③-3

「壊す?」

 信藤の疑問符に反応せず、北上は大きく息を吐いた。

「その瞬間、部屋の温度が急激に下がったように感じられたよ。そして、それを機に僕は彼女と深く関わらないように決めた。そうすると、彼女は勉強熱心の、少し好意を持って接してくれる生徒に戻った」

 北上の話は、以上のようだった。誰にも言えなかったことを曝け出して、当人は肩の荷が下りたように力を抜いている。

 信藤と多賀は顔を見合わせて頷き合うと、北上を置いて立ち上がった。

「もう、いいのかい?」

 多賀が、蔑んだ目で見下ろして、吐き捨てる。

「あんたの自己満足にこれ以上付き合わされるのは、御免なの」

「僕の話を、信じてないのか?」

「少なくとも、僕達の知っている義堂じゃないことは、確かなので」

 信藤も言い放つと、席を去ろうと歩を踏み出した。その背に、北上の言葉が降りかかる。

「君たちは、自分が信じたいことだけを見ているだけじゃないのか? 君は、義堂真実という女性の本当の姿を描きたいんじゃないのか? 少なくとも、これが僕の中に存在する本物の義堂だ。それを無視して――」

「もう黙れ」

 多賀が、北上の頬を片手で挟み、握り潰した。北上は、怯えて何度も首を上下に振る。

 信藤は、振り返ることなく店を出た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る