第524話 「いざ決戦の舞台へ②」
転移門管理所の長い通路を抜けた先で待ち受けていたのは、街路沿いを埋め尽くさんばかりの人だかりだった。かなりの時差があって、夕方前からいきなり朝になったけど、その違和感を吹き飛ばすほどの大観衆だ。
俺たちみたいな他国からの戦力を救援と認識しているのは、一般国民も同様らしい。管理所から姿を現した俺たちに、歓呼の声が飛んでこだました。
さすがに殿下は手慣れたもので、すっと右手を軽く上げられ、周囲の歓声に応えられている。そのゆとりある振る舞いに、今度は黄色い歓声の勢いが強くなる。
そうして俺たちは、歓待する声に包まれながら、この王都セーヴェスの北門へ進んだ。
しかし、お出迎えの行列は切れ目が見えない。北門へ続くメインストリートらしき通りは、両サイドが人々の列で完全に埋め尽くされている。街路沿いの窓という窓からも、いくつもの顔が飛び出すほどだ。マスキア国軍が「質よりも量」と表現された、その理由を垣間見たような気がした。
それにしても、これだけの声援を受けながら歩いていくのは、それだけで結構緊張する。こんなパレードの中心にいるのは、生まれて初めてだ。勲一等を賜ったあの時とはまた違う感じがある。
俺たちの部隊が、どういう触れ込みでこちらに伝わっているかはわからない。ただ、殿下のご来訪だということは周知されているだろうし、だとすれば、お付きする俺たちのことも相応の存在だと認識されているだろう。
そんな中、あまりキョロキョロしてはみっともないと考えた俺は、油断なく警戒するフリをして、街の様子をうかがってみた。
フラウゼから見て大陸の反対にあるこの王国は、ほとんど同緯度に位置していて、気候的な違和感はほとんどない。服装含め、こちらに住まう方々も、フラウゼ国民とそう変わりないように見える。
違うのは街並みの方だけど……これはたぶん、フラウゼの王都フラウ・ファリアがちょっと変わっているだけだろう。なにしろ、あの街はそこら中に花壇やプランターがあるし、建物の外面は真っ白で、建物の高度制限もある。景観にこだわった感じの街づくりだ。
それに比べると、こちらの王都は、遠くに見える王城こそ壮麗なものだけど、街並みは素朴で落ち着いたものだ。フラウゼにおける、王都以外の街とよく似ている。ところ変われば街も変わるものだと、改めて感じた。
王都を出る門のところでも、俺たちは壮大な歓迎を受けた。門衛の方ばかりでなく、門の外には衛兵らしき方から一般人の方まで。
たぶん、こちらにいる方々は、特に目ざとい部類の方々なのだろう。なぜなら――これから俺たちは、ホウキで飛んでいくからだ。
ここまでご案内とお見送りでついてきてくださった高官の方は、最後の挨拶にと改めて頭を下げてこられた。
「皆様方の武運長久を、心より祈念いたします。そして……どうか、我が国の兵をお助けください」
「力を尽くしましょう」
嘆願するような声に、殿下は落ち着いた口調ではあるものの、良く通る声で答えられた。
それから俺たちは、手にしたホウキにまたがり、離陸態勢を取った。城壁沿いに並ぶ方々の、熱を持った視線が背に突き刺さる。
そして、俺たちは空へと舞い上がった。陸からは興奮に満ちた歓声が轟き、それを背に受け、俺たちは前に進んだ。
少しずつ街が遠ざかり、届いてくる声が小さくなってきた辺りで、殿下が問いかけてこられた。
「みんな、気疲れしなかったかな?」
「それほどは。お気遣いありがとうございます」
真っ先に応じたのはラックスだけど、他のみんなはと言うと……お調子者な連中は得意満面で、控えめな仲間は苦笑いってところだ。
そんな俺たちの様子を認められ、ちょっと慣れないことをさせてしまったと思われたのか、殿下は申し訳なさそうに微笑まれた。
「済まないね。だけど、これも政治的には必要なことだから」
「マスキアが一番負担の大きい国ですから、国民を安心させたいですしね」
「そうだね。それに、各国が手を取り合っていることを、一般市民にも実感してもらいたい。そこまでやって初めて、人類が一丸となって魔人に立ち向かえると思う。あと……ああやって顔を見せて、恩を売りたいしね」
最後の最後に冗談めかして、殿下は仰った。それに対し、悪友たちが「ごもっともです!」と笑いながら応じている。実際のところ、完全に冗談というわけでも無くて、いくらかはそういう面もあるのだろうけど。
こうして空路で向かう先は、マスキア王国第二都市のファゼットだ。そこの転移門から、決戦地の陣地にほど近い転移門へ移動し、また空路で進む。
このように転移と空路で移動していくのは、他の諸軍諸部隊の行軍との兼ね合いがあるからだ。部隊規模が小さく、自前の機動力を有していることもあって、俺たちは線の細い転移ルートを使う形になっている。
また、国防上、特に防諜面の理由から、マスキア王都は前線に向けた全転移網が途絶されている。
そういうわけで、ぶっちゃけ、戦場へ向かうだけであれば、あの王都に立ち寄る必要はまるでなかった。フラウゼ王都からの転移で、別の町へつなげばいいからだ。
そこを押して王都に立ち寄り、空路で第二都市を目指すってのは、政治的な都合に他ならない。民心の慰撫と、宣伝を兼ねた行軍ってわけだ。
第二都市に着くと、そちらでも王都と変わりない、盛大な歓迎を受けた。先の王都の分で慣れた仲間も多いけど、動きや表情が硬い仲間もいる――特にラウル辺りが。歓迎ムードが途切れる転移門管理所に到着すると、静かな廊下で彼は長いため息をついた。
俺を超える彼の照れ屋ぶりは、当然のことながら仲間たちにも周知されている。お疲れ気味の彼を、悪友たちは笑い、女の子たちは微笑みながら気遣った。「戦う前から疲れちゃったね」とラックス。それにラウルは、苦笑しながら返した。
「いや、マジでな……こういうのは何度やっても慣れないぜ。リッツはどうして平気なんだ?」
「俺? いや、さすがに緊張したけどさ……それを言うなら、殿下の横ってだけで十分緊張するしな」
「それは済まなかったね」
若干わざとらしい、棘のある口調で殿下が返され、みんなで軽く笑った。
そうやって、あまり慣れない大歓迎の空気から、俺たちの部隊の空気に切り替えたところで、俺たちは廊下を進んで転移門の間へとついた。金色のリングを前に、仲間の一人がぽつりとつぶやく。
「まさか、ここまで転移門を使うようになるとは、思ってもみなかったぜ……」
「転移のたびに言ってない? それ」
「だなぁ……」
しみじみと言葉を返す戦友のやり取りに、俺も感慨深いものがあった。
分不相応な流れに身を置いているとか、地に足がつかないという不安は、あまりない。それよりも、世界を股にかけるほどの人物になったという、自負と責任感の方がずっと強い。他のみんなも、似たような気持ちなのではないかと思う。
二回目の転移で出た先は、軍拠点だ。決戦地はかねてから人間と魔人が争ってきた地であり、そこからそう遠くないこの拠点は、一目見ても堅牢な作りをしている。
石造りの建物が並ぶ要塞の中を、俺たちは外に向かって歩いた。ここまでの街とはさすがに様子が違うけど、それでも俺たちには興奮と敬意に満ちた視線を送っていただけた。歓声こそないものの、熱気はこちらの方が勝っているようにすら感じる。同じ戦う者への感情があるからだろうか。
大勢の目に見送られながら、俺たちは要塞の外に出た。外は、転移前よりも明るい感じがある。大陸西側にあるこの国の王都から、空路と転移で東へと移動していったからだろう。
しかし、理屈として納得は行くものの、体はそうとは感じていないようだ。違和感がすさまじい。みんなもだいぶ気持ち悪そうにしている。
それでも気を取り直し、兵の方々に見送られながら、俺たちは再び空へと飛び立った。
そして……高度を上げて行くと、目に映った光景に鳥肌が立った。
現地へ続くルートはいくつもの行軍ルートがあり、ここの転移門からのは、ほんの小さな支流にすぎない。地面に目を向けると、道を行く兵の行列がいくつもの川のように流れ、一つの点へと参集していく。川という川が、上流の水源へと遡っていくようだ。
この、地面に果てしなく続く兵の列、それらが束ねられていく決戦の地に、心が奮い立った。
本当に、俺たちは歴史の最前線にいるんだ。
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