私の一日

 花宮千代の朝は早い。


「うぅん……ふぁ…………」


 もう朝かぁ……うぅ、少し寒くなって来たなぁ……風邪引かないように気をつけないと……


「ぴくちっ!」


 ……気をつけないと。


 窓からようやく朝日の差し込み始めた頃、モゾモゾと布団から起き上がった俺は、数々の可愛いクッションやぬいぐるみが転がる部屋の中枕元において置いた制服に着替え始める。


「スカートよしっ……と……はぁ」


 結局、五年生になってようやく制服がピッタリかぁ……女の子だからそこまで高くとは言わないけど、せめてもう少し身長伸びてくれたらいいのになぁ。


「いいや、まだ大丈夫なはず。まだ小学生だし、ちゃんと毎日牛乳飲んでるし、早寝早起き徹底してるし、好き嫌いもしてないし、運動もちゃんとしてるもん」


 だから大丈夫、最低でも高校生になる頃には百六じゅ……いや、百五十には届くはずだ。うん。


「とりあえず顔でも洗って朝ごはん手伝おっと」


 そう自分に言い聞かせながら、姿見の前で髪を整え終わった俺はスカートをひらりと浮かせ、朝ご飯の用意を手伝うべく部屋を出ていったのであった。


 ーーーーーーーーーー


 今日は雲が七割、ギリギリ曇りじゃないって所かぁ。


「という訳で、これが分数の約分になります」


 そういや、セミの鳴き声も聞こえなくなったな。もうそろそろ本格的に秋って事なのかなぁ。


「それじゃあこのページの問四を……よそ見してる花宮さん!」


「は、はい!」


「五十八ページ問四、答えてください」


「えーっと……」


 やべぇ、完全に油断してた。でもまぁ……


「四分の一です」


 流石にまだ小学生の授業だ、どれだけよそ見してても問題さえ分かれば答えられないって訳はないさ。


「答えられなかったらデコピン……って、サラッと答えちゃったか……とりあえず正解です。貴女は頭が良いけどもう少し真面目に授業を受けてくださいね?」


「はぁーい」


 少し間延びした返事を返しながら、もう三年の付き合いになる先生にそう言われた俺は席に座り、大人しく既に全て理解している授業を受けるのであった。


 他の先生なら出来るけど、この先生は授業中余計なの書いてたら容赦なく廊下に立たされるからなぁ……はぁ、暇だ。ん?


「女帝……じゃなくて花宮さん、これ宫神宮さんから」


「ありがと」


 女帝って言いかけただろこいつ……まぁいい。っと手紙か、何が書いてあるかなーっと。


「んくくっ!」


 パラリと回ってきたノートの切れ端手紙を後ろの席の子から受け取った俺が開くと、そこには綺月ちゃん特有の面白い絵が書いてあり、それを見た俺は思わず吹き出しかける。


 これはっ……!卑怯だっ!しかも妙に上手いし!


「ぷっ……!くくくっ……!」


 やばい!このままじゃ我慢出来ない!そ、そうだ、手の甲を抓って……!


「んんっ……」


 ふぅ、何とか落ち着いた。綺月ちゃんめ、後で絶対やり返してやる。


「花宮さーん?ここ、答えなさい」


「うぇえっ!?えーっと、えーっと……三分の二です!」


 よし、答えられた!じゃないっ!やっべぇ、これバレただろ!?どうしようどうしよう……!


「正解です。という訳で何見て笑ったか知りませんが貴女とはもう三年目ですから、笑いの沸点が低いのはもう分かってます。何が原因かは聞きませんが笑わないように気をつけなさい」


「は、はい……」


「「「「「あはははははははっ!」」」」」


「はーい皆静かにー。授業に戻りますよー」


「「「「「はーい」」」」」


 ったく、綺月ちゃんのせいで酷い目にあった。後で絶対ほっぺむにむにしてやるんだから。


 こうして、賑やかに今日も授業は回っていくのであった。


 ーーーーーーーーーー


「ただいまー」


 むっ!この声はっ!


「おかえりなさいとーさまっ!」


「おお千代ー!帰ったぞー!ほーれよーしよしよし!」


「きゃ~♪」


 はぁうわぁ~♪やっぱり父様に撫でられるの好きぃ~♪


「全く千代ちゃんったら甘えん坊なんだから。父様おかえりなさい。今日もお疲れ様でした」


「ん、ありがとうな千胡」


「ふふっ、どういたしまして」


 日も暮れて当たりが暗くなり始めた頃、お店を閉じ家へと帰ってきた父様に俺は千胡お姉ちゃんに窘められながらも、ぎゅうっと抱きついて出迎えるのだった。


「恵さんは?」


「今料理で手が離せないそうです」


「そうかそうか」


「ねぇねぇとーさま聞いて聞いて!」


「んー?どうした千代~」


「あのね!今日の図工の時間にこれ作ったの!あーげる!」


 割と上出来の逸品!木工制作のペン立て!さぁ!溺愛してる末娘からのプレゼントでデレデレ顔になって可愛い可愛い末娘を山のように沢山褒めろ父様!


「おぉ!これ千代が作ったのか!凄いぞ千代~!」


「うぇへへへへへ~♪」


「なんか騒がしいけどどうしたんー……って、なんだ父さんか。よーちゃんも良くそんな男臭い人に甘えれるよね」


 む、幾ら反抗期と言えど実の父にそんな発言は行かんぞ。


 ひょこっと居間から顔を出してきた千保お姉ちゃんがそう言ったのを聞いた俺は、むっと頬を膨らませた後、ピコンと一つかまをかける事にした。


「そんな事言って、本当は千保お姉ちゃんもとーさまに甘えたいんじゃないのー?でも恥ずかしくてつんつんしちゃってるんじゃないのー?」


「え?そうなのか千保?」


「んなっ!そっ、そんな訳ないし!ウチはそんな仕事ばっかでカッコよくも何ともない父さんなんて嫌いだし!」


「とか言って、本当はその仕事姿が好きなんじゃないの?」


「ちょっ!こーねぇまで!?」


「どうなのどうなの?」


「どうなのどうなの?」


「うぅぅう~……!あーもう!ウチ兄貴呼んでくるからっ!」


「あ、逃げた」


「逃げたわね」


 俺達二人の鎌が見事にかかったのか、顔を真っ赤にして千保お姉ちゃんが夕食に兄を呼びに行ったところで、今度はひょこっと居間から母様が顔を覗かせる。


「あらあら、騒がしいと思ったら……ふふふっ、愛されてますね浩さん」


「そ、そうか?娘とはいえ、年頃の娘の気持ちは分からんものだ……」


「ふふふっ、大丈夫ですよ。それはそうと……私も少しだけ、娘達に嫉妬しちゃいましたわ。なので今日は沢山愛して下さいね?あ・な・た」


「……!あぁ、任せろ。今日は沢山愛してやるからな」


 こんの夫婦は……もう何年も経つって言うのにいつまでもラブラブしやしやがって!羨ましいぞ!


「もがっ!」


「はーい、千代ちゃん。お姉ちゃんと一緒にご飯盛り付けるお手伝いしようねー」


「ふゃーい」


 こうして、俺の一日は平和に流れていくのであった。

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