③-1


     3


「知ってる」

「えっ」

 義堂からそう告げられ、真意を確かめたかったが、それがなることはなく、無情に多賀の体は後ろに引っ張られていく。

 自分から身を投げ出したのだから無情も何もないが、我が儘を言うならもうひと言だけ、言葉を交わしたかった。

 しかし、もうその相手は眼前にいない。匂いだけが、そこにある。

 多賀の視界は暗く広がる空に向けられていた。

 重たい雲が闇を覆っている。

 どこから、どこまで知っていたのだろう。それとも先ほどの言葉は、ただの負け惜しみか。

 脳が、熱を上げて回転しているのがわかる。上に流れていく景色のスピードが、ゆっくりになる。

 多賀を選んだ理由。多賀と、束の間の友人ごっこを楽しんだ理由。多賀が、義堂を騙そうとした理由。

 全てを知った上で、それでも義堂は全てを呑み込んだのか。

 多賀の生を生きることになる、そんなことは当たり前に承知の上だっただろう。だが、その上に多賀の遺志が載った。それだけで、大きく意味は変わる。

 変わらないのか。

 彼女が強く自分を持ち続ける限り、多賀の呪いは届かないのだろうか。

 いや、これは、一生を懸けての、多賀と義堂の戦いなのだ。

 しかも、多賀は決して折れることがない。義堂は多賀の幽霊と、戦い続けなければならないのだ。

 それはやはり、多賀の嘘に取り憑かれている、〝嘘憑き〟に違いないのではないか。

 薄っすらと、多賀の顔に笑みが浮かんだ。

 知っている方が、もっといい。

 一生、彼女は多賀を忘れない。密かに憑いているより、ずっといい。

 他人に思われている限り、人は生きていく。完全に死ぬときは、誰からも忘れ去られたときだ。

 その時、はたと思い至る。待てよ。だから彼女は、自分を殺したのか。永遠に死なないために、神となるために。

 所詮、この世で多賀として生きることなど、それ以上の価値は無い、と。死後も生き続けるその名こそ、意味があるのではないか、と。

 だから、多賀の生を生きることなど、彼女にとっては何てこと無いことなのか。

 ならば、多賀は義堂に生きてもらえ、義堂は神となり、この死は誰も悲しまない、win-winの関係なのだろうか。

 自分の死を、唯一悲しんでくれる人物。

 母の姿が一瞬思い浮かび、有り得ない、とかき消したところで若い男の大柄な背中が浮かび上がった。

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