甘くない味

 まだ日も暮れるには早い時間帯、いつもなら母さんが夕食の準備をし始める頃に俺はあまり仲のいいとは言えないアイツの男友達と一緒に……


『わっ、叶奈ちゃんのおっきい……ってかもうブラしてるのか』


『水色可愛いー!というかもしかしてまた大きくなった?なってるよね?』


『ふ、二人共、そんなに見られると流石に恥ずかしいぞ!』


「……」


「……」


「……伊部さん、大きいのか。そして水色なんだ」


「……ちょっと、いやかなり意外だったな。水色は納得出来るが」


 風呂屋へと来ていたのであった。


「コホン。んで、思わぬ情報に固まっちまったが、まさか脱衣場の使い方も分からんとは。本当に初めてなんだな」


「いつもは家でお風呂に入ってるからね。それに前に住んでた所は街でそんな場所なかったし、本当田舎は色んな物があって面白いね!」


「正直、脱衣場一つでそこまでテンション上げられるお前に驚きだよ。ほら、さっさと服脱いで入るぞ」


 いつまでも素っ裸でこんな所に居て風邪ひいちまったら千代の事言えねぇからな。


「あ!桜ヶ崎君ちょっと待ってくれたまえよ!」


 なんだくれたまえよって。ったく、俺はやっぱこいつ苦手だ。


「済まない待たせたね。っておぉー!湯船が広い!」


「いつもはもう少し遅い時間に来るから人も多いんだけど、流石に早く来たからか人も居なかったな」


「つまり貸切って事!?」


「まぁ、間違いでは無いな」


「やっほーい!」


「コラコラコラ、湯に入る前に体を洗え」


『ダメだよ叶奈ちゃん、お風呂入る前にちゃんと体洗わなきゃ』


『はーい』


 なんだかあっちも同じ感じみたいだな。


「桜ヶ崎君!背中の洗いっこやろう!」


「はぁ……仕方ねぇなぁ」


 隣の女湯から聞こえてくる声に苦笑いを浮かべつつ、興奮の余りその女湯からの声にすら気付かない神井の頼みを、仕方ないと俺は思いつつやってやるのだった。


 ーーーーーーーーーー


「はぁー、いい湯だった」


 家の風呂も良いもんだけど、たまにはこっちの広い風呂も良いもんだ。


「ふぅー、いい湯だった」


「「あ」」


「よ、よぉ千代。早かったな」


「うん、礼二とかおじさんはもう知ってるだろうけど私すぐのぼせちゃうからね。長湯は出来ないよ」


「あ、あぁ。そういやそうだったな」


 いけないいけない、なんかいつにも増して千代に気を取られてる気がするとはいえ、そんな知ってて当然の事忘れるなんて気が緩みすぎだ。


「千代ちゃんは今まで何回もウチでのぼせてるからな。ほれ、いつものフルーツ牛乳だ」


「わーい♪おじちゃんありがと〜♪」


「ほれ、礼二もこれだろ?今日は新しいお客さん連れてきてくれたしな、二人にくれてやるよ」


「あ、ありがとうございます」


 ニッと笑顔を浮かべ、千代に続いて風呂屋のおじさんが渡してきたコーヒー牛乳を受け取ると、俺は千代に手を引っ張られ傍の椅子に並んで座らせられる。


「お、おい千代……」


「せっかくお風呂上がりでスッキリしたんだから、突っ立って汗かくよりも扇風機の前で涼みながら飲もうよ。ね?」


「い、いや、そうじゃなくてだな……」


「?」


「……なんでもない」


「そっかぁー。んくっ」


 そんなに軽々しく手を繋いだら勘違いされる、なんて言ってもこいつにはわかんないだろうからな。にしても風呂上がりの千代なんて見慣れてる筈なのに……ったく。


「もっと甘くてもいいのによ」


「え、なに?礼二コーヒー牛乳苦手なの?てっきり好きなもんかと……」


「そうじゃねぇよ……ったく、ほらそろそろ上がって来たみたいだぞ」


「ん、そうみたいだね」


 チラッと俺が暖簾に目線をやりながらそう言うと、千代はこういう事だけ察しよく気付いたらしく、半分ヤケで飲み干したコーヒー牛乳の瓶を回収しつつ立ち上がる。

 そして叶奈ちゃんや綺月ちゃんを出迎える千代の後ろ姿を見つつ、俺は苦笑いを浮かべつつまだ口の中に残る苦さを味わうのだった。

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