樹が店に入ると、寒い時期の今、店内は相変わらず閑散としていて、一人店番をしている武史が嬉しそうに笑いかけてきた。

「年始早々末樹に会えるとは、今年はツイてるな」

 武史はカウンターから出てくると、末樹の傍まで歩いてきた。

「明けましておめでとうございます。武史さん」

 末樹も武史に笑い返した。その笑顔を見た武史は、何か引っかかったようで、末樹を近くの椅子に座らせた。

「なんだ末樹、年明けから悩み事か?」

 末樹の正面に座った武史は、机に腕をついて身を乗り出してきた。

「え?なんでですか?」

 戸惑う末樹に、武史はため息をついた。

「なんでもなにもないだろう。末樹、前にも言ったけど、お前は分かりやすすぎ」

「なんですかそれ」

「そんな浮かない顔してたら、嫌でも分かるって」

 武史の言葉に、末樹は肩をすくめた。

「すみません。年明け早々」

「いいって。お前たちの悩みを聞くのも、俺がここで働く醍醐味ってもんだよ」

「ははは」

 末樹は力なく笑った。武史の頼もしさが、反対に自分の弱さを映し出しているようで、少しだけ胸が痛んだ。

「そういや最近紺のやつも元気なかったな」

 武史は思い出したように腕を組んだ。

「糸村?」

「なんだ?お前たち休みの間は会ってないのか?」

「はい。…お互い、忙しいですし」

「まぁそうか」

 武史は組んだ腕をほどくと、膝の上で手を組んだ。

「…武史さんと糸村って、なんか、最近仲良いですよね?」

 末樹は、考えるよりも前に言葉が出ていた。

「ん?そうか?」

「うん。なんか…」

「はは、妬いてるのか?」

「はぁ!?」

 武史は、ケラケラと笑いながら慌てる末樹を見た。

「何言ってるんですか、武史さん」

 末樹は、自分が思った以上に動揺していることに驚き、汗をかいてきた。

「ははは、悪い」

「もう、なんですか、もう…」

 末樹は手に汗を握りながら武史から目を逸らし、自分自身を落ち着けようとしていた。

「いやでも仲良いっていうか、紺からもいろいろ相談を受けてただけだよ。末樹みたいにな」

 武史はあっけらかんとした様子で言った。ただ、その表情は温かさに満ちていた。

「もう本人からも聞いてるから、言っちゃうけど、まだ決着つけてないみたいだな、お前たち」

「はい?」

「ほら、末樹、お前紺の気持ち知ってるんだろ」

 武史は末樹の瞳を真っ直ぐに見た。今まで見たことのない武史の眼差しに、末樹は探偵に真実を突きつけられた真犯人のような気持ちになった。

「……糸村は、それを…?」

 末樹はごくりと唾をのんだ。

「ああ、知ってたよ」

 武史はゆっくりと、椅子に預けていた身体を起こした。

「でもな、聞いたところで俺に出来ることなんてそんななかったけどな」

 情けなさそうに笑う武史に、末樹は、堪えてきた気持ちが溢れ出そうになった。

「それだったら…俺…」

 言葉が詰まって何を言いたいかもわからなくなってきた。

「ごめん末樹。もっと早く力になれたのにな」

 武史は申し訳なさそうに末樹を見ると、そのままじっと下を向く末樹を見つめた。

「末樹、最初に言っておきたいんだが、これはお前たちの問題だから、答えを出すのは、末樹自身だからな」

「…………」

 武史の優しくも凛とした声に、末樹はゆっくりと頷いた。

「紺からお前が好きだって相談を受けた時、紺も結構我慢してたみたいでさ。ついその時目の前にいた俺にこぼしてきたようなもんだった。最初は驚いたけど、なんか悩んでる紺が微笑ましくてさ、秘密にしていたいっていう紺に対して、俺に出来ることってないけど、それでも話だけは聞いてあげたくてさ…。なぁ末樹」

「はい…」

 末樹はそっと顔を上げた。

「でもやっぱ、お前が答えを出さないと、何も変われないんだ」

 武史の諭すような表情に、末樹はぐっと唇を噛んだ。

「…それは、分かります。…分かります…。でも、俺、俺は、全然分からなくて」

 末樹の言葉に、武史は真剣に耳を傾けていた。

「自分の気持ちなのに、はっきりとした気持ちが、確証が持てないんです。俺、本当に、こういうの苦手で…。でも、糸村のこと、好きなのは変わらないんです。でもそれは、本当に糸村と同じ気持ちなのかって、それは分からないんです」

 末樹は必死に今の自分の思いを述べた。ずっと誰かに聞いて欲しかった気持ちだ。

「糸村のこと、ちゃんと真剣に考えたくて、考えても、途中で他の、…他のことも考えてきちゃって」

「他のこと?」

「…前に話した、後輩のことなんですけど…糸村に告白した」

 末樹は小声で答えた。

「あー、あの子ね。莉々ちゃんだっけ?」

 武史は末樹との会話を思い出し、合点が言った顔をした。

「はい…」

「末樹は、その子が好きなのか?」

 武史が優しい声色で聞いてきた。

「…たぶん。好き、でした」

「でした?」

 恥ずかしそうに答える末樹に、武史は首を傾げた。

「はい。俺、莉々ちゃんのこと、いつの間にか好きになってました。単純に話してると、楽しかったし、すごい元気を貰ってました。糸村の話題の時も、なんか、共通点があるみたいで嬉しかった。でも、よくよく辿ってみたら、莉々ちゃんが好きなのは糸村で、その気持ちはまだ残ってる。そこに俺が入る勇気もないし、余地もない。それに、糸村が好きな人が俺だって知ったら、きっと、俺のこと、嫌になるだろうって思って、言えなかった。彼女のためには、言わなきゃいけないのに、言ったらきっと離れてしまうから、それが怖くて」

 末樹は弱々しくそう続けた。

「でも、糸村のことも考えていくうちに、糸村に対しても、同じくらい離れるのが怖いって気持ちが強くて。…友人としてだって、思ってはいるんですけど…」

「…末樹は、その子はまだ紺のことが好きだから、諦めるのか?」

「…いえ、糸村はきっと関係ないんです。俺の中の問題で…。確かに莉々ちゃんのことは好きです。それは分かりました。でもそれは、今は少し違う気持ちなんです」

「というと?」

「クマと同じ、可愛い後輩って感じで、ただ愛おしいっていうか…」

 末樹の顔が綻んだ。

「あぁ、この子たちのこと、大事にしなきゃ、守らなきゃって思うんです。ははは。おかしいですよね」

 末樹が弱々しく笑うと、武史は黙って首を横に振った。

「恋愛というよりも、愛情っていうか、そういう方向に向かってたんです」

「…そうなのか」

「…きっかけが何だったのかは分からないんですけど。一つ言えるのは、糸村の真剣な気持ちを知れたから、俺も誰かに対する気持ちを大事に感じていかなきゃなって思ったんです。それは俺だけの大切な気持ちだから、見過ごしちゃダメだって。だから糸村には感謝してます。なのに、肝心な糸村には…」

 末樹は再び言葉を濁した。

「ちゃんとしてるじゃないか、末樹」

 武史はそんな末樹をねぎらうような言葉をかけた。

「知ってるか?紺のこと」

 武史はニヤリと笑うと、末樹に顔を近づけた。

「え?」

「末樹は紺のこと、どういう人間だと思う?」

「…見た目は結構派手だけど、実は真面目でクールで頼りになる…感じ?」

「ははは。紺だって、末樹と同じくらい悩みに悩んで、答えを見つけたんだ。確かにあの性格だから、外にはあまり出さないけど、末樹のことで一喜一憂して、想いを抑えるために手帳に末樹のことを色々書いちゃうくらい、繊細なんだよ。秋くらいに二人で映画に行ったことあっただろ?その時、末樹が上の空だったから、紺のやつ、楽しくなかったのかなって、不安になってたくらいだ」

「そうなんですか?」

 末樹はギクッとした。あの時、確かに來樹や玖馬のことが気になって映画に集中できていなかった。そのため、末樹自身も余裕がなく、あまり記憶がなかった。

「ああ。すごい落ち込んでて、本当に末樹のこと好きなんだなって、思ったよ」

「……」

 末樹は突然申し訳なくなってきた。知らなかったとはいえ、我ながら無神経すぎると反省した。

「紺だって、ぐらつきながら必死で立ってるんだよ」

「…そう、ですね」

 武史の言葉が、末樹の心に響いた。まるで玖馬のようだった。近くで玖馬の思い悩む様子を見て来たのに、一番の親友が辛い時、何も気づいてあげられなかった自分が情けなかった。

「…俺、ちゃんと考えて、俺なりの答えを導き出します」

 末樹は芯のあるはっきりとした声で武史に宣言した。

「もう、知らないじゃ、許されない」

「…そうか」

 武史は末樹を見守るような表情で、ゆっくりと頷いた。

「どんな答えだって、間違いじゃないからな。それを忘れるなよ」

「はい。ありがとうございます」

 末樹は嬉しそうに笑った。心の靄が晴れていくようだった。

「そうだ末樹」

「なんですか?」

「玖馬、元気にしてる?」

「はい?」

 末樹はきょとんとした顔をした。

「いや、年末にさ、俺のところに来て突然『俺が來樹さんのこと好きって知ってますよね!?』って迫って来たもんだから、ちょっと気になって」

「は?」

「玖馬、末樹に相談してたんだろ?」

「え、…ああ、はい」

 末樹はぽかんとしたまま答えた。

「って、え?武史さん気づいてたんですか?」

 次の瞬間、ハッとした表情で武史を見た。

「うん。なんか紺の相談聞いてるうちに、敏感になってきたみたい。俺、感覚が研ぎ澄まされてるのかな?」

 武史は腕を組んで考えだした。

「ははは。流石ですね」

「玖馬君も何か勘づいたようで、知ってるなら言ってください!來樹さんには内緒ですよ!って、念を押しに来た」

 武史は苦笑いをした。

「俺そんな口軽く見える?」

「いや、ははは。クマも一生懸命なんで」

 末樹がそうフォローすると、武史は豪快に笑った。

「だよな。いや分かってる。ハハハハ。お前たち、本当に最高だな」

「え?」

「俺、末樹たちを見てるとほんと元気出るよ。俺もしっかりしないとなって。末樹、ありがとうな」

 武史は末樹に笑いかけると、立ち上がってカウンターへと戻って行った。

「今日も俺の奢りだ!寒いけど存分に食べてけよ」

 途中、末樹を振り返ってそう声をかけた武史は、いつも通りの快活な笑顔だった。


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