②-2

「まずは、私の同窓生と、この子の同窓生を、調べてほしいの」

 義堂はそうミッションを安倉に与えて、別れを告げた。

「何を」

「貴方が感じることでいいわ。貴方は、他人の思いを投影することができる。そうでしょう?」

「俺が感じるのは、敵意だけだ。それを、相手に返しているに過ぎない」

「だったら、その敵意を感じてきて。種類は大別できるわよね?」

「できんこともないが……何が知りたいんだ?」

「人は皆、他人へ少なからず敵意や悪意を持つものよ。だって、生きていくのに他者なんて基本邪魔なんだから。仕方なく、共生しなくちゃいけないことはあるかもしれないけど」

 その極端な理論にも、安倉はひっかかりを感じなかった。それは、生きてきた安倉自身が、よく知っているからだ。

「その敵意すら持ちようのない存在になるのが、私の最終の目的。その前に、超えなければならないことがある」

「何だ」

「自分、己への敵意を持つ人よ。自分が嫌いな人間の目を、どうやって私に向けるか。そして、その人間を如何にして救うか。それこそが、私が神になる過程で、最も大切なことだと思うの」

 確かに、他人へ敵意を持っている人間を懐柔するのは、簡単だ。その敵意に同調してやればいい。

 だが、自分を嫌いという人間を好きにならせるのは、難しい。

 義堂は、宗教の役割を、自己否定から自己肯定へと持っていくことだと思っているのかもしれない。

 安倉はようやく理解して、一葉の写真を受け取った。

「これは、誰だ」

「多賀翼ちゃん。綺麗でしょう? でも、彼女は他人に何も求めないの。ただ、他人から求められたがっている」

 首を傾げる。

「私、彼女になろうと思って」

 話ががんがん飛躍していく。ついていくのもやっとだが、こめかみを押さえ、理解しようと努めた。

「お前は、神になるんだろう?」

「そうよ。でも神って、一度死ななきゃ、やっぱりなれないのよ」

 当然のように言う。

「死んだら、お前はどうするんだ?」

「だから、この子になろうと思って。私は、多賀翼として、生きていく」

「じゃあ、こいつは」

「悪いけど、そういうことになるわね」

 す、と冷静になる自分がいた。こいつはやはり、自分と同じ側の人間だ、と本能が囁く。他人の命を、なんとも思っていない。

「オーケーだ」

 写真を仕舞って、安倉は視線を合わさずに答えた。今視線を合わせたら、自分の眼の中に浮かんだ思いを読み取られてしまいそうだったから。

 だがそんな安倉の思惑を余所に、義堂は目の前に出てきて、にっこりと笑う。

「貴方が手伝う、って言ってくれてよかった。やっぱりね、人間を従わせるのに、正だけじゃあ足りないのよ。負がないと。そしてその根源的なものに、暴力がある。それは、ちょっと私には難しい。だから、貴方がいてくれて、本当に良かった」

 思わず、舌打ちをしてしまう。そんな自己中心的な利益の話でも、悪く思えないどころか、好意を持ってしまう自分がいるのだ。誰もがこれほどあけっぴろげならば、自分は悩まないだろう。

 だがこれも、他人の期待を表現できる、という義堂の、ただ安倉の期待に応えただけの嘘かもしれない。

 それでも、自分がやりたいようにやれるのなら、それでもいいか、と結論付けた。

「報告は、いつにする」

「二週間後、同じ時間、同じ場所で」

 口の端を歪めると、安倉は歩き始めた。もう振り返ることも、義堂が前に出てくることもなかった。

 まるで何事もなかったかのように、ふたりは夜の闇に別れた。

 残された闇の中で、街灯が息をするように、点いたり、消えたりしていた。

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