第276話 「遺跡攻略④」

 前方に立つ鎧が番人であるというのは、みんなも直感したようだ。さっそくリムさんに意見を求める。


「見たところ……自律して動くゴーレムの一種のようで、機能が生きているようですね」

「どうにかして無力化は?」

「……私が接近できれば、あるいは」


 しかし、リムさんは非戦闘員で、直接自身が戦場に赴くタイプではない。あの鎧が俺達を阻むというのなら、まずは俺達でどうにか対処しなければならない。

 鎧を一見したところ、武器のたぐいは持っていないように見えた。何らかの魔法を用いる可能性が高いというのが、リムさんの見立てだ。

 そこで、様子見に誰か1人差し向けようという話になった。ヤバい魔法を使われる可能性は否定できないけど、おそらく侵入者を殺す気はないだろうとティナさんが指摘する。


「今までの仕掛けからは、侵入者を穏当に追い返そうという意図が感じられましたわ。確実だと断言はできませんけれども」

「確かに……砂人間も足止めというか、押し出そうとする動きばかりでしたし。その気になれば、1人や2人は砂に埋められたとは思いますね」

「そういうことですわ」


 希望的観測にすぎないかもしれないけど、ビビりすぎて進めなくなっても仕方ない。

 そこで様子見要員にハリーが抜擢された。双盾ダブルシールドを使えるし、とっさの判断力もある。「無理するなよ」という俺達の声を背に受け、彼が前に進んでいく。


 彼が進む先の空間は、ドーム状の天井の下に、マス目で区切られた円形の床が広がっている。壁から幅50センチ程度はそういった区切り模様がなく、ただの床だ。進むべき扉はマス目のある床の上にあって、マス目のある床を避けては通れない。

 そして、彼がマス目の1つに足を踏み入れると、鎧が反応した。それは素早く両腕を上げて構え、両方の手のひらをハリーに向けた。その手のひらに藍色のマナが集束し――

 ハリーは右に鋭いステップを踏んだ。鎧の動きに対して機敏な対応した彼だけど、鎧の方も彼との距離を保つように弧を描くような移動をしつつ、両手から藍色のマナを放った。

 その藍色のマナの塊は、幸いにしてハリーには当たらなかった。標的を失い直進するマナが壁に直撃し、その周囲が歪んで見えるほどの空気の爆発を生じさせる。その藍色の突風は、俺達がいる通路にまで達した。距離が離れているにも関わらず、肌で感じられる風の威力。これが直撃したら――人1人は余裕でふっとばされるだろう。

 ハリーと鎧の戦いは、距離をとってのダンスのようになっていった。風の弾に当たらないよう、回り込みながら距離を詰めようとするハリーと、距離を詰めさせまいと軽快なバックステップを踏み、両手の照準を合わせようとする鎧。前方の2者は、互いに重なり合わない曲線を描いて、円の舞台を周り続ける。


 すると、鎧が通路にいる俺達に対して背を向けるタイミングが現れた。それを好機と見て走り出す仲間が4人。「おい、止めとけ!」と鋭い声で静止するラウル。一方で俺は、これはこれで新たな情報を得られると考えた。出ていってくれた彼らには、後で感謝しておこう。

 そうして舞台に4人乱入すると、それまで両手をハリーにだけ向けていた鎧が新たな動きを取った。相変わらず鋭いステップを刻みながら機敏に動き、左右の手をそれぞれハリーと増援の両方に対して構える。

 増援の4人は、もちろん光盾シールドを展開している。それに、狙いを向けられた瞬間に散開した。勢いだけで突っ込んだのかもしれないけど、こういうところはさすがだ。増援の中心にいた1人は、仲間との接触の危険から弾を避けきれなかったけど、藍色の弾は彼の盾と相殺された。盾以外と当たった瞬間に空気の爆発が生じる魔法弾なのだろう。盾で防げば安全そうだ。

 鎧からの狙いがバラけたおかげで、弾の直撃を許すこと無く光盾の再展開もできた。そうして盤上の5人がうまいこと動きながら、少しずつ円の端に鎧を追い込んでいく。「あれ、なんかいけるんじゃ」そんな声が聞こえた。


 しかし……包囲網が寄っていって、鎧が弾を放ったその直後、5人が詰めに突進すると――鎧は高く跳躍した。そして、それまで自身がいた場所に両手を向ける。

 それを見て、背筋に冷たい感覚が走った。一瞬で思い描いたイメージの上をなぞるように、予感が現実になる。鎧が放った2つの弾は、時間差を持って地面に着弾した。それは、詰めのために寄っていた5人全員を巻き込むのにはちょうどいい位置で炸裂し、1弾目のマナを帯びた突風が全員の盾をかき消す。

 そして2弾目が発生させた暴風で、ハリーの盾2枚目が消失し、後の4人が吹き飛ばされた。それを見て俺は前に駆け出した。しかし、俺より早く反応した奴が1人いる。わずかに前に行くラウルが叫ぶ。


「転がってきたらうまく取れよ!」

「ああ!」


 倒れた人間に、あの鎧がどう対処するかはわからない。でも、追い打ちでも吹き飛ばしをやるのなら――受け身を取れないまま地面を激しく転がされて、負傷する恐れがある。

 再び地に足をつけた鎧は、また片手をハリーに向け、もう片方をあの4人の中心地に向けた。そして放たれた弾の爆風で仲間たちが飛ばされる――いや、倒れながらも1人は盾を構え直せていたようだ。残る3人がゴロゴロ激しい勢いで転がってくる。

 運良く、そのうちの1人は転がされながらも、体勢を立て直そうと頑張ってくれた。俺とラウルは残る2人を救助する。構えた両腕に激しく仲間の体がぶつかり、勢いで後ろに飛ばされそうになる。その間も鎧からは気を抜けない。前方の、盾を構え続ける2人と鎧に注意を注ぎながら、俺は転がされた仲間に声をかけた。


「大丈夫か!?」

「腕が……倒れた時に打っちまったみたいだ」

「とりあえず退くぞ!」


 視線を素早く彼に移すと、焦点が定まっていない感じがあった。ぐるぐる転がされたから無理もないだろう。それに、もしかしたら頭を打っているかもしれない。

 彼に肩を貸し、身を起こしつつラウルの方に顔を向けると、彼らはすでに通路へと戻り始めていた。そこまで深刻な感じはない。とりあえずは一安心だ。俺達も通路へと帰還を果たした。

 その後、転がされながらも自力で立て直した仲間が通路に戻り、残すところ2人となった。ハリーは大丈夫そうだけど、一度倒された仲間の方が問題だ。撃たれた弾を盾で正面から受けることに集中するため、身を起こす余裕がない。

 そこで、双盾ダブルシールドを使える俺が救援に向かうことになった。囮になれたらそれでいいし、無視されても仲間を引っ張り出せればいい。

 何回か屈伸し、息を整えてから、俺は再度前方へ駆け出した。今度は相手も狙ってくるかもしれない。しかし、避けることよりも仲間のもとに着くことを優先し、一直線に突っ走る。

 すると、鎧はハリーと俺を狙った。ちょうどいい。俺は叫んだ。


「片手は俺が受け持つ! ハリーは俺達の後に離脱してくれ!」

「ああ!」


 誰よりも長い間、足もマナも使っているはずなのに、彼は文句1つ言わずに短く了承してくれた。本当に頼もしい奴だ。

 そんな感慨をかき消さんとするように、弾が襲ってきて盾を1枚破壊した。慌てず2枚目を展開し、更に直進する。

 そして、倒れた仲間のもとにたどり着くと、鎧はバックステップ――じゃない、上に跳ね跳んだ。今や両手は俺達の直ぐ側の地面を狙っている。

 その時、気がつけば俺の視界の縁に、時計のダイヤルが刻まれていた。異刻ゼノクロックで時の流れを緩めつつ、俺は光盾の記述を試みる。俺を守るためじゃない。この射角だと、2発とも相殺しなければ、仲間がふっとばされてしまう。

 心身を絞り上げるような負荷感の中、俺はすでに放たれつつある2つの弾の前に、2枚の光盾を書きなぐった。黄色の染色型と単発型を合わせた奴だ。これで防げる、そう信じて俺は、仲間の方に意識を集中させながら時の流れを元通りにした。

 次の瞬間、魔法の相殺で黄色のマナと藍色のマナが飛び散る。俺は「今だ、起き上がれ!」と叫び、鎧との間に割り込むように身を滑らせつつ手を貸した。


「俺は大丈夫だ、どうにか立てる!」

「わかった! 俺を盾に後退してくれ!」


 今度は、起き上がる彼と俺に対し1発、ハリーの方に1発の弾が放たれ、光盾でなんなくやりすごす。そして、鎧と彼の間に俺が入り込む位置関係で退却を始め、その段になってハリーも少しずつ後退を開始した。

 ようやく全員が通路に帰還すると、鎧は最初のように円の中央に戻って直立不動の体制をとった。あれをどうにかすんのか……疲労感、脅威、興奮、挑戦心、様々な感情が胸中に沸き起こって足元がふらつき、いつの間にか地べたに座り込んでしまっていた。

「大丈夫ですか?」と心配そうな顔のアイリスさんが、俺の顔を覗き込む。ちょっと近い。顔が上気したけど、これは色々渦巻いている感情のせいだろう。うん。

「大丈夫です、ちょっと疲れて」と彼女に告げると、彼女はホッと短いため息をついて、柔らかな表情を向けてくれた。その後に殿下が言葉を続けられた。


「次のはどうかな?」

「……と言いますと、今度も私が指揮を?」

「もちろん。今の所、勝っている将帥だからね」


 将帥という大げさな表現には、思わず吹き出し笑いを漏らしてしまった。殿下も、半分はジョークだったようで、にこやかに笑われている。でも、半分は本気らしく、その眼差しは真剣で意志の光に満ちている。

 座ったまま、他のみんなに視線をやると、気持ちは1つのようだった。所属に関係なく、笑みを返すなりうなずくなりして、俺の指揮権を承認してくる。


「……念のために聞くけど、指揮官やりたい奴~?」

「いねーっての」

「任せるよ」

「教授はやりたくないの?」


 仲間の子に問われ、俺はほんの少し考えてから答えた。


「まぁ、負けるまでは続けるよ」

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