手加減と優しさ

 パチン!


「王手!」


「ぐぬぬぬぬ……参りました」


「やったー!私の勝ちー!」


 とうとう……とうとうおじいちゃんに勝てたぞー!


 パチンといういい響きの音と共に俺の発したその言葉を聞き、渋い顔になったおじいちゃんは少し唸った後頭を下げ、初めてその言葉を口にしたのだった。

 そんなチリリンと風鈴の涼し気な音色がなり始めた日の午前、おじいちゃんから初めて将棋で勝ちをもぎ取った俺は両手でバンザイして喜ぶ。


「いやー千代も強くなったもんだ。もうワシは千代に勝てないかもなぁ」


「うぇへへへへ、私だっていつまでも負けっぱなしじゃないんだよー?」


 最初におじいちゃんと将棋をしてから苦節三年、負けに負けに負け続けて負けず嫌いな千保お姉ちゃんですら諦めたの相手をよ〜〜〜〜〜〜〜うやく倒せたんだから!


「NKT……」


 長く苦しい戦いだった……


「えぬけーてぃー?」


「な、なんでもないよー。にしてもおじいちゃん、私だけじゃなくてお姉ちゃん達にもだけど孫相手にまっったく容赦無かったねー」


 時々貴方から怒られたり拳骨入れられたりしたのに、こんなに懐いてる可愛い孫娘相手に本当に容赦無かったからなぁこの人。


「そんな事ないぞ?ちゃーんと最初の二、三回は軽く相手をしておったわ。それにずっと手を抜いて相手をするだなんて、相手に失礼だろう?」


「あー……わかる、わかる、けど、うーん……」


 市場のおじちゃん達の相手して分かったけど、おじいちゃん普通に強い部類に入るのにそんな人が手加減なしかぁ……


「きちくぅー」


「千代にそんな事言われたらおじいちゃん傷付くなぁ」


「うっ……でもおじいちゃん強いのに流石に酷いよー」


 ちょっと悲しそうなおじいちゃんを見て、そう言いながら自然な流れで胡座をかいているおじいちゃんの足の上に乗った俺は、ぷくーっと頬を膨らませる。


「はっはっはっ。でも手を抜いて貰って勝てたのに、それで調子に乗って外で恥をかくよりいいだろう?」


「うっ……確かに」


「まぁ、どうやら今ワシに乗ってる奴はワシに勝とうと市の奴らに勝負を挑んでたらしいがな」


「うぐっ」


 やっぱりというかなんというか、バレテータカー。


「向上心はいい事だが、迷惑はかけるんじゃないぞー?」


「はーい。所でおじいちゃん」


「なんだい千代」


「今日はおじいちゃんのお誕生日なの覚えてた?」


「む?おぉ!そうか、そうだったな!今日はワシの誕生日じゃないか!いやー、かんっぜんに忘れとったわい!」


 そう、今日はおじいちゃんの誕生日なのだ。だが……


 やぁーっぱり忘れてたよこの人……なんでうちの保護者の面々は自分の誕生日に無頓着なのかなぁ……まぁいいや、とりあえず。


「ごめんねおじいちゃん、今年もお姉ちゃん達とお祝い用意するつもりだったんだけど、お姉ちゃん達が忙しくて私一人じゃ準備間に合わなくて……」


 そう、実は毎年保護者達の誕生日は俺達三姉妹が全力でこっそりお祝いの準備をしていたのだが……

 千胡お姉ちゃんは最後の部活動の試合でそれ所ではなく、千保お姉ちゃんもテストがやばいという事でおじいちゃんのお祝いは準備が間に合わなかったのだ。


 流石に俺達三姉妹の月千円の小遣いを合わせても上等な物には手が出せないから、せめて毎年豪華な料理と何かプレゼントって事だけど……


「ちょうど市場にいい食材がなくって、プレゼント用意するつもりだったんだけどお姉ちゃん達は用意できなくて……」


「千代」


「だからね……そのね……私のだけでも……」


「千代、ありがとう。おじいちゃんプレゼントとても嬉しいぞ。だからそんな顔をするな、おじいちゃんには千代が笑顔で居てくれる事が一番のプレゼントじゃよ」


「おじいちゃん……」


「それに一回くらいなんてことないわい!なんたってワシは孫娘三人の白無垢を見るまでは死なんからな!む?今の女子は「うえでぃんぐどれす」とやらの方が良かったか?」


 最近あまり感じなかった精神が肉体に引っ張られる感覚を覚えながら、おどけた様子でそういうおじいちゃんを見た俺は思わず笑みが零れる。


「えへへ……おじーちゃん、プレゼント楽しみにしててね!」


「おう、今年は何が貰えるか楽しみじゃ」


 こうして、俺のおじいちゃんとの一日は過ぎていくのだった。

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