第382話 「出撃」
クリーガ城の前で決闘が始まる十数分前、フラウゼ王国王都にて……。
薄暗く、無機質な壁に囲まれた一室に、20名ほどの男女がいた。いずれも年齢は20代と言ったところ
ほぼ全員が冒険者然とした装いをしており、多くはホウキと
部屋の中にいる者の大半は、王都に残った近衛部隊だ。彼らに、冒険者ギルドにおける先輩のラナが話しかける。
「あらためて、役割分担を確認するわ」
ささやかに雑談していた室内が、彼女の一言で一気に引き締まる。後輩たちから真剣な眼差しを向けられ、彼女は言葉を続けた。
「サニーは空戦要員を率いて、敵戦力を撃退。今回は敵も飛行戦力を投入するものと考えられるわ。空を掌握したら、陸の援護に」
「了解です」
「ラウルたちは、瘴気に巻かれた人たちの救出と保護に回って。要救助者が見当たらなければ、空中からの偵察で陸上戦力を導くように」
「了解!」
それぞれの部隊は、近衛部隊をほぼ半々に分ける形で構成されている。つまり、どちらも10人程度の規模だ。広い戦場においては、局所的な働きになるだろう。
しかし、敵の空中戦力も瘴気を操る魔人も、展開される数は少ないだろうというのが大方の見通しだ。決して数の面で明らかな不利があるという見立てはない。
とはいえ、先が読めない状況ではある。そのような先行き不透明からか、室内に緊張が満ちているが、彼らに怖じる気配はまったくない。そんな頼もしい後輩たちに微笑みかけ、ラナは話を続けた。
「ハリーは要人警護をお願いね。今回は混戦になると思われるから、周囲に気を配って」
「了解です」
「それで……」
ラナが視線を動かすと、そこには青年が一人立っていた。
彼は、ジェームス及びロキシア公救出の折、サニーらの迎撃に向かい捕縛された魔法使いだ。名をノックスという。
場の注目が集まったことを認識し、ノックスは視線を壁にそらしたものの、少ししてから思い直したようにラナへと顔を向けた。そんな彼に、ラナは困ったような笑みを浮かべて話しかける。
「あなたにも、無理にとは言わないけど、協力してもらえると助かるわ。今夜戦うのは共通の敵だから、その点は気楽でしょ?」
「……ああ、そうだな。それに、なんだかんだでそちらには恩義がある。それを少しは返させてもらうつもりだ」
ノックスは言葉を返してから、室内のそれぞれに視線を向けた。特に、因縁のあるサニーに対し、力強く真剣な眼差しを向ける。一方のサニーは、若干戸惑いつつ硬い笑顔を返した。
とりあえず、問題はないだろう。そのように判断したのか、ラナは安心したようなため息をつき、続いてのゲストに視線を向けた。
「エリーは、こちらからは指示を出さないけど、それでいい?」
「はい。現地の職員と協力しつつ、こちらの判断で対応します」
「そっちの方が助かるわ。一緒に戦ったことがないから、勝手がわからないし……」
女性二人が和やかに視線を向け合うと、隊員の一人が声を上げた。
「まさか、エリーさんまで出るとは……」
「王都魔法庁の職員一同の承認を得て、今回出撃する運びとなりました。黙ってみていられない、ということですね」
「いや、ほんと頼もしいです! 今日は勉強させてもらいますよ、師匠!」
別の隊員が親しみと熱がこもった言葉を向けると、エリーはいくらか困ったような苦笑いを浮かべた。そこにラナの横槍が入る。
「さっき話したけど、基本は別行動になるから。それに、見とれて頭がお留守になったら、目も当てられないわよ?」
「そういうことですね。後日、報告書を出しますから、それでどうにか」
「……はい」
やんわりと受け流されるように言葉を返され、熱意を示していた隊員は、少し恥ずかしそうに身を縮めた。そんな彼に仲間が笑って話しかけたり、背を軽く叩いたり。
そうして場がほぐれたところに、ラウルがポツリとつぶやいた。
「それにしても」
「なに?」
「いや、まさか転移門を使う日が来るとは、思わなかったんで……」
この薄暗い控室の横に、王都の転移門制御室がある。そこから彼らは出撃する手はずとなっている――内戦中の、クリーガ本拠へと。
ラウルの言葉に、ラナはほんの少しキョトンとした顔になり、それから室内を一通り見まわしてから言った
「この中で、転移門を使ったことがある人~」
「いませんって」
実際、後輩の指摘通りであった。この中で転移門を使った経験があるのは二人、ラナとエリーだけである。
「さすがに、エリートっすね……」と隊員の一人が感嘆したような声を上げると、すかさずエリーは「これで仲間入りですね」と返す。
彼女の言う通り、名目上とはいえ、彼らは近衛を名乗ることを許された部隊の隊員である。その名に恥じない働きをした実績もある。そこに来て、今回は敬愛する先輩や魔法の師と肩を並べて出撃するわけだ。
エリーの発言の後、場は静かになったが、そこには高揚感が満ち満ちている。それを感じ取った指揮役の二人は、満足そうに微笑み、あえて口を開こうとしなかった。
それからほどなくして、隣室より「準備できました」という男性の声が。それを受け、ラナは室内の一同に宣言した。
「終わったら私がおごるわ。だから、精一杯がんばって生還しなさい。これは業務命令よ」
「では、店選びは私が。いいところをいくつか知ってますので」
「いくつでも、の間違いなんじゃないスかね?」
エリーの健啖家ぶりを知る隊員が茶々を入れ、事情を知る隊員たちが含み笑いを漏らす。そんな彼らに呆れたような笑みを向けてから、ラナは隣室へのドアを開いた。
そちらは、今までいた部屋よりも一層暗い。部屋の中央には、金色の大きなリングが鎮座しており、その内側の濃い藍色の空間が、波打つように歪んでいる。
隊員一同が部屋に入ったところで、転移門を管理する青年が真剣な面持ちで声をかけた。
「向こうでは、すでに動きがあるようです。外までのルートは確保したとのことですが、伏兵の可能性はあります。十分にご注意を」
「かしこまりました、ありがとうございます」
「それと、“逆侵攻"を阻止するため、向こうが安定するまでは接続を切ります。よほどのことがない限りは開けられませんので、ご了承を」
それはすなわち、事実上の一方通行ということである。あらためて状況を示され、緊張が走る中、ラナは明るめの調子で声を上げる。
「では、吉報を手にして、この門を叩くことにしましょう」
「ええ、お待ちしております」
軽めのやり取りが済むと、ラナは自身の両頬を軽く叩き、空間の歪みへと足を踏み入れた。彼女の後に、残る隊員たちも続いていく。
歪みを超え、向こう側にたどり着いてすぐ、何人かの隊員が声を抑えながらも悲痛な叫びを挙げた。
こちらクリーガ側の転移門は、王都の物とさほど変わらない。部屋の雰囲気も同様だ。大きな違いは、先客がいたことだ。壁に背を預けるその青年は、両腕にいくつも傷を負っており、黒い服は血みどろであった。
そのような悲惨な状態ではあったが、身動きができないほどの重体ではないようだ。思わず立ち尽くす王都からの来訪者たちに、青年は「やぁ」と語りかける。
その声に応じたのはエリーだった。一歩前に歩み出て、彼に話しかける。
「長官、状況は?」
長官という呼びかけに、彼は一瞬、微妙な笑みを浮かべた。しかし、エリーの背後にいる隊員たちの反応を見て、表情に得心と感心が入り混じる。
そして、呼びかけからほぼ間を置かず、王都魔法庁元長官、ウィルフリート・ローウェルその人は、簡潔に状況報告を開始した。
「敵総帥から一騎打ちの申し出があり、王太子殿下が受諾なされた。おそらく中央広場で決闘されるだろう。勝敗に関わらず、干渉は入るものと思われる。また、街中にいくつか"目"のような空間の亀裂を確認。そこから魔人や魔獣を展開する腹積もりだろう。ただ、事前に忍び込んでいた魔人も相当数いる。ここを確保していたのも、そんな連中のようだ」
彼の報告を受け、隊員の多くは視線を別に向けた。そちらにいるのは、ここの管理者と思しき女性だ。その目に嫌疑のようなものを感じとったのか、女性は苦笑いして言った。
「私は非正規の職員です。彼が奪還した後、別の門から補充されました」
「正規職員は動かせなくてね。ツラが割れてるから、この動きが露見する恐れがあった」
とりあえずの疑惑が晴れたところで、エリーが元上司に話しかける。
「お怪我は?」
「まぁ、見ての通り……死なない程度だけど、ちょっとキツいかな……」
「わかりました。では、行ってまいります」
そう言って一礼すると、彼女は駆け出した。それに続くように他の隊員たちも、多少の困惑を見せつつ部屋の外へ走り出す。
最後に残ったラナは、ウィルに深々と頭を下げて感謝し、それから先に出た誰よりも速いスピードで廊下へ走り出した。
若者たちが嵐のように去った後、残った二人は静かに微笑みあった。「なるほど、良い部下……だったのね」と管理者の女性は、皮肉にも取られそうな言葉を発した。しかし、遠くを眺める視線には優しさがある。
そんな彼女に、ウィルは言葉を返す。
「ここで長話したって仕方ないからね。心配されるより、自身の役目を全うしてくれた方がありがたい」
「むしろ、あなたの方が薄情にも聞こえるわ」
その言葉に言い返せず、彼は苦笑いした。続けて女性が話しかける。
「何か要るものは?」
「いつもの」
彼がすぐさま返答すると、彼女は困ったような笑みを向けて、足元のバスケットを彼の傍にそっと置いた。
そして、彼女はバスケットを覆う白い布を取る。すると、清浄な布にハサミ、各種膏薬と蒸留酒の瓶……すなわち、ウィル向けの治療用品一式が姿を見せた。
しかし、それらを手渡した女性は、諦めと悲しみが入り混じる表情で「早死にするわよ」と言った。
「そうは言ってもね……お気持ちはありがたく受け取っておくよ」
「口ばっかり」
そう言って彼女は、呆れたような笑みを浮かべて転移門の操作を始めた。金色のリングが3つ、互いに直交し、内側に星を模した濃い藍色のマナの球体が現れる。
そして……彼女が注意深くリングを操作すると、3つのリングは重なりあい、地面に対して水平に浮かんだ。宙に浮かぶリングに手をかけながら、女性は背の方にいるウィルに話しかける。
「私は帰るから、後は閉じておいてね」
「了解」
「では、武運を」
「彼女らにもね」
「もちろんよ」
最後にそれだけ言い残すと、彼女は宙に浮かぶリングに腰かけ、その内側へ入って姿を消した。
そうして一人取り残されたウィルは、痛みに軽く呻きながらも立ち上がる。そして、わずかによろめくように歩いてリングの制御盤に手を触れ……何かに気付いたように「あっ」と声を出した。
彼が手を触れたその制御盤に、血がべったりと付着してしまっている。彼は自身の真っ赤な手を見つめ、長い溜息をついた。
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