第584話 「天より下る一刀になって」

 奴の懐に潜り込むため、陽動とは別のプランとして、早々に考え付いていたのが転移だ。

 もっとも、自由自在に使えるわけではないから、何かしらの工夫は必要だと思っていた。そこで思い出したのが、あの野郎のことだ。こちらへ放たれた攻撃を、転移でやり過ごせたら?

 ただ、攻撃そのものを転移で無力化できるわけではない。空間に穴を開けても、強いマナを受ければ、穴を支える構造が破壊される。魔人の偉い奴ほど現場に出てこないのは――立場や性格もあるだろうけど――そいつが抱えるマナの強さに、門が耐えられないからだ。

 こうした転移門の特性と、奴のビームにある程度の持続性があることを踏まえれば、穴を開けてもすぐに塞がれ、一瞬の延命にしかならないだろう。

 だったら……俺が転移で虚空に逃げて、攻撃をやりすごせばいい。奴は一回攻撃すると、次までに多少のタイムラグがある。接近しつつ虚空へ逃げ、次の攻撃が始まるまでに、懐へ深く潜り込めればいい。


 そうして虚空を一時的な退避先に用いる方策を定めたものの、片付けるべき問題はいくつかあった。

 まず、闇の領域内では、新たに魔法陣を書けないということ。ただ、これは事前検証で、書いてある器や魔法陣の持ち込みは可能だと判明していた。であれば、虚空への門を運んでやればいい。

 しかし、空間に開けた穴を持ち運ぶという行為は、実際にやるまでもなく危険極まりないと、俺でもわかっていた。この戦闘においては色々と甘く見てもらえているとは思うけど、さすがにこんなのをやると、人格を疑われるだろう。

 そもそも、実際の使用シーンを考えると、ホウキで飛び回りながら、虚空への門を可動型で動かすことになる。それは無理が過ぎるというものだ。

 動かす意識抜きに使えるのは追随型だけど、これはこれで問題がある。門が俺に追随するってことは、俺が近づこうと動いても、一定の距離を保ち続けるってことだ。馬の目の前に吊るしたニンジンみたいに。追っても一生届かない。

 とはいえ、現場へ運ぶにあたっては、可動型より追随型の方に明らかな優位がある。そこで、どうにか追随型を使えないものかと考えた。


 一つ閃いたのが、玉龍矢ドラボルトの応用だ。複製した魔法陣を重ね合わせるのには、可動型と継続型が必須。その一方、魔法をぶっ放した後は、継続型があると意識をそちらに引っ張られて危険だ。

 そのため、射撃前には可動型と継続型を機能させ、射撃後にはそれを無くすため、玉龍矢においては多層構造を採用した。射撃段階で不要になった部分を破棄することで、いいとこ取りしようって考えだ。これを、今回の門に応用できるんじゃないか?

 具体的には、外層部に継続型と追随型と封印型を使用。この外層部により、内側にある門の機能を保留したまま、必要な個所まで輸送する。後は必要な場所でマナを一気に注ぎ込み、外層を破壊してやれば、追随しない門がその場に築かれるというわけだ。

 実際、この目論見はうまくいった。外層による封印と輸送は機能し、外を破棄すると、内側からは虚空につなぐ空間の穴が出現した。


 次なる問題は、闇の領域内で実行するってことだ。対象となる魔法陣に対し、直接接触していなければ、マナが四散して送り込めなくなる。だったら直接触れていればいいわけだけど、飛び回ったり門の中に突入したりすることを考えると、門に自分自身に触れさせ続けるには少し無理がある。

 そこで、ホウキなりなんなりの魔道具経由で、マナを伝えさせることにした。これなら、俺の手を離れることによる、マナの損失を回避できる。実際、闇の領域内においても、多少のロスを大目に見れば、これはうまくいった。

 また、白く染めれば吸われにくくなる知見を活かし、転移に使う魔法陣は白くすることに。白く染めた上で瞬間的にマナを注ぎ込めば、闇の影響をあまり受けずに門をこじ開けられた。


 この一連の検証やら練習においては、変な話だとは思うけど、奴の習性のようなものが好都合だった。闇の領域内に入り込んでも、即座にビームが飛んで来るわけではなく、ある程度まで近づかなければ撃退されない。

 まぁ……普通は近づくだけで大いに弱るし、魔法は使えなくなる。闇の領域外縁でチョロチョロ動き回っても、相手にする必要はないってことだろう。それでも、奴に何らかの知性が残っていれば、警戒ぐらいはされたと思うけど……。

 ともあれ、転移で切り抜ける策は実現可能性を得たわけだ。



 そして実際に、俺は構想を形にした。七つの首総がかりという殺意を、どうにか切り抜けることができ、今こうして虚空にいる。

 それにしても……攻撃をやり過ごした安堵をこんなところで感じているのが、我ながら変な話ではある。舐め腐っているわけではないけど、虚空に慣れきってしまっているかもしれない。実際、魔法すら書けなくなるあの闇に比べれば、この虚空はまだ温情な気はする。

 もっとも、この安全地帯に、決して長居できるわけではない。奴が次の攻撃の準備を整える前に、再び戦場へ舞い戻らなければ。何もない、暗い灰色の空間を飛びながら、透明な俺が七本の火線をすり抜けるところをイメージする。

 そして、事前に用意しておいたもう一つの魔法陣を俺の前方へと動かし、マナを注ぎ込んでいく。こっちには先に開けた穴の外層部に、可動型も足し合わせている。最初の一発目と一緒に門ができたのでは困るから、流し込むマナに触れないようにズラしておいたわけだ。

 今度はこいつの外層をかち割って、戦場へつなぐ門を開ける。


 ただ、この門が思い描いた所へとつながるかどうかという問題はある。虚空へ来るのは慣れっこになっていても、だ。目的地を自在に設定するというのは、俺の実力を超えている。

 でも、ついさっきまでいた場所の、ほんの少し先につなぐだけであれば……沸き上がる力を手に、俺は門の封印を解き放った。多くがかかったこの瞬間に、ありったけの集中力を込め、行くべき先を思い描く。


 そうして灰色の世界に穴が開き――思いが通じて視界が開けた。

 七本の光の激流はすでにない。黒い闇の中で白い光を放つ中心へ、俺は飛び出していく。高度を落とすごとに、不揃いな長さの首とすれ違った。こいつらは、もう間に合わない――間に合わせない。

 ゆるやかな時の流れの中、全ての音が消え去っていく。視界の先、巨大な胴体の中央は、焼けただれたクレーターのようになっている。

 その火口の中央に、かすかではあるけど、俺は紫色の光を見た。こんな姿になっても、光を飲みつくす闇に包まれてもなお、あの女の生来の色は失われていない。

 そして、紫の光は、心臓のように拍動しているようだった。あれを刺し貫けば――。


 しかし、ゆっくりと迫る最後の時を前に、考えるべきことはあった。この一刀が、本当にあそこまで届くのか? かすかに見える光は、厚い層に守られているから、そう見えるんじゃないか? 結局のところ、やってみなければわからない。

 ただ、一つ言えるのは……俺は、簡単には死ねないってことだ。

 このまま突っ込んで殺しきれなかったなら、この手で次の手を打たなければならない。

 打ち込んだ刃を引き抜いて、とどめに至るまで戦わなければならない。

 今の今までこの世を支えてきた方々みたいに、最後の最後まで生き抜いて、勝ち続けなければならない。


 全力の急降下を抑えることに抵抗を覚えつつも、俺は自分が死なない程度に減速を始めた。多少緩めた程度で、奴へのダメージに大差はないことを祈りながら。

 そして、引き伸ばされた時の中で、その瞬間がやってきた。視界一杯に白い光が広がり、手を伝う衝撃と激しい衝突音を一瞬感じた後――意識が途絶する前に、俺は心の底から強く願った。


 できることなら、これでくたばってくれ。

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