①-2

 安倉はホテルの外に出ると、一直線に例の事件現場へと向かった。

 雑多な繁華街を一本入るだけで、うらびれた静かな路地裏に出る。

 少しだけ、赤い血が残っている気がした。

 それを眺めてから、義堂が飛び降りたことになっているビルを見上げた。

「犯人は、必ず現場に戻ってくる」

 その後ろで、低い錆のような声が聞こえた。安倉は見上げたまま、応えた。

「俺じゃない」

「何のことを言っているかは、わかるわけだ」

「馬鹿じゃないからな。あの日から、どうして俺が睨まれたのか、考えただけだ」

「どうだか」

 刑事・犬飼は吐き捨てると、安倉の脇にブローを入れようとした。それを掌で受け止め、反対に締め上げる。

「おおっ⁉」

 反撃を想像していなかったのか、いとも容易く絡み取られた犬飼が安倉を睨み上げた。

「貴様、何をする」

「悪いが、事情が変わったんでな」

 それだけ言って、犬飼の鳩尾に一発、悶絶するところで首を絞めて、落とした。

「さて、と……」

 呟きながら犬飼を肩に担ぎ、ビルに入ってく。

 屋上につくと、犬飼を放り投げた。犬飼が呻き声を上げて目を覚ます。

 安倉が黙って見下ろしていると、やっと状況を把握したのか、睨み上げながら言葉を吐いた。

「貴様、何をしたのかわかっているのか。公務執行――」

 立場を理解させるため、一気に距離を詰めて前蹴りで顎を弾き飛ばす。

「ぐおっ」

 歯を数本折ったようで、口から血を噴き出させる。

「俺がわかってないとでも思うのか」

 犬飼が、猟犬のように目を光らせ、歯を剥く。安倉は大きく息を吐いて、対峙した。

 じっと、低い姿勢でこちらの動きを観察している。

 一瞬、悪意を引き出せたかに思ったが、既に初対面の時と同様、空虚な感情がそこにある。どうやってこの思いをコントロールしているのだろう。安倉は正直そちらに興味を惹かれながら、犬飼の動きを待った。

 状況は、完全に安倉に有利だ。

 出口を背にして、負傷もしていない。気を失っている間に、何かされたのではないか、という心理的負担も犬飼にはある。有利な場合は動かないのが、戦術的な原則だった。

「俺に、何をさせたい」

 安倉は思わず、ほう、と声を出した。この刑事は、やはり優秀なようだ。少ない手がかりから安倉にまで来たことがまずその証左だが、状況から安倉が求めていることを類推したらしい。

「お前を、仲間にしたい」

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