第593話 「帰還報告②」

 魔法庁での話の後、俺は工廠へと足を向けた。

 魔法庁と色々関わるようになり、俺が受け入れられるようになっても、やはり気を遣う部分は多い。そういう意味では工廠の方が気楽な相手だけど……今日ばかりは、俺の中での立場が逆転している。

 街路を進みながら、俺は自分の腕に目を落とした。シエラのことを思うと気が重い。色々と覚悟した上で、彼女が俺たちにホウキを託してくれているとは思う。しかし……飛行に由来する大ケガは、これが多分初めてのはず。これを目の当たりにして、彼女がどう思うか。

 とりあえず、詫びの用意にと、俺は適当な焼き菓子を包んでもらった。焼け石に水だろうけど……。



 魔法庁での話し合い同様、工廠での話し合いも、部隊全体で行うのの前段みたいな感じだ。上の方を交えず、開発現場の人員に軽く報告するという体裁で……言ってしまえば、いつもみたいに雑事部に顔を出すだけだ。

 まぁ、いつもと違うものもある。いつものメンバーで卓につくも、雰囲気は暗い。その暗さの発信源であるシエラは、曇った表情で目を伏せている。陽気で気のいい職員たちも、彼女にかける言葉には迷いがあるようで、重い沈黙が続いた。

――いや、何か言うなら俺の方からだろう、やっぱり。これまでの報告や帰還の挨拶で感じていたのとは、まったく別種の緊張を覚えつつ、俺は口を開いた。


「シエラ」

「……何?」

「その……ゴメン」


 しかし、彼女から言葉が返って来ない。沈鬱なその顔を見ているだけで、言いようのない何かが、俺を責め立ててくる。俺に罪があるわけじゃないし、彼女が責めてくるわけでもない。それでも、だ。

 それから少しして、彼女は静かな声で言った。


「私の方こそ、ゴメン。色々と心の準備はしてたけど……でも、やっぱり、実際に傷ついてるのを見ると……」

「つってもさ、傷ついた以上に救ったんだろ?」


 ウォーレンが口を挟み、俺に問いかけてきた。彼の笑みに応え、こっちも笑顔で返してやる。


「まぁな。なんなら、世界を救ったと言っても過言じゃないぞ」

「それは言いすぎなんじゃね?」


 左腕でガッツポーズして見せる俺に、彼は少し呆れたような口調で返してくる。そうしたやり取りに、他のみんなも表情を柔らかくした。少し遅れて、シエラも。

 やがて、彼女はややためらいながらも、俺に口を開いた。


「あのさ……」

「何?」

「……おかえり」

「ただいま」


 すると、他の連中がバリピみたいなノリで「おっかえり~!」と言ってきた。シエラのことをおもんぱって、我慢してたんだろうか。堰を切ったような陽気の波で、湿っぽい空気がどこかへ吹き飛んでしまった。

 そうしてにわかに明るくなった中、ウォーレンが咳払いして場の全員に告げる。


「じゃ、そろそろ仕事の話でもするか」

「いきなり事務的になっちゃって」

「うるせー」


 同僚の茶々に苦笑いしつつ、彼は書類片手に口を開く。


「ざっと目を通したけどさ、俺らの魔道具が大活躍したみたいだな」

「ああ、ほんと助かったよ」


 近衛部隊や俺の戦果は、ここの魔道具に負う部分が大きい。

 まずはホウキ。機動力の源泉であるばかりでなく、俺たちが飛んで目立つことによる敵への陽動や牽制効果、さらには友軍に対する士気への影響も無視できないものだった。

 また、ホウキと合わせて使った魔力の矢投射装置ボルトキャスターも、一連の戦闘において多大な戦果を上げている。というか、近衛部隊においてはメイン火力と言ってもいい。

 人命救助においては、浄化服ピュリファブの働きも多大だ。瘴気から友軍を助け出した実績も、他国の兵が連中に立ち向かう戦意の助けになったと思う。

 それと、将玉コマンドオーブ。スペンサー卿に提供したこの魔道具は、共和国銃士隊において大きな働きをしたとのこと。詰め寄られたり多方から狙われたりすると弱いという弱点を補えたおかげで、銃士隊の機動的な運用が可能になり、それが結果として他国の軍との連携力を高めることになったのだとか。

 あと、試供品の外連環エクスブレスだ。


「安否確認で使わせてもらったけど、実際助かったよ。過度に心配しないで済んだと思う」

「そうか、そりゃよかった。マナ送り出せるだけでも、案外使えるもんだな」

「ま、使い方次第というか」


 この開発途中の外連環に関しては、今のバージョンでも役に立ってくれたけど、作る側としてはまだまだ構想があるとのこと。

 そして、長い戦いがようやく終わったことで、ホウキも本格的に民生化の道をたどることになる。工廠雑事部としても、今後はこの二つに注力していくとのことだ。


「他にも面白そうなのが出土されれば、そっちにも手を付けるけど、当面はこの二種だな」

「共和国の方との提携もあるしな」


 俺が指摘を入れると、ヴァネッサさんが微笑みながら、シエラをほんの軽くつついた。発言を促したのだろう。

 すると、ほんの少しためらいを見せた後、シエラは今後について語ってくれた。


「あちらでも量産化できないかって話が持ち上がってて……向こうの工廠と議会の承認を得られれば、そうなる見込み。この件をモデルケースに、他国への導入を推進できればって話も」

「へえ! なんか、スケールが大きい話になってきたな~」

「……それでね。話が通ったら、技術指導で数人、向こうに滞在することになると思う」

「……シエラも?」


 尋ねてみると、彼女はコクリとうなずいた。もしそうなったら……寂しいとは思うけど、一方で応援もしたい。彼女が手掛けた事業が、他国にまで広がっていって、大勢を幸せにするんだから。

 それに、別に永遠の別れってわけでもないんだ。かける言葉には少し悩んだものの、結局俺は素直に声をかけることにした。


「そうなったら、イイなって思うよ。寂しくなるけどさ」

「うん、ありがと。戻ってきたら、こっちでの事業とか、みんなで考えようね」


 しかし、にこやかに応えてくれた彼女は、すぐに顔を引き締めた。


「私がいなくなったからって、油断してケガなんてしないでね!」

「は、はい」


 いきなりの剣幕で釘を刺された俺は、少し気圧されてしまった。申し訳なさが後を引いているってのもある。そうしてたじろぐ俺を、工廠のみんなは和やかに笑い……シエラもフッと柔らかな顔を見せてくれた。

 そう言えば、ホウキに関しては、ちょっとしたネタがあるんだった。実現するかどうかはともかく、彼女の今後に関わる話ではある。ちょうどいい機会と思い、俺はそれを口にした。


「来月の戦勝式典だけど、各国でやるってのは知ってる?」

「知ってるけど、それが何か?」

「各国へお邪魔して、式典の場で空描きエアペインターできたらって、ラックスが」


 すると、この話に、みんな食いついてきた。「まだ、上に提案してもないけど」と付け加えても、熱を冷ますには至らない。「もしそうなったら……」とシエラが、期待に目を輝かせて言った。


「そうなったら、すごくいいアピールになると思う。各国への導入も、弾みがつくんじゃないかな」

「私も、そう思う。今度ラックスに会って話してみるね」


 すっかり元気になったシエラは、明るい口調で言った。

 問題は、許諾が下りるかどうか。なんせ、各国王都の上を飛び回るわけだし。ただ、今回の戦いで、飛び回ることの有用性と価値は示せた。それと、俺の戦友たちの技量も。

 だから、こうした催しについても、現場を共にした方々からはご理解いただけるのではないかと思う。


 ホウキについては、帰還早々に次の見通しというか目標が現れた。一方で試作版外連環の実用化についても、すでにネタはあるという話だ。


「カップル向けに貸与しただろ?」

「ああ」


 すると、俺に対して職員の女の子数名が妙な視線を向けてきた。話の流れ上、アレを借りた俺も、そういうカンジなのかと思われているのかも知れない。

 しかし、下手なリアクションを取るとドツボにハマると思い、俺は平生を装って話の続きを促した。


「アレさ、とりあえずは現行ので量産して、新婚向けに売り出そうかと思う。いや、別に既婚さんでもいいけどさ……」

「実際、結構売れるんじゃないかと思う。値段次第だけど」

「だろ? それと、闘技場での挙式事業に絡めてってのも、面白いと思うんだよな~」


 すると、笑顔のヴァネッサさんがその件について割り込んできた。


「魔法庁の担当の子に打診してみた所、良好な反応を得られまして。腕輪交換が式次に組み込まれる日も、そう遠くはないかもしれません」

「なるほど……確かに、そういうの好きそうな子が多かったですね」


 例の事業で関わった魔法庁の子は、結構ロマンチストが多いというか……ああいう役所でブライダル事業に名乗りを上げるくらいだから、当たり前か。

 事業の発起人として、こういう新要素は歓迎すべきところだ。「なんだか、いいな」と思い、自然と頬が緩む。

 すると、職員の子が俺に尋ねてきた。


「挙式のアレ、リッツが発端でしょ?」

「そうだけど」

「ネリーとハリーのためだっけ? リッツ自身は、そういうのないの?」


 ああ、やっぱり来たか。なんとなく、こういう展開になるんじゃないかという予感はあった。というか、そういう恋バナしたそうな顔だったし。

 さて、どう答えたもんか。しかし、悩む間もなく、シエラが助け舟を出してくれた。


「そういう話、リッツは苦手でしょ? 見るからにシャイな感じだし……」

「まぁ……うん、ごめん」


 彼女の言葉に、職員の子たちは、あっさりと追及の手を緩めてくれた。俺を困らせて遊ぼうって感じじゃなくて、純粋に興味があっただけみたいだ。言えるようになったら話してみようと思う。

 それから少し談笑し、茶が切れた所でおいとますることに。そこでシエラが、見送りにと名乗り出てきた。


「階段から転げ落ちても困るし」

「まさか」

「念のためだって」


 まぁ、心配してくれているのはマジっぽい。拒むのはかえって悪いだろう。残るみんなに軽く挨拶してから、俺たちは外へと向かった。

 工廠の外に出ると、シエラが急に辺りを見回し始めた。つられて俺も視線を巡らす。お昼時と言うにはかなり早めで、多くは仕事中なのだろう。人通りは少ない。

 そうして状況確認が済むと、彼女は俺に手招きした。口元に耳を寄せるよう促され、その通りにすると、彼女は小声で耳打ちしてくる。


「アイリスでしょ?」

「何が?」

「恋人」


 心臓が跳ね上がり、彼女から距離をとって、その顔をマジマジと見てしまう。しかし、彼女は穏やかで優しい笑みを浮かべている。それに妙な安心を覚え、俺は再び耳を彼女の口に近づけた。


「どうして、それを?」

「ずっと前、あの子から相談されて」

「そんなに前?」

「リーヴェルム行く前かな……確か」


 ああ、あの頃か……あの後、ものすごく色々あって……。

 過ぎた話ではある。でも、あの時の前に彼女が、シエラに打ち明けていた。そう思うと、あの頃の色々なことが脳裏に巡って、感情が少しかき乱される。

 すると、彼女は耳打ちのための手を解いた。目を向けてみると、物憂げな顔をしている。やがて、彼女は静かに言った。


「私さ、あなたと二人で、どこか逃げようって……駆け落ち、持ちかけたでしょ」

「うん」

「……どうかしてたと思う」

「いや、あの時は俺の方が、どうかしてたと思うし……」

「……お互いにね」


 それから、彼女は深く息を吸い込み、俺をまっすぐ見据えて言葉を吐き出した。その瞳に揺らぐものを認め、俺の心も揺さぶられるようだった。


「あなた達の事、どうなるかわからないけど、私は応援するよ。あの子も、あなたも、大好きだから」

「うん……ありがとう、シエラ」

「……ちゃんと、幸せにしてね? リッツって少し、自分を顧みないところがあるし、そこは心配」

「……はい」


 最後の最後、彼女は笑い話で締めるように、俺を笑顔でたしなめてきた。それに俺が答えると、彼女は静かに工廠に戻っていった。ガラス越しに見える背を見つめていると、胸が少し苦しくなる。


 あの時の逃避の提案を、彼女は駆け落ちと称した。言葉の綾かも知れない。しかし――あの時、彼女は何を想っていたんだろう? それを聞く権利は、俺にはない。あったとしても、聞けるようなものじゃない。

 でも、一つ言えるのは……結局の所、あの時の俺も彼女も、アイリスさんのことを優先したってことだ。あの子が戻ってくれれば。そのためだけに、俺たちは手を尽くした。

 それだけが、俺たちの間に残った事実だ。

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