①-4

「これから、一千万を持ってこさせます。それで、手切れ金にして頂けますか?」

「いっせ……! ……ま、待ちなよ、そんなはした金じゃ――」

「これ以上は検討の余地はありません。翼さんを連れて行きます。追ってこなければ、それを了承と見做し交換しましょう。止めれば、お金も差し上げませんが、翼さんは連れて行きます。そもそも彼女の未来は彼女の自由。あなたが縛ることなどできない、自由なものです。それを、二度と連絡を取らないように、契約とここまで翼さんを育てたことへの小さな感謝で、お金を払おうと言っているのです。勘違いなさらないよう」

 一気に言い切ると、多賀の手を取り、義堂は玄関へと向かって行った。

「あっ、ちょっと――」

 声は後ろから追ってきたが、足音は聴こえなかった。

 そのまま、ふたりは外へ出る。

 温かい日射しが、二人に降り注いだ。

「あーすっきりした!」

 義堂が猫のように伸びをし、晴れ晴れとした表情で腕を広げた。

「ぎ、義堂さん?」

「何? それより、真実、でしょう?」

 心配事などない、というような笑顔で多賀を見てくる。多賀は自分が間違っているのかと戸惑いながら、それでも聞くべきことを訊いた。

「私、どうなっちゃったの? あなたは私を、どうしたいの?」

「言ったでしょう? 貴女と私は、一心同体。だから、貴女はこんなところに縛られている場合じゃない。貴女のくびきを取ったのよ」

 当然のように言って、義堂は多賀の住んでいたアパートを出た。まったく振り返ることなく進んでいく。

「あの……さっきのお金の話は?」

 母親が追ってくる様子はない。一千万を、まだかまだかと首を長くして待っているのだろう。

「馬鹿よね、たった一千万で貴女を売るなんて」

 だが義堂は、多賀が想像していたこととは違う論点で話し始める。

「あんな人のところにいなくて良かったわ。だって、普通に死亡保険に入ってたり、交通事故で相手が死んでしまった時に支払わされる賠償金の額、知ってる? 二千から三千万よ? それに加えて貴女の将来を考えたら、一億払ってもお釣りがくる、というかお金で換算できないはずなのに――」

「ちょ、ちょっと待って。それより、本当に渡すの?」

「ええ、安倉が持ってくるわ」

 何の躊躇いもなく頷いてから、薄っすらと笑う。

「まあ、ただで渡すわけないけどね」

「え?」

「だって、ああいう手合いは、絶対味を占めて、すぐ使い切ってまた脅迫してくるのよ? わかってる。そんなの、太古の昔からそうなんだから。それなら、そんなことは無駄だ、って体に刻み込ませなきゃじゃない?」

 楽しそうに言う姿に、慄然とする。この子は、普通じゃない。人の価値を考えていることも、人を信じていないことも。でも、その普通じゃなさに、救われたのだ。

 太陽を燦々と浴びる義堂が眩しく、目を細めながら眺めた。

 いとも簡単に、多賀を長年苦しめた母親から解放してくれた。ずっと母親に愛されたかったことへの、悲しみはある。それでも、それ以上に、これから彼女に愛してもらえることに、希望を抱いた。

 ――私はこの子となら、どこまでも飛んでいける

 自らの名前通りのものが背中に生えたのを感じ、多賀はリズム良く足を踏み出した。


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