第17話 玖馬の歩

 翌日も、玖馬は部活を休んだ。

 この日は勉強をする気にもならず、早々に学校を後にした。まっすぐ家に帰ることが少ない玖馬は、街中を歩き続けた。

 本が欲しいわけでもない、雑誌を見たいわけでもない。音楽を聴いても何も入ってこないし、洋服や靴を買いたいとも思わない。

 ゲームが得意な玖馬だったが、ゲームセンターに寄っても、いつものような楽しさを感じなかった。

 全く気分が晴れない玖馬は、ゲームセンターの外のベンチで大きなため息を吐いて頭を抱えた。

 じっとしていると、伊鶴の顔が浮かんでくる。あの無駄に整った顔で玖馬のことを睨んでくる。

 伊鶴と会ってから、來樹から連絡が来たが、返事が出来ないでいた。その内容も伊鶴は関係なく、他愛のないゲームの話だったが、文字を打ち込もうとすると伊鶴の言葉が邪魔をした。

―俺だって真剣なのに…―

 玖馬は目を閉じて唸った。

―でも、真剣ってなんだ?―

 眉間にしわを寄せ、玖馬は険しい表情をしていた。

―生半可な気持ちって…そうじゃないと思うけど…でも、なんか、覚悟っているのか?―

 迷宮入りした玖馬は、腕を組んで地面を見つめた。するとその視界に、ホットココアの缶が入ってきた。

「?」

 玖馬がぽかんとした顔で見上げると、ココアを差し出した武史が敬礼をした。

「よっ、玖馬」

「武史さん?え?」

「ちょうど通りかかってな。元気なさそうだったから、糖分足りてないかなって」

 武史はけたけたと笑った。

「まぁ、それは冗談として。玖馬ココア好きなんだろ?」

「はい。あ、ありがとうございます…」

「温まれよ」

 武史はそう言うと隣に座った。

「お前、本当は甘いのが好きなのに、いつもコーヒー飲んでたんだってな」

「!?どうしてそれを…?」

 玖馬は思わずココアを吹き出しそうになった。

「來樹がさ、まだ俺が玖馬に会う前から言ってたんだよ。末樹の後輩で、いつもコーヒー頼んでくれる子がいるって。でもいつもあんまり飲んでなくてさ、本当は苦いの苦手なのかなって、な」

 武史は得意げに言った。

「で、いつだったか全部飲んでくれたことがあるって。來樹、なんだか玖馬の成長を見ているようで嬉しかったってさ」

「……バレてたんですか」

 玖馬は恥ずかしくなって武史から目を逸らした。

「意外と店員って見てるんだからな」

 武史はにやにやと笑っていた。

「で、何かあったか?」

 武史は笑うのを止め、声色を変えた。玖馬にとって武史は先輩ではなかったが、まるで長年の付き合いがある頼れる先輩のように見えた。

「…いや、その…なんというか…」

「ははは、悪い。こういうのよくないよな」

 言葉を詰まらせる玖馬に、武史は笑いかけた。

「悪い。玖馬、お節介だったよな」

 武史はそう言うと玖馬の肩をぽんっと軽く叩いた。

「いえ、全然、そんなことないです」

 玖馬はゆっくり首を横に振った。

「俺、どうしたらそんな風になれるんですかね」

「ん?」

 玖馬の問いかけに、武史は頭に疑問符を浮かばせた。

「俺本当に頼りなくて、先輩たちに比べて、未熟すぎるというか…いつまでも成長できてない気がする」

 ぽつりと言葉をこぼした玖馬は、ココアの缶をじっと見つめていた。

「俺、やっぱり覚悟が足りないのかもしれない…」

 武史は隣にいる暗い声色と表情の玖馬の様子を伺っていた。

「自分の気持ちに自信が持てないのに、俺、他人にそれを押し付けようとしてたのかな。自分で胸を張って言えないのに、それを分かっているのに、どうしてそのことをいつまでも認められないんだろう」

 玖馬はもう一度ため息をついてうなだれた。油断したら、今にも涙がこぼれそうだった。

「なんだよ、玖馬、そんな急ぐなって」

 そこに、武史が口を開いた。

「お前、まだ高2だろ?そんなに急いで理想の自分になろうとしたって、絶対どこかで取りこぼすだろ」

「え…?」

 玖馬は今にも泣きそうな顔を上げて武史を見た。

「自分でそう言うなら、お前は確かに未熟なんだろうけど、それは駄目なことなのか?今、未熟なのは当たり前のことじゃないか?」

「当たり前…?」

「ああ。俺だってまだ偉そうなこと言えない若輩者だけどさ、それでも俺なりに、玖馬の歳くらいの時よりは成長してるよ。別に、そうしたくてそうなったわけじゃなくてさ、色々考えて、悩んで、それでも自分であることを諦めなかったら、いつの間にか、考え方とか、色々変わってさ、まだ理想の自分ではないんだけど、少しずつ近づいてるし、理想像も固まってきてるなって思うよ」

 武史は玖馬を諭すような優しい目をしていた。

「そういう意味だと、むしろ玖馬は、俺よりしっかりしてるな」

「俺が?」

「そうだよ。俺が高2の時なんて、ほんとロクでもなかったよ」

 武史は苦笑いをして見せた。

「玖馬はさ、ほんと立派だと思うよ」

「そ、そんなことは…ないと思う」

「いやー、玖馬が何と思おうと、俺は玖馬を褒めたいね」

「…なんか、照れるっす…」

 玖馬は恥ずかしそうにはにかんだ。

「あんま褒められることってないから、変な感じっすね」

「そうなのか?俺も來樹も、玖馬のこと凄いなーーって思ってるけどな」

「…え?來樹さんも?」

「もちろん。來樹は玖馬が部活も頑張ってるし、コーヒーも克服したこと知ってるからな」

「…そう、ですか」

 玖馬の表情が微かに綻んだことに武史は気付いた。そして釣られるように暖かい眼差しで玖馬を見た。そして少し考えるそぶりを見せると、すぐににかッと笑った。

「玖馬はあんまり深く考えすぎなくていいと思うよ。お前が思っているより、お前は頼もしいし、しっかりしてるよ。それにこれからまだまだ成長するんだろ、周りを見すぎて焦るなよ。みんなそれぞれ悩みや抱えてるものがあるもんだし。みんな弱いところは隠しちゃうから、見えないだけで、…お前だけじゃないから」

「武史さん…ありがとうございます。…俺、ちょっとらしくなかったかもしれないっす」

「まぁ悩むこと自体は無駄じゃないからさ。ただ、抱え込みすぎて潰れるのだけはやめてくれよ。その前に俺が話聞いてやるからさ」

「ありがとうございます。へへ、頼もしいっス…!」

「…ところで、來樹からの連絡返事してないんだろ?」

「へっ!?」

「いつもはすぐ返事くれるのに、どうしたんだろうって、來樹が心配してたぞ」

「そ、そそそんな」

 玖馬は慌ててスマートフォンを取り出した。

「俺こう見えてゲーム苦手だからさ、來樹の相手してやってくれよ」

 武史はそう言うと、玖馬の肩を支えにして立ち上がった。

「じゃ、俺行くな」

「えっ?武史さん…!」

 立ち去ろうとする武史を、玖馬は慌てて呼び止め、勢いよく立ち上がった。

「あの、ココア、ありがとうございました!」

 そしてそのまま素早く深々とお議事をした。

「温まったか?」

「はい!」

 武史は元気な玖馬の返事を聞くと、満足そうに笑ってその場を後にした。玖馬は、武史の背中が見えなくなると、スマートフォンに目を落とした。來樹から、ゲームの誘いが入っている。

 玖馬は、スマートフォンをぎゅっと握り直し、文字を打ち込み送信した。

―俺の気持ちは俺が一番よく分かってるんだ。それだけでも、凄いことじゃないか―

 玖馬は大きく深呼吸した。久しぶりに、自然と笑みが浮かんできた。

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