第340話 「俺たちの軍議②」

 王都からクリーガの間には、大きな山脈と川が存在している。通行するための陸路は、主に3つ。いずれも、山や川から大きな影響を受けることになる。

 北側は山が低い一方、川は幅広で、立派な橋がかけられている。だから、北を通る軍は、間違いなくこの橋を通るだろう。

 橋なしで渡河できるかどうかの問いに、軍の方は「無謀ですね」と返した。もっとも、俺たちはもっと無謀なんだろうけど……。


 中央はというと、低い山が連なっていて、山の東側に川が流れている。北ほどの太さや深さはなく、この川であれば、普通に徒歩で越えられる程度らしい。

 それで、山と川よりも少し王都側に、遺棄された砦がある。どうも、今の王国の形が成る前に使われた砦のようで、今ではただあるだけってぐらいの扱いらしい。

「そこを拠点化すれば」との声は、もちろん出た。しかし、身を休めることができる程度の拠点で、実戦に耐えられるかどうかもわからないようだ。あまり考慮しない方がいいというのが、軍の方の考えだ。


 南は、一番道のりが険しい。峡谷の中に道があるものの、かなり狭い。少数でせき止めるには好適だけど、相手もそこは承知のことだろう。無視するとは思えないけど、他のルートより優先して人手を割く可能性は低い。


 進行ルートはそんなところだ。しかし、そもそもどこで衝突する見立てなのだろうか。その問いに、ラックスは軍の方々を一瞥してから答えた。


「山や川のこっち側は、あまり人里がない大きな平原が広がっていて……ここで会戦になる可能性が高いと思う」

「実際、軍としてはここで迎え撃つという意見が多いです」


 その平原は、確かにラックスが言う通り、王都やクリーガ近郊に比べると人里が少ない。山と川で隔たれ、クリーガがある西は大地が肥沃、東の大平原はそうでもないって感じだ。

 もちろん、そのあたりにも王都とクリーガをつなぐ中継地点という意味合いは、確かにある。それも、昨今の情勢でだいぶ損なわれてしまっただろうけど……。

 しかし、大平原が主戦場になるというのなら、付近の方々はどうするのだろう。俺が尋ねると、ラックスは少し迷ってから答えてくれた。


「殿下が護衛を伴って、今説得に向かってるよ」

「説得?」

「『戦闘には関わるな、勝った方に付けばいい。こちらの軍が通過する際の迷惑料は、今払う』みたいな感じのことを、あちらの方々に」


 殿下が直接向かわれるというのは、効果的だろうけど不安もあった。きちんと連絡が取れていて、道中の集落の”説得”も成ったという話だから、大丈夫だろうとは思うけど。

 会議中は冷静だったラックスも、殿下について触れたときは、どこか浮かない雰囲気がにじみ出ていた。互いにどういう認識をしているかわからないけど、君臣の間柄をわきまえた上で、何か友愛のような念は抱いているんじゃないかと思う。

 殿下についての話で、少し場の空気が重くなった感はある。それを嫌ったかのように、仲間の一人が声を上げた。


「その、大平原で迎え撃とうという理由は?」

「人里の少なさが理由ですね。民草を戦火に巻き込むリスクを抑えられます。それに、山や川を超えてきた、相手の疲弊を利用することもできるでしょう」

「それは、相手側も認識しているのでは?」

「無論、そのように思います。しかし、山河の向こう側は相手の領土。その豊かな自領に、戦術上の有利を理由として我が方を侵入させようという軍略は、付き従う農兵に疑念を抱かせるかと」


 向こうの人々の心情を読むような意見に、仲間からは納得いったような唸り声が聞こえた。

 実際、攻め込んで戦いたいと考えているのは向こう側だろう。内戦状態に至った経緯からも、それは明らかだ。もちろん、それを抑え込むのも、統治者の腕の見せ所なんだろうけど……。


「こちら側としては、相手が疲弊を嫌って自領にこもってくれるのなら、それはそれでという感じ。内戦が長引くことは望ましくないけど、それは相手の方が認識しているはず。動き出した流れを止めて冷静になった時、それでも士気と統制を維持できるかどうか……」


 説明を聞く限りでは、大平原で待ち構えて会戦になる可能性が高そうだ。

 とはいえ、それはそれぞれの軍が進発するタイミング次第だ。相手の出が早ければ、大平原を超えられた先の人里が巻き込まれる形になりかねない。

 そういうことを心配する声は上がったものの、ラックスによれば心配はいらないようだ。向こうの軍が動けば、それは諜報部門が察知してこちらにも伝わる。だから、行軍の準備さえ整えておけば、迎え撃つのに間に合わないということはない。

 ただ、いつ向こうが動くかというのは、気がかりなところだ。俺たちがどう対応するにしても、向こうの出撃タイミングがすべての準備の締め切りになる。”その日”がいつになるかについて、軍の方が言った。


「年明けを迎えてから、すぐというのが、軍としての見解です」

「それは、なぜでしょうか?」

「諜報によれば、向こうは良くも悪くも”民意”に従って動くことを旨としているようですし、そういう喧伝もあります。それに、農兵が多い向こうの軍にとって、新年の種植えの慣習は外せないでしょう」

「それと、年明けの出撃で、歴史の節目というものを意識させる目論見も、きっとあると思う。そうやって士気を高めて、戦場に向かわせるわけ」


 軍高官の方に続いてラックスが発言した。もちろん、これは単なる読みでしかないものの、妥当性は高いように感じられた。

 相手が裏をかくという可能性も、ないわけじゃない。しかし、年明けを待たずに兵を送り出すことは、士気のマイナスにつながるだろう。その愚を犯すというのなら、それはそれで好都合だ。

 むしろ、出撃を遅らせてくる方が、こちら側としては好ましくないらしい。


「黒い月の夜への対応がありますから。年明けに進発した場合……勝敗如何に関わらず、3月中旬までには大勢を決する形になるでしょうが……」


 例の一夜に関し、一番負担が重いのは最前線だ。あちらは万全を期して、クリーガどころか王都とも転移門を閉じ、完全に独立した状態になっているらしい。放っておいても、次の夜の対応に困るということはないとのことだけど……。

 問題は、最前線よりこちら側だ。終戦直後に各所の”目”の対応に追われる形になる。

 当たり前だけど、反政府軍の側もそのことは認識しているはずだ。それなのに内戦の火蓋を切ったのは、外患誘致に見えて仕方がない。


「ただ……あちらの言い分では、クレストラ”陛下”が王位につけば、これまで以上に安泰だそうだね」


 わずかに冷ややかな口調で、ラックスは言った。

 今の国王陛下に対しては、王都の民も複雑な思いを抱いている。その王室不信と、勇猛で鳴らしたクレストラ殿下の威を、魔人との戦いを控える中での開戦の口実にしているようだ。


 それから話は、勝ち筋の模索に移った。つまり、俺たちがどう動くべきか、ということだ。地図上に置いた駒2つを指差しながら、ラックスが話し始める。


「少数の戦力で大群を押し止めるのなら、北の橋と南の渓谷は抑えるべきだし、やれないことはないと思う」

「何か策があるのか?」

「工廠の方から、兵の代わりになる操兵術ゴーレマンシー関係の魔道具の話があってね。時間は稼げると思う。それと、こちらにはホウキがあるから、先回りでの工作もできる」


 彼女が考えているのは、あの兵球トループボールに加え、各所の自然環境を生かした足止めだ。

 まず、橋ルートに関していえば、真冬の川の上での戦いになることが予想される。単なる行軍で橋を渡るのならともかく、そこで対峙する形になれば、相手には相当な困難がつきまとうだろう。魔道具の兵を操るこちらに対し、向こうは数の利を活かしづらい戦闘になる。

 一方の渓谷側は、もともと道が狭いため、そこに砂人間をまとまった数配してやるだけでも相当の障害になる。加えて、ホウキという機動力で上方をとったり、あるいは先んじて落石など用意したり……やりようはいくらでもある。


「その魔道具の、実戦向けな試作ができたら、戦場と似たような場所で実証検分を行うつもり。一応、候補地の選定は済んでるよ」

「それはいいんだが……うまくいくかな?」


 仲間の一人が不安げな声で言った。無理もない心配だと思う。ただ、水を差すような発言だと思い直したのか、彼はハッとしてから身を縮め「すまん」と言った。

 疑問を投げかけられたラックスはというと、「そうだよね」と落ち着いた口調で返す。


「……戦勝ムードとまではいかないけど、勝てる戦いだという認識は、向こうで広まっているみたい。それを活かして、向こうは軍を拡充させているわけでもあるんだけど……」

「だけど?」

「少数の勢力に押し止められることが、相手の戦意を大きく削ぐ可能性は高いと思う。数的優位が通用しない相手と知れば、自分がそこにいる意味を疑わざるを得なくなるからね」


 実際にそういう流れになるかどうかはわからない。しかし、彼女の言葉を軍の方々は認めた。


「そのような足止めが成ればの話ですが……勝てない相手と思わせることは可能でしょう。少なくとも、両軍がぶつかり合う前に、相手の勢いを奪うのは確実かと」

「ただ、どういう戦いになるとしても前例のないものになるから、確実なことは言えないけどね」

「今に始まった話じゃないな」


 ウィンの軽口に、みんなで苦笑いした。

 こうして話していると、憶測に基づく話ばかりなのは否めない。しかし、前例のない事態に、前例のない試みで迎え撃とうというのだから、当然だろう。それでもやってやろうというのが、俺たち近衛部隊なんだ。仲間たちから不安や心配は見え隠れするけど、諦めは一切感じられなかった。

 しかし……一つ、肝心な事がある。ここまでの話で避けて通ってきた部分だ。「中央のルートの対応は?」と俺が尋ねると、ラックスは天井を見上げてから言った。


「そこが一番、向こうの兵の割り当てが多いルートになると思う」

「まぁ、障害物は少なそうだし……」

「対応は……考えてるよ。私だけじゃない。軍のみなさんも、殿下も宰相様も。でも……」


 彼女は目を閉じ、口を真一文字に引き結んだ。苦々しい表情から、悔しさのようなものが伝わってくる。


「……ここだけは、両軍の正面衝突になってしまうかもしれない。少なくとも、今のままでは……」

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