ふるぼけたさくぶん

「ごめんね千代ちゃん、お片付け手伝って貰って」


「ううん、気にしないで千胡お姉ちゃん。私も暇だったから」


 とある日のお昼さがり、もう衣替えの季節になり真っ白なワンピースというすっかり夏気分の涼し気な格好になっていた俺は、千胡お姉ちゃんの部屋の片付けを手伝っていた。


「にしても……凄いねぇ」


「うっ……だ、だって昨日までテストで片付ける暇なかったんだもん……」


 だからってここまで散らかる物なのか……?いくら千胡お姉ちゃんが学業優秀な代わりに家事全般全滅してるとはいえ、これは…………


「……もう、ある種の才能かもしれんなぁ」


「ん?何か言った?」


「んーん、何もー。あ、それは上じゃなくて下に置いとこう」


「分かったー」


 でもまぁ、終わりが見えてるだけまだマシか。


「千胡、ちょっと来て貰えませんか?」


「はーい!ごめんね千代ちゃん、母様に呼ばれたからちょっとお姉ちゃん行ってくるね?」


「ん、いってらっしゃーい」


 時々余計散らかりそうな事をする千胡お姉ちゃんに指示を出しながら掃除していた俺は、そう言って母様に呼ばれ千胡お姉ちゃんが去っていった後なんだか大きめの紙を見つける。


「なんだこれ?作文?」


 おぉ、千胡お姉ちゃんの可愛いけど読みやすい丸文字が原稿用紙数枚にぎっしり……えーっとなになにタイトルは「あたしのかぞく」か。


「んー、少し読んでみようかな」


 千胡お姉ちゃんは母様に呼ばれて何かしてるしとそう俺は考え、千胡お姉ちゃんの作文を読み始めたのだった。


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『あたしのかぞく』


 二年二組、花宮千胡


 あたしのかぞくには父様と母様、おじいちゃんと双子の兄、そしてかわいい妹が二人います。


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 へぇ、これ千胡お姉ちゃんが二年生の時に書いたやつか。あの頃は確かよく「お姉ちゃんに任せなさい!」ってすっごい元気に言ってたっけ。


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 母様は妹達とあたしにとてもきびしいです。

 あたし達が少しおぎょうぎが悪い事やっただけで女の子だからって言ってすごくおこります。

 でもそれと同じくらいやさしくて、あたし達姉妹皆を見てくれて、お風呂屋さんでは「母様がりっぱな女の子にしてあげますからね」ってにこにこしながらかみを洗ってくれています。


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 そういやそんな事もあったなぁ。

 あの頃は俺達が小さかったからか母様油断してよくそんな事言ってたもんなぁ。

 あの人地味に恥ずかしがり屋だから、まず俺達に本音を言わないんだよな。


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 父様はすごいです。

 けいきがわるいってテレビで言ってる中、一人でお店をやってあたし達かぞくをやしなってくれてます。

 あたし達にもやさしくて、お休みの日はたくさんあそんでくれるとってもいい父様です。でも千代が産まれてから千代にべったりだから、少しだけ寂しいです。


 おじいちゃんはかっこいいです。

 毎朝、上をすっぽんぽんにして背中をゴシゴシタオルでこすってます。

 いつもは兄とか千保がさわぐと直ぐに「しずかにしろ」っておこってこわいけど、あたし達が兄にいじめられたりしてると助けてくれたり、何かあると必ず守ってくれます。

 でも父様と同じで千代にべったりなのは少しさびしいです。


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 なるほどぉ。

 あの頃一回だけ千胡お姉ちゃんが「千代ばっかりずるい!」って拗ねてバタバタ暴れた事があったけど、やっぱりそう思ってたのが爆発したんだな。

 いやはや、懐かしい懐かしい。


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 次に兄です。

 よくあたしと妹達をばかにしてきたり、いじめたりしてきます。あたしとは双子だけど、正直きらいです。


 次は妹達をしょうかいします。


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 いや短っ!確かに碌でもない兄だけど短すぎるよ千胡お姉ちゃん!

 せめてほら、こう、えーっと…………あれ?何も無い?

 と、とりあえず続き読もう。


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 あたしには二つ下と四つ下の妹がいます。名前は千保と千代です。

 千保はふわふわな茶色のかみの毛の、明るくて元気な子犬みたいなかわいいい妹で、あたしの後ろをよくてこてこ歩いてついてきます。

 だっこされるのが大好きで、よく父様やおじいちゃんにだっこをお願いして母様に怒られたりしています。


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 子犬かぁ……確かにそんな感じだったなぁー。

 今はどちらかと言うと柴犬?いや、秋田犬とか?んー……とりあえず成長して子犬では無くなったな。今でも犬っぽいのは認める。

 さて、次はいよいよ俺か。なんだか緊張するな。


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 千代はとってもきれいでふしぎです。

 まだ四さいですがまっ黒なつやつやのかみの毛と、ねむそうだけどキラキラした目がとてもきれいでかわいくて、商店がいのおじさんおばさん達には「月の天使ちゃん」って呼ばれてます。

 でもびっくりするくらい頭が良くて、とても絵が上手です。

 一回だけ千代がかくれてこそこそと何かやってたのを見てあたしが聞いたら、千代は母様のたんじょう日にわたす物と言って、これは母様にはひみつって言われました。

 その後、母様のたんじょう日に千代はりっぱな、まるでお店の売り物みたいな手さげを母様にわたして、とてもおどろかれていました。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 そういやそんな事あったなぁ。

 あの後確か「これどうしたの?」って聞かれて作ったって言ったら母様に本気で怒られたっけ、勝手に触って怪我したらどうするんですって。

 懐かしいなぁ……さて、続きは────


「ただいまー、いやー母様のお手伝い意外と時間かかっちゃって」


「ひゅいっ!?」


 両手に千胡お姉ちゃんの作文を持ちいつの間にかのめり込んでいた俺は、ガラガラと音を立てて部屋に戻ってきた千胡お姉ちゃんの声を聞きビクゥっとなる。


「ん?千代ちゃん何を……ってちょっ!それって!千代ちゃん返して!」


「えっ?えっ!?」


 初めて見るくらい高速で取られたんだが!本当に目に止まらなかった……


「……読んだ?」


「え?」


「読んだ?」


「う、うん……」


「はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 うおぉ……超長いため息。


 俺から本当に目にも止まらぬ速度で原稿用紙を奪い取り、両の手で泣きそうになりながら作文を抱き抱えため息をついた千胡お姉ちゃんに俺は戸惑ってしまう。


「最後まで?」


「え?」


「最後まで?」


「う、ううん」


 最後までは読んでないけど……まだ後一ページくらい。


「よかったぁー……」


「えーっと……」


「いい、千代ちゃん」


「は、はい」


「もしこれ読んだらね」


「う、うん」


「あたし千代ちゃんどうするかわかんないから」


「ひえっ」


 怖っ!


「それじゃあ、お片付け再開しよっか」


「お、おー」


 作文の中身は気になるものの、それ以上に千胡お姉ちゃんが怖かった俺は、大人しく千胡お姉ちゃんの部屋の片付けを手伝うのだった。


「そもそも千胡お姉ちゃんがちゃんと片付け出来てればよかったのでは?」


「うぐっ」

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