家出した後向かう場所は

「いーよっと……ふぅ、いやー、良かった良かった。割と近場に丁度いい隠れ場があって助かった」


 こんな場所に入れるなんて、小さい体も悪い事ばっかりじゃないもんだ。


「いつっ……」


 くぅ……興奮状態で忘れてた痛みが急に動き回った事で倍増されてる……!


「とりあえず、しばらくここで大人しくしとこう」


 幸いにもここは横になれそうなくらい綺麗だし、しばらくはここ滞在で良さそうだ。


 そんな事を思いつつ、寝転がるのに最適な具合を確かめながら俺はまだ温もりを感じる瓦の上で横になる。

 家を飛び出してからおおよそ一時間、自然と市場付近へと足を運んでいた俺は、屋根同士が重なり段になっているほんの僅かな隙間の中に居た。


 最初は塀の上から木の上に飛び移るつもりだったけど、いい場所見つけられて良かった。それにこの建物はお祭り用の倉庫だからバレても怒られなくて済むし。


「でもいつもならここまで怒ったりしなかっただろうに。確かに痛みでイライラしてたのもあるけど……」


 やっぱりこの月一のイベント期間中は情緒不安定になっちゃうなぁ……


「あー……この涼しい夜風とほんのり暖か瓦がマジで気持ちいい、俺の部屋の窓から屋根の上に上がれるし今度お茶とお菓子でも用意して…………まぁ、家出中なんだけどね」


 今父様どうしてるかなぁ……まだ怒ってるかなぁ……


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 千代が屋根の上で寝そべりながらそう言っていた時、一方その頃花宮家では……


「ど、どうしよう一恵さん、もう一時間経つのに千代が戻ってこない……やっぱり探しに行った方が!」


「大丈夫ですよ。あの子の頭の良さは我々がよく知ってるではありませんか。今頃お友達のお家にでも駆け込んで浩さんの愚痴で盛り上がってますよ」


「うぐっ……千代に嫌われてないといいが……」


「あれだけ毎日貴方に抱き着いて大好き大好き言ってる子ですよ?大丈夫ですって。それよりも今はちゃんと謝る為にやる事があるのではないですか?」


「……あぁ、そうだな」


 今まで一度も無かった自分の事が大好きな愛しの末娘との喧嘩で慌てふためいていた浩は、一恵にそう落ち着かさせられ、千代の放り出して行ったノートを開くのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


「んんぅ……」


 また目が覚めちゃった……そもそも寝る為の場所じゃ無いとはいえ、やっぱり瓦の上は寝にくいなぁ。アニメのオープニングとかで瓦の上で寝てるキャラとか居るけどあんな風に熟睡出来ないな。


「にしても凄いなぁ……雲さえ無ければこんなにも綺麗に夜空が見えるもん。前世じゃ考えらんないね」


 時計がない為時間は分からないが、結構寝てたであろう俺はそう言うと、空いっぱいの満天の星空を見上げながらとりあえずこれからどうするかを考え始める。


「流石に夜遅くなって来たからか瓦も冷たくなったし、体調も落ち着いたからとりあえず移動するとして……」


 礼二は申し訳ないけど今回は以ての外、家の事情だから叶奈ちゃんとか綺月ちゃんにも頼れないし、どこか隠れるのにいい場所は……


「あ、そうだ。あそこに行こう」


 あそこなら落ち着ける。それになんか行かなきゃダメな気がする。


 そう言うと俺は立ち上がり、普段お気に入りであるあの場所へと足を運んで行くのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方その頃────


「なるほど、なぁ……」


 千代の置いていったノートを読み終わった浩は、そう言いながら顎に手を当て、真剣な表情を浮かべていた。


「読み終わりましたか。どうでしたか貴方、千代の考えた経営方針は」


「正直、改めて見ても俺とは全く違う方針だと思った。見る奴が見ればこれは絵空事にしか見えない奴だ」


「あら」


「だがそれは見る奴が見た場合だ、俺はそいつらとは違う。これはキッチリとこれからの商売の情勢を見極めた上で考えられている方針書だ。ったく、本当千代は恐ろしいな」


「んで、どうだ。これからどうするかは決まったのか愚息」


「親父……分かってたんなら助け舟を出してくれても良かったじゃないか」


「カカカッ!頼られてもいないのに親子喧嘩にジジイが口を出すなんて、無粋にも程があるだろう。まぁ千代に頼られたら勿論味方するが」


「千代が親父を頼らなくて助かったよ」


「ワシとしては老い先短いしもっと頼られたくて寂しいんだがなぁ……それで、どうするかは決まったのか」


「まぁ、な。ちょっと出かけてくる」


「浩さん?」


「大丈夫だ、ちょっといつもの場所にな」


 そう言うと浩は立ち上がり、上に一枚丹前を羽織ってあの場所へと向かうべく月明かりの眩しい夜の街へと出て行ったのであった。


「にしても、あの二人は本当に似たもの同士よの」


「ふふふっ、本当にそうですね」


 そしてそんな一人の父親の背中を見つつ、二人はそう言って顔を見合せわらいあうのだった。

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