①-2

「俺は、何者でもない」

 少女が、驚いたように目を丸くする。そして、好奇心に目を輝かせて、一歩身を寄せてきた。ふわり、と嗅いだことのない香りが、男まで流れてくる。

「じゃあ、この暴力は?」

「こいつら自身を、投影しているだけだ。負の願望は、それをそのまま自分に返してやると消えていく。殴りたいやつは、殴られたい。犯したいやつは、犯されたい。俺は、それを叶えてやっている」

「あなたは、本当は何をしたいの?」

「……」

 ずけずけと踏み込んでくる少女に、男は辟易する。だが同時に、何かを期待してしまう自分がいた。

「……正の願いに満ちた、本当の、世界を見たい」

 顔を背けながら、応えた。少女はついに笑いを堪えられなくなり、下から男の顔の至近距離に近づく。

「私が、見せてあげる」

「何?」

「見せてあげるわ、〝真実〟の世界を。だから、その代わり、負の願いを、私の代わりに叶えていって」

 男は、眉根を寄せる。

「私が叶えるのは、正の願い。あなたは、負の願い。この世は、等価交換。そうでしょ?」

「……その通りだ」

 男は、この少女が、自分と同じ考えを持っていることを知る。自分が言葉にできなかったものを、この少女なら形にできると、理解した。

「もう少し、話を聞かせろ」

 血塗れの手を、男は差し出していた。

 少女も、まったく躊躇うことなく、その小さな手で、男の大きな手を握る。

「喜んで」

「安倉護だ」

「義堂真実よ」

 これが、ふたりの出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る