もっと味わいたいもの

 盆祭りもいよいよ二日目の今日、もう後一、二時間もすれば楽しげな祭囃子と人々の声で賑わい始める祭り会場の一角で、俺はモゾモゾと準備をしていた。


「んーしょっ、と。ふぅー」


 これで準備よしっと。にしてもこうして見るとなかなかやっぱり様になってるじゃあないか。


「これならきっと商売繁盛間違いなし!だな!」


 そう言って無い胸を貼る俺の視線の先には、サイズや高さは同じにも関わらず周囲の店とはデザインも雰囲気も一味違う、立派な屋台が立っていた。


「さて、念には念を、もう一回最終確認と行こうかな」


 この日の為に仕入れ、場所取り、色々頑張って来たんだ!


 そう、今回のお祭りの二日目、俺はとうとうお店側として参加する事となっていた。ちなみに何の屋台かというと、令和ではさして珍しくも無かったクレープ屋である。

 だが1972年となる今日、まだ日本にはクレープは無く、一日だけとはいえ事実上俺がこの国初めてのクレープの販売を飾る事となった。

 ちなみに歴史上だと1977年にならないと日本にクレープは上陸してこない。


 お祭りだし、一日だけだし、そこまで大きな影響はないと思うし、多分大丈夫だよね!

 でも本当に色々……特に父様の説得が大変だったなぁ……

 千代にはまだ早い、女がやる事じゃないって怒られたけど、コネとか全力で使って果物の仕入れとか計画書用意したら流石に許して貰えたし良しとするか。


「儲けを得られると分かれば嫌々ながらも乗ってくれるなんて……ふふっ。父様も商人だなぁ……まぁ、父様の監督監視って条件つけられちゃってるけど」


 それでもやっぱり出店とはいえ、夢への一歩は踏み出せたんだ!


「やるぞー!おー!」


 こうして、俺の初めてのお店営業は始まったのだった。

 そして……


 ーーーーーーーーーーーー


「おねーちゃん僕にチョコ一つ!」


「お嬢ちゃんこっちイチゴ二つ!」


「おかーさん!わたしあれほしい!ばなな!」


「はーい!毎度ありがとうございまーす!」


 お客さんやべぇ!売上もやべぇ!でも休めねぇ!需要に対して供給がギリギリ追いつかねぇ!でもとりあえずまだ冷蔵庫のストックがあるから波が切れたタイミングで……


「お!繁盛してるねぇ千代ちゃん!」


「あ!果物屋のおじちゃんいらっしゃい!お陰様で大繁盛です!」


「そりゃぁよかった!そいじゃ千代ちゃん、そいつを十個くれや!チョコとイチゴ五個ずつ!」


「じゅっ!?」


 えっ、ちょっ、じゅっ、十個!?


「いやー、都会から遊びに来てる姪達にせがまれてなぁ」


「な、なるほどぉー……」


 わぁーい需要と供給が破綻したぞー!嬉しいけど本格的に作るのが追いつかなくなったぞ!やべぇ!


「とっ、とりあえず十個用意しますね!まいどー!」


 屋台が開き始めて三十分後、夕暮れ時というまだ日が暮れた後の祭りの本番でもないのに関わらず、俺は有り得ない程の人々に囲まれた屋台の中で忙しく立ち回って居た。


 やべぇけど……楽しい!ふふふ……いいぞ……そうだ来い、もっと来い……もっと俺をヒーヒー言わせてみろー!


「さーいらっしゃいいらっしゃい!そこゆく綺麗なおねーさん、綿菓子持った可愛いおじょーちゃん必見!今日限定、美味しい美味しい可愛くてあまーいお菓子だよ!」


 次々と来るお客さんに俺は額に汗を浮かべ、たすき掛けでおさえた普段使いの浴衣の袖から伸びる細い腕を常に動かし続けながら、笑顔でそう元気よく声を張り上げて言うのだった。

 祭りはまだ始まったばかりだ。

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