第12話 憩いの時間

 金曜日。末樹は自習をほどほどで終え、素早く身支度をした。最近の周囲の慌ただしさに気疲れをしてきた末樹は、少し息抜きがしたかった。

 学校を出て向かった先は、末樹が特に思い悩むこともなく気軽に他愛もない会話ができる人物がいるところだった。末樹は駅に向かい、ポップな外観をしている店の中に入っていった。

「いらっしゃい!」

 人気の少ない店内に、威勢の良い声が響いた。

「なんだ末樹じゃないか!」

 カウンターの向こうで暇そうにしていた武史は、嬉しそうに身を乗り出した。

「武史さんこんにちは」

 末樹は挨拶をすると店内を見回した。客は末樹以外に見当たらなかった。

「寒くなって来ただろ。平日のこの時間はこんな感じだよ」

 武史はにかっと笑った。

「そうなんですか。…あ、シングルでバニラください」

「お、買ってくれるのか?」

「勿論ですよ」

「そうだな、受験生には糖分が必要だな。…よし!」

 武史は腕を捲った。

「サービス。ダブルにしてやる!俺のおごりだ」

「いいんですか?」

「ああ。末樹はいつも頑張ってるもんな。俺にも応援させてくれ」

 武史はニコニコと笑っていた。

「ありがとうございます」

 末樹は小さくお辞儀をした。

「本当はトリプルにしてやりたいが、ちょっと寒いからな」

「ははは。そうですね。あ、折角なのでもう一つはチョコで!」

 末樹はアイスをすくい出した武史にそう伝えた。

「はいよ!」

 武史は豪快な返事をすると、通常より多めにアイスクリームを盛ってくれた。末樹はアイスクリームを受け取り、ニコニコしている武史に笑顔を返した。

「ゆっくりしてけよ」

「ありがとうございます」

「俺の話し相手になってくれよ」

「武史さん、仕事は?」

「暇なんだよー」

 武史はレジカウンターに崩れるようにして寄り掛かった。

「はははは」

 末樹は椅子に座り、アイスクリームを口にした。口の中がすっきりして、頭が冴えてくるようだった。

「なぁ最近学校はどうなんだよ」

 武史は興味津々に聞いてきた。

「…普通ですよ?」

 末樹の一瞬の沈黙に、武史は目を光らせた。

「ふふん。色々あるんだな」

「えっ?」

「まぁいいじゃないか」

 武史は得意げに笑った。末樹のことを微笑ましく思っているようだ。

「…まぁありますよね…」

 末樹はスプーンをくわえて言った。

「…俺、一番仲が良い友達のこと何も知らなかったんです」

 落ち込んだ声色の末樹に、武史は組んでいた腕をほどいた。

「仲が良い友達だからって何もかも知っていられるとは思ってないですけど、なんか、俺はそこまで心を開く相手じゃないのかなーって、思っちゃって」

 末樹は遠くを見た。

「いいんですよ、別に…。でも、俺にとっては気心知れた大事な友達だから、我儘なんですけど…寂しくて」

 末樹は弱々しく笑った。

「なんだよ、そんなこと考えるな」

 武史は優しく諭すように言った。

「友達なんて、厄介な関係だろ。末樹が今そう思ってるのだって、180度違うかもしれないだろ」

「え?」

「気心知れた大事な関係だからこそ、言えないこともあるだろ」

「…?」

「全てを話すことが親友ってわけでもないし」

 武史はにやっと笑った。

「それにお前らくらいの時は、本当の気持ちってものを隠しがちだからな」

「…なんですかそれ」

 末樹は溶けかけてきたアイスクリームを食べることも忘れ、武史の言葉に真剣に耳を傾けていた。

「まぁ、習うより慣れろ、だ。きっと分かるって」

「はぁ…?」

 末樹の納得しきれていない表情に、武史は頬を緩ませた。

「あ、そういえば武史さんって、伊鶴さんのこと知ってますか?」

 末樹は穏やかな表情をして和んでいる武史に違う話題を振った。

「伊鶴さん?…あー、水藤さんのこと?」

「はい」

「うん。知ってるよ。來樹の先輩だしな。俺はあんまり親しくはないけど」

 武史はガラスケースの上で頬杖をついた。

「最近兄貴とよく会ってるって」

「あー、そうだな。なんか話題にはよく出るな」

「やっぱりそうなんだ」

 末樹が一人で納得していると、武史は店の外に視線を移した。すると扉が開き、店内に一人入ってきた。

「いらっしゃい」

「あれ?」

 武史が嬉しそうに迎え入れた相手は、店内で座っている末樹と目が合うと固まった。

「糸村…」

 末樹はぽかんとした顔をしている紺に向かって呟いた。店に入ってきた紺はしばらく末樹を見ると、笑顔で迎えてくれている武史に視線を移した。

「今日はどうした?」

 武史は末樹と話すときと同じくらい親しげに言った。

「武史さん…。今日も食べに来ました」

 紺もまた武史に親しそうな声色で返事をした。末樹は二人の様子を見て違和感を覚えた。紺は確かに末樹ともこの店によく来ていたが、いつの間にこんなに親しくなっていたのだろうか。

 末樹は大人しく二人の様子を見守ることにした。

「なんだ、今日も買ってくれるのか」

 武史はリラックスした笑顔を見せている。

「当たり前じゃないですか」

 紺もまた、リラックスした表情だ。

「何にする?今日もまた紅茶のやつか?」

「そうですね…たまには違うのも…武史さんは何が好きですか?」

「俺は特に好きなのがコレだな」

「へぇー。スイートポテト…なんか意外ですね」

「そうか?むしろそのまんまじゃないか?」

 二人の朗らかな雰囲気に飲まれながら、末樹は残っていたアイスクリームを全て食べた。

「末樹にもサービスしたし、糸村君にもサービスするよ」

 武史がそう言うと、紺はちらっと末樹の方を見た。末樹はその視線を逃さなかったが、すぐに逸らされた。

「ありがとうございます。武史さん」

 紺は武史にお礼を言うと、末樹の隣のテーブルに鞄を置き、椅子を引いた。

「糸村さ」

 末樹はすかさず声をかけた。

「なんだ?」

 紺は座りながら返事をした。

「ここよく来るの?」

「…来るよ」

「そうなんだ。知らなかったな」

「…俺、アイス好きだし」

 紺は末樹の疑いに満ちた視線をかわすように答えた。

「ふーん」

「なんだよ」

 末樹は紺のことをからかうような表情で見た。紺はそれを鬱陶しそうにしながらアイスクリームを食べ始めた。

「…………」

 そんな二人を、武史は温かく見守るように見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る