第270話 「期待を背負って、関門」

 目的地までの道のりは徒歩4日間だけど、ティナさんとリムさんのおかげで、あまり退屈はしなかった。特にティナさんは、さすがにずっとしゃべりっぱなしではなかったけど、色々な話をしていただけた。なんというか、入門書を書いていたり、TVで解説者を務めたりする学者先生に近いものを感じる。タレント性とでも言うんだろうか。


 そんなこんなで、変化の少ない草原を歩き続けて4日目。今日の昼には目的地に着くという話だったけど、確かに変化が少なかった草原にも、それらしいものが見えてきた。街道から離れたところに、壁の残骸らしきものが地面から突き出るように立っている。その材質は王都の城門内部とか工廠で使われているような、白くて滑らかなものだ。

 そんな、明らかに自然物ではない残骸が、草の海の中でまばらにたたずんでいる。ずっと昔には、同じような建物が林立していたのだろう。昔何があったのか、ただ思いを馳せることしかできない。

 みんなも、そういう遺構の在り方に何か思うところがあったようで、急に静かになった。風にあおられて、少しだけ丈の長い草が立てる音が、これまた物寂しい。青々とした晴天の下で、そうして少し物憂げな空気になったところ、ティナさんがいつもの明るい声で言った。


「そろそろですわね。今見えているのは、壁や柱がだいぶ崩れた残骸ですが、もう少し進めば、状態が良いものが見えるようになりますわ」

「ああいう、だいぶ崩れたものには、用はないんですか?」

「そうですわね……小物が見つからないとも限りませんが、だいぶ状態が悪くなっているでしょうね。よほど運が良くなければ、発見というほどのものはないと思いますわ」


 ティナさんの言う通りで、進んでいくほどに建物としての体裁を保っている遺構が増えてきた。最初は壁や柱が単体で崩れかかっていたのが、それらの組み合わせた物も見えるようになっていき、やがて崩れた屋根が残っている物も視界に入った。まるで、風雨にさらされて滅びる過程をさかのぼっていくようだった。

 状態が良いものであれば、何か見つかるかもと色めき立つ奴もいたけど、それはティナさんがたしなめた。何かありそうで、その上簡単に手を付けられるところは、もう調査済みだそうだ。


 大昔の残骸が見え始めてから2時間ほど歩いたところで、きちんとした建物が見えるようになった。材質は普通のレンガだ。すると、ティナさんが「あれが拠点の町、ディゼッタですわ」と教えてくれた。

 ゴーレムのせいで発掘が滞っているとのことだったけど、拠点になっている町には遠目でも人々の姿や動きが見えた。閑散としているわけじゃない。

 それもそのはずで、遺跡を発掘しなくても、発掘品の研究だとか古文書の解読でいくらでも時間を使える。それに、攻略済みの遺跡の詳細な調査だとかメンテナンスでも、人手は必要だ。新しい発掘作業はないものの、やるべきことがいくらでもあって、拠点の町は賑わっている。

 実際、町の規模は結構大きかった。街の中央には、金属の柵とツタで囲まれた区画があって、その中に行政施設や各種の研究施設がある。その周囲には民家とか飲食店、商店などが普通にあって、それだけ見ると、なんというか普通の町って感じがした。

 しかし気になったのは、宿屋と工房の多さだ。前者は、俺達みたいな発掘の増援を迎えるためかもしれないけど、後者が多い理由はよくわからない。すると、ティナさんがこの町について教えてくれた。


「発掘品のレプリカが、この町の一大産業ですの。それで、街道の先にある港から、買い付けに来ている方も多いということですわ」

「つまり、宿はそういうお客さん向けに?」

「はい。遺跡の観光に来る方も、重要なお客様ですわね」


 つまり、学術的な好奇心だけで成り立っている町ってわけじゃなくて、かなり商売っ気もあるようだ。

 確かに、露天には怪しげな店がちらほらあって、用途不明な発掘品の模造品とか、古文書の写しとかが堂々と売られている。そういうのに引き寄せられているのは、物好きそうな旅人とか、抜け目のない鋭い視線の商人、はたまた裕福そうな身なりの少年少女に連れのご両親といったところ。太古へのロマンを中心に多様な人間が集まる雑多さには、今まで訪れたどの町とも違う面白さを感じた。


 そんな感じで雑然とした活気のある町だけど、宿の方はどれもきれいでさっぱりとした感じだ。富裕層を泊めることも見越しているからだろうか。

 ティナさんの案内で入った宿は、周囲のと同様に清潔感があった。石造りのその宿は、表面に漆喰が塗ってあって、内側は若干ベージュっぽい色の塗装だ。明り取りの窓は大きく、ロビーはかなり居心地がいい。さすがに、ここまで期待感を高めておいて、個室は全然……みたいな詐欺はないだろう。

 仲間たちとそんな話をしていたところ、カウンターから受付さんの小さな悲鳴が聞こえた。何事かと思ってそちらを見ると、どうやらティナさんに会えたことに感激しているだけのようだ。今回の仕事の件は先に伝わっているみたいだけど、ご本人を見るのは初めてだったようで、他のスタッフの方々も浮き足立っている。

 そこで、ティナさんがファン対応、俺達は自由行動ということになった。もともと、本格的に仕事を始めるのは明日からで、今日は宿をとる以上の予定がなかったから、ちょうどいいだろう。


 そんなわけで、初日はみんなで怪しげな露店を巡って過ごした。周囲の仲間の目があるからか、いきなり散財する奴はいなかったけど、目を離すと危うい感じの奴がちらほら。

 かくいう俺も、古文書には少し惹かれるものがあった。まぁ、さすがにメルがこういうわかりやすい店からネタを仕入れているとは思わないけど。それでも、多少は店員さんと仲良くなって、少しぐらい話を聞いてみるのもいいかなとは思った。



 翌20日。いよいよ遺跡の発掘調査が始まる。ホテルで軽く朝食を済ませた俺達は、町を出てすぐのところに集合した。

 そうして集まってみると、周囲にかなり人が集まっていた。王都から出た時の見送りよりも多い。たぶん、これから久々に本格的な発掘調査が行われるということで、注目を浴びているのだろう。

 ちなみに、殿下とアイリスさんは、そのご身分にあるまじき探検服をお召になっているので、身バレはしていないようだった。バレてれば、もっと大きな騒ぎになっていただろう。

 そうして注目を浴びる中、ティナさんが姿を現し、彼女にしては珍しくそそくさとした感じで「では、行きますわよ」と俺達を先導した。町を発つと、朗報を待つ人々の声援が背を押してくる。学術的にも、商業的にも、この発掘はかなり重要視されているようだ。


 そうして期待を背負いながら歩くこと30分ほど、目当てのものが見えてきた。草原にこんもり浮き上がったような丘陵は、いかにも秘密基地といった感じの屋根が突き出ていて、数本の柱がそれを支えている。

 さらに近づいて正面から見ると、その屋根から先に、丘陵をくりぬいてできた通路と真っ黒な闇が続いていた。そんな遺跡の入り口を背にして、ティナさんがもはや恒例になった講釈を始める。


「この屋根は、今の時代になってつけられましたの。つまり、遺跡が見つかってから、発掘のためにつけられたわけですわね」

「ここが、結構期待できると?」

「はい。このように丘をくりぬいて作った坂道の入り口を持つ地下遺跡は、他に比べて規模が大きい傾向がありますの。当時の方々には、こういった構造が便利だったのでしょうね」


 それから、ティナさんはマナのランタンを片手に青白い光を灯し、遺跡に足を踏みいれた。俺達もそれに続く。

 入り口から数メートルは壁に普通の岩が使われていた。しかし、それは屋根同様に後から補強のために用いたのだろう。壁の素材はすぐに、白く無機質でのっぺりとしたものに変わった。ここに来る前の道中にも見た物だ。

 通路の傾斜はそこそこキツい。足を滑らせたら一大事だ。慎重に少しずつ、俺達は行進していく。

 そういえば、地下の遺跡は空気が淀んでいる可能性が……とのことだったけど、今のところはそんな感じがない。生気を感じさせない壁のおかげかもしれない。ひんやりとした地下の空気は、少し清浄にすら感じた。


 そうして、俺達は一言も話すことなく、坂道を下っていった。硬質な床を叩く足音と、その反響音だけが、薄明かりの中で静かに響き渡る。

 それから数分経つと、広いドーム状の空間にたどり着いた。直径は10メートルはありそうだ。

 そのドームの向こう側には扉があった。この先に、きっと何かあるんだろうけど、もちろんタダで通してくれそうにはない。俺達を阻む扉には、藍色に輝く魔法陣が刻んであった。

 左右の扉の橋渡しみたいに刻まれたその魔法陣は、はっきりいって異様だった。1つの魔法陣に様々な型を押し込めたとか、そんなレベルじゃない。複数の魔法陣を1か所に重ねたような、複雑を通し越して混沌とした見た目をしている。これをどうにかしないと通れないのだろうけど、どうすればいいのか見当もつかない。

 そんな関門を前に、ティナさんは振り返って明るい声で「誰か、チャレンジなされますかしら?」と尋ねてくる。しかし、誰も反応を示すことなく、ただ彼女の声だけが反響してどこかへ去っていった。殿下もアイリスさんもリムさんも、そしてもちろん、俺含むその他大勢も、みんなこれにはお手上げのようだ。

 そうしてチャレンジャーが出てこないことを確認したティナさんは、「では、お時間いただきますわ」と言って腕をまくり上げ、扉に向き直った。

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