③-1


「君たちの気持ちはわかるけど、どうかなあ」

 ふたりを連れてカフェに入った塾講師北上晴人は、人の良さそうな顔に黒縁眼鏡の上の眉をハの字に下げ、もじゃもじゃの髪をかき上げるとそう言った。

「どうしても、義堂のことが書きたいんです。ご協力頂けませんか」

「そういうの、ほら、会社的に保守義務とかでコンプライアンスとか、義堂君のプライバシーにも関わるしねえ。僕個人としては、力になってあげたいけど……」

「大丈夫です。義堂さんのご両親からは許可を頂いています」

 堂々と嘘をついて、信藤は北上に畳み掛ける。

「そもそも、こんな時間まで高校生が外でうろつくのも、どうかと思うんだよね」

「大丈夫です。僕の父は警察官ですし、多賀さんとは先ほどお会いしたばかりなので」

 それで何が大丈夫なのか、という話だが、言い切られると人は弱い。しかも、この北上という講師は押しに弱い人物らしい。

「うーん、それなら……」

 ぶつぶつ言いながらも頷き、顔を上げた。

「わかった。じゃあ、一体僕に何が訊きたいんだい」

 北上の眼は、真摯だった。彼女の本当の人柄に触れたなら、彼女のことを喋るとき、こうなるに違いない、という表情だ。その眼を見て、信藤はやっと、義堂に関してまともな情報を得られるかもしれない、と期待した。思わず、前のめりになる。

「あなたの、義堂の一番印象的な思い出を聞かせてください。彼女は、どんな子でしたか」

 北上は一度頷き、額に手を当てながら、話し始めた。

「そうだね……。とても、熱心な子だったと認識してるよ。授業以外にも、希望する生徒には特別な課題プリントをあげたりしているんだけど、彼女はいつもそれをもらいに来てた。塾で、進学クラスだからうるさい生徒なんていないんだけど、一番前で真剣に授業を聞いてね。とにかく、一生懸命だった」

「違うでしょ。先生のとこに行ったりしてたでしょ、真実」

 当たり障りの無いことを少し懐かしそうに話していた北上に、多賀がいきなりぶっこんで、北上は思わずむせ返った。

「な、なんでそれを……!」

「真実から聞いたからに決まってんじゃん。何、一生徒があんたに惚れて構ってほしくて来たとか勘違いしてた? 残念でした、真実は単純にあんたの好意を信用して行ってたの」

「どういうことだ?」

 置いてけぼりにされた信藤が多賀に問い質す。多賀は打ちひしがれる北上を見下ろしながら説明した。

「真実は天然の人誑しだって言ったでしょ? そういうこと。真実は、単純に勉強がしたかった。でも多分、家にそんなにお金がない。そこで、好意にみせた下心満々のこいつが、空いてる時間で勉強見てやる、って真実を誘ったわけ」

 なるほど、ありそうな話だ、と信藤は思った。大人なら、あの神聖な義堂を、勘違いして手が出せる、と思いそうなものだ。

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