第23話 誕生日プレゼント

 「末樹!」

「うわぁ!?何?」

 來樹に突然肩を掴まれた末樹は、お化けに出くわしたかのような声を出し、來樹から距離を取った。

「ごめんごめん」

 來樹は末樹の反応を見ると、思わず吹き出した。

「何だよ、兄貴」

 お風呂上がりの末樹は、部屋に戻る途中、立ち止まり、階段の横に突っ立っていた。

 紺との電話から一週間。末樹は、変わらず接してくる紺に、同じように対応していたが、紺がどこか無理をしているようにしか見えなくなり、そのことについて思い悩んでいた。

「こんなところでぼーっとして、風邪ひくぞ」

「うん…。分かってるよ」

 末樹は首にかけていたタオルを手に持ち、頭を拭いた。

「お前もうすぐ誕生日だろ。何か欲しいものあるか?」

 來樹は帰って来たばかりのようで、脱いだコートを手に持っていた。

「え…?あ、そっか。もうそんな時期か」

「何だよ末樹、忘れてたのか?」

「あ、ああ、色々あって…」

「お前の誕生日、クリスマス近いから覚えやすいだろ」

 來樹はそう言って笑うと、自分の部屋へと向かった。

「なんか欲しいものあったら言えよ」

「…分かった」

 そう頷くと、末樹も自分の部屋へと戻った。


 昼休み、末樹が一人で昼食を食べ終え、廊下を歩いていると、横から一人の女子生徒が末樹をめがけて飛び出してきた。

「末樹先輩!」

 元気よく視界に飛び込んできた莉々に、末樹は思わず身体をのけぞらせた。

「ふふふ」

 莉々は末樹の反応を面白がると、じーっと末樹の目を見てニヤリと笑った。

「先輩もうすぐ誕生日なんですってね!」

「え?どうしてそれを?」

「玖馬君から聞きました」

 目を丸くする末樹に、莉々はにこーっと笑った。

「あー、クマか」

「はい。最近、玖馬君とよく話すので、その時に」

「そうなんだ」

 何を話しているのだろう。末樹は少しだけ気になった。

「それで先輩、何か欲しいものありますか?」

「え?」

「折角なのでお祝いさせてください」

「うーん…。欲しいものか…」

 末樹は何かないか考えたが、特に何も思い浮かばなかった。

「ないんですか?」

「すぐには思いつかないな…」

「ははは、先輩らしい」

「莉々ちゃんなら、すぐに思いつく?」

「はい!」

 莉々は元気良く頷いた。

「色々ありますよ。自分専用のタブレット端末だって欲しいですしー、化粧品とか、靴とかも!」

 欲しいものを思い浮かべ、楽しそうな莉々を見て、末樹は微笑ましくなった。

「あー、でも」

「ん?」

「一番欲しいものは、なかなか手に入らないかなぁ」

 莉々は眉を下げ、残念そうな顔をした。

「それ、何なの?」

 末樹は興味深そうに聞いた。

「んー、内緒です。末樹先輩には絶対教えません!」

 莉々は小さな子供が意地悪をするような顔をして末樹に笑いかけた。

「なんだよ。残念だな」

 末樹は微かに笑うと、何かを思いついたように上を見た。

「あ、そうだ」

「思いつきました?欲しいもの」

「うん」

 末樹が莉々を見ると、莉々は首を傾げた。

「前に莉々ちゃんがタオル返してくれた時にくれたお菓子、あれ食べたいな」

「え?そんなのでいいんですか?」

 莉々は拍子抜けした顔をした。

「うん。全然いいよ?」

「…そうですかー。それならすぐにでも準備できますね!」

 莉々は少々物足りないようだった。

「当日楽しみにしててくださいね!」

 しかしすぐにくしゃっとした笑顔で末樹を見上げた。

「はは、ありがとう」

 末樹がそう言うと、莉々は教室の方面へと歩いて行った。

「あっ…」

 末樹はその時、莉々に紺の話をすべきかどうか悩んでいたことを思い出した。

 もちろん、勝手に言うという選択肢はなかったが、何かしらはぐらかして伝えられる術はないかと考えていた。

「あー…」

 末樹は、がっくりと肩を落として額を押さえた。


 末樹の誕生日当日、末樹は登校時に、莉々からメッセージが来ていることに気づいた。確認すると、放課後時間が欲しいとのことだった。

 末樹は了解した旨を返信すると、スマートフォンをポケットに戻した。放課後が、少しだけ楽しみになってきた。

 教室に入った末樹は、ちょうど鞄を机に置いたばかりの紺と目が合った。

「おはよう」

 紺は末樹の顔を見るとそう言って席に座り、参考書を取り出した。

「おはよう…」

 末樹の声は、紺に聞こえていただろうか。

 紺の横顔を通り過ぎながら、末樹は自席についた。

 紺のことを変に意識しないように努めたい末樹だったが、そこまで器用じゃないのは自分がよく分かっていた。

 末樹は、ちらっと斜め後ろを振り返った。紺は、目を伏せて静かに参考書を読んでいた。

―糸村は進路、結局どうするんだろ―

 紺の進路に関する話は、秋頃から何も聞いていなかった。

 末樹は視線を前方に戻し、鞄を開けた。


 放課後、末樹は莉々に会うため、末樹の憩いの場である校舎裏へ向かった。

 末樹がいつものベンチに座っていると、莉々から少し遅れる旨の連絡が入った。

 末樹は、莉々からの連絡を確認後、腕を上げ、身体を思い切り伸ばした。リラックスしていると、気が緩み、少し眠くなってきた。

 重くなってきた瞼を、末樹は少しだけならいいだろうと、その意志のままに閉じた。

 うとうとしていると、脳が浮いてくる感覚に捉われた。

 末樹は、身体を下に下げ、浅く座り直した。背もたれに頭を預けると、太陽の光が顔にあたり、ほのかに暖かかった。

 何分くらい経っただろうか。きっと、十分と少しくらいしか経っていないだろうが、ぼんやりとした意識の中、末樹は何十分も経ったような気分だった。

「末樹先輩」

 末樹が目を開けると、莉々がベンチの後ろから身体を乗り出し、末樹の顔を見下ろしていた。

「お待たせしました」

 莉々の微笑みに、末樹は口元を緩ませた。莉々は、手に持っていたプレゼントを隠すようにしながら、ゆっくり末樹の隣に座った。

「全然大丈夫だよ」

 末樹がそう答えると、莉々は体の陰にひそめていたプレゼントを末樹に差し出した。

「お誕生日おめでとうございます!」

 プレゼントがあることは、ほとんど知っていたことだったが、それでも末樹は素直に嬉しくて喜んだ。末樹の嬉しそうな表情に、莉々ははにかんだ。

「ありがとう」

「いいえ…!」

 可愛い動物のシルエット柄の袋の中には、アンティーク調のシンプルだがお洒落なブックマーカーと、アイマスク、そして末樹がリクエストしていたお菓子が大量に入っていた。

「こんなに…ありがとう」

 末樹は顔を上げ、莉々を見た。

「あと、これも…」

 莉々は、こっそりと小さな箱を取り出した。

「?」

 末樹はそれを受け取り、箱を開けた。そこに入っていたのは、合格祈願のお守りだった。

「え?莉々ちゃん、これ、わざわざ…」

 末樹はまさかの物に驚いて、目を丸くした。

「ごめんなさい。末樹先輩、頭いいし、余計なお世話で…プレゼントにするのはどうなのって思ったんですけど、それでもやっぱり、納得のいく結果に終わって欲しいし、先輩のこと応援したくて…。いつもお世話になってるし、どうしても、その気持ちは伝えたくて…」

 莉々は恥ずかしそうに末樹から顔を逸らした。末樹は、赤くなってきた莉々の顔色に気づき、気が抜けたように笑った。

「ありがとう莉々ちゃん。すごくうれしいよ」

 末樹は嬉しそうに笑いながら、お守りを掲げた。

「これで受験はもう大丈夫かな」

 末樹がそう言って莉々に笑いかけると、莉々はほっとしたように笑顔を見せた。

「末樹先輩の実力と努力には敵いません」

「そんなことないよ」

「…ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっち。俺、誕生日がクリスマスに近いからさ、あんまり誕生日プレゼントっていう体で貰ったことなくて…、だから嬉しいよ」

 末樹がお守りをしまいながらそう話している間、莉々は末樹の表情から目を離すことなく、名残惜しそうにその姿を瞳に映していた。


 莉々が部活に行くため、末樹は莉々を部室棟近くまで送り、末樹自身はそのまま帰宅するため、正門まで向かった。

 途中、部活中の玖馬が見え、相変わらずの元気そうな様子に、末樹はほっとした。

 玖馬には、紺と末樹のことで思い悩んでほしくなかった。

 玖馬自身も、大変な心境の中にあるのだから。

 正門近くまで来た時、見覚えのある背中が前を歩いているのに気づいた。

「糸村」

 末樹は、考えるよりも前に声を出していた。どうしてか、その背中に声をかけたかった。

「末樹か」

 紺は驚いたように振り返った。イヤホンをしていたようで、それを耳から外した。

「帰り?」

「そう」

 末樹は、急ぎ足で紺の隣に並び、再び歩き出した。

「俺も帰るところ。久しぶりに一緒に帰ろうか」

 末樹がそう言うと、紺は静かに頷いた。

「そういえばさ、糸村、駅前に来てるたい焼き知ってる?」

「たい焼き?」

「うん。美味しいらしいよ。兄貴によると」

「ふーん」

「糸村、たい焼き食べない?」

 末樹はニヤッと笑った。

「食べたいのか?」

「うん。折角なら糸村も食べよ」

「まぁ…いいけど」

 紺の返事に、末樹は安心した。何故かはわからなかったが、最近、自然に振舞っていてもどうしてもぎくしゃくしてしまう紺と、一緒に何かをしたかった。

 誕生日の我儘だろうか。

 たい焼き屋の前についた二人は、三組並んでいる列に続いた。

「末樹、味どれにするんだ?」

 紺は、店頭に掲げられたメニューを見て末樹に尋ねた。

「うーん。シンプルにあんこかな」

「そっか。俺もそうするか」

「やっぱ定番を食べてみたいよね」

 末樹は無邪気に笑った。そうしているうちに、末樹たちの番が来た。

「いらっしゃい!」

「つぶあん二つください」

 紺はそう言って会計をした。

「あとで返すね」

 末樹がそう言うと、紺は出来たてのたい焼きを受け取りながら首を横に振った。

「いいよ」

「え?」

「お前、今日誕生日だろ」

 紺は末樹にたい焼きを渡すと、近くのベンチに座った。末樹は遅れてその隣に座った。

「…覚えてた?」

「そりゃ覚えてるだろ。末樹の誕生日、覚えやすいし」

「…ありがとう」

 手元の暖かいたい焼きで暖を取りながら、末樹は嬉しそうな表情をした。

「あ、確かに、これ美味いな」

 紺はたい焼きを食べると、満足そうに唸った。

「うん、そうだね」

 末樹もたい焼きを口に運んだ。

「もうすぐ冬休みか」

「うん」

 紺の呟きに、末樹は頷いた。

「いよいよ受験本番だな」

「そうだね」

「末樹は推薦も行けたのにな」

「でもほら、折角だしさ」

「推薦のために勉強頑張るんだって、一年の時は言ってたのにな」

「ははは、そうだったね。欲深くなったもんだ」

「何言ってるんだよ」

 紺は末樹をからかうように笑った。

「目標が変わるのは、別にいいことだろ」

「うん、今はそう思えるかも」

 末樹は自信のある眼差しでそう答えた。

「そういえば糸村は、結局どこ受けるの?」

「俺は、やっぱり芸術系のところにするよ。考えたけど、やっぱり芝居とか、作品作りについてもっと学びたい」

 確固たる意志を感じる声だった。

「どうせなら、そんな環境がいいんだ」

「そっか。糸村らしいや」

 末樹は嬉しそうに笑った。目の前にいる紺は、高校を約三年間、ともに歩んできた唯一無二の友人だった。

 そのことに変わりはなかった。今までも。

「ははは」

 末樹は声を出して笑いだした。そんな末樹を、紺は怪訝な表情で見た。

「どうした?」

「いや、ははは、なんでもないんだ」

 一気に、心のどこかで張りつめていた緊張が解けていく気がした。その気の緩みから、涙が出てきた。

「え?…末樹?大丈夫?」

 紺は不安そうな表情をしていた。

「うん。大丈夫だよ」

 末樹は笑いながら涙を拭うと、紺を見てもう一度笑顔を見せた。

「やっぱ俺、お前とこうして話すの、好きなんだよな」

「……そっか」

 紺は末樹の言葉に僅かに微笑むと、その寂しそうな眼差しを隠した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る