第262話 「初大会④」

 試合が終了し、装備を返却すると、シエラは空を歩いてこちらへやってきた。そして観客席に立つと、アイリスさんと抱き合った。2人とも、すごく嬉しそうキャーキャー言っている。それから、シエラは代わる代わる女の子と抱き合い、ドサマギで抱き合おうとした野郎には軽いチョップを食らわせた。

 彼女達を見ていて、「俺も勝ったら……?」見たいな、他愛もない不埒な考えが頭をよぎった。人知れず頭を振って、邪念を追い出す。

 そうしてみんなで戦勝ムードに浸っていると、俺達のところに案内の方がやってきた。控室へ案内してもらえるらしい。立ち上がる俺に、みんなが声援を送ってくれる。

 しかし、控室へ行く前に1つ尋ねたいことがある。この場にいらっしゃる勝者の3名に向いて、俺は尋ねた。


「正直に言って、どこまでやれると思います?」


 アイリスさんとシエラは、微妙な笑顔で口ごもった。変なことを聞いたかもしれない。しかし、ハルトルージュ伯は違った。伯はまっすぐ俺を見据えて仰る。


「きっと負けるだろう。点を取れるかどうか、というところだ」

「そうですよね。少し気が楽になりました」


 変に期待されるよりは、はっきり言っていただけた方がずっといい。そう思っていると、伯は続けられた。


「敗北から得るものも大きいだろう。それは、君の場合はなおさらだと考えている。それに、君の学びが皆の学びになるはずだ。その点においては、私は期待しているし、信頼もしている」


 そう仰ってから、伯は表情をゆるめて「がんばれ」と言われた。まるで、同世代の友人に向けて話すように。それが慣れない言葉だったのか、伯はわずかに頬を赤らめられた。

 たとえ負けるにしても、捨て鉢な戦いはできない。そう思った。ただ、みんなの前で伯に激励されたのが、だいぶ照れ臭い。なので、みんなに向けて冗談交じりに「俺の戦いを見て、よく勉強するように」と言うと、「はい先生」「はい教授」「はい博士」と、示し合わせたみたいに不ぞろいな声が帰ってきた。

 それから、待っていてくれた係員さんに向き合うと、「人気者ですね」と笑顔で言われ、後ろの悪友共がますます囃し立ててきた。そんなエールを背に、俺達は観客席を後にした。


 案内に従い着いた控室は、壁が真っ白で無機質な感じだ。しかし、調度品のソファーやクッションは、ボップな柄物のカバーをかぶせてあって、くつろげるような配慮がしてある。

 机には良く冷えた水と、ナッツ類があった。俺は少しナッツをつまんで、ソファーに深く身を預けた。

 この後何もなければゆったりできるけど……この後のことを考えると、心が騒いで落ち着かない。みんなが見ている中、かっこ悪い戦いはできない。やれるだけやるしかない。しかし、さっきみたいないい勝負の後で、俺がどこまでできるか。持ち味とか、生かしようがあるんだろうか。

 そんなことを考えていても、自信が揺らぐばかりなので、もう少し建設的なことを考えることにしよう。メモとペンを取り出し、さっきの戦いをまとめる。


 空中戦には空中戦なりの優位はあるけど、空歩エアロステップを使いながらの戦いは、俺にはまだ厳しいかもしれない。それなりに使い込んできた自信はあるけど、さすがに空中であの子みたいに機敏に動けないからだ。避けきれない回避行動のために、空歩でマナを消費するのは微妙かもしれない。

 しかし、空から攻撃したりゴーレムの攻撃を無視できたりするのはメリットだ。だから、あと何か一手あれば、空中戦を視野に入れるのもアリかもしれない。

 次に考えるのは、相手の攻撃だ。曲げてくる追光線チェイスレイとやらが主戦力になっているけど、あれはゴーレムと言う遮蔽物あってのセレクトだろう。他にも攻め手はいくらでもあるはずだ。予想はつかないけど、覚悟ぐらいはしておくべきだろう。

 しかし、具体的な策は立てようがなかった。シエラの戦い方は特殊すぎて参考にならないし、王者の立ち回りも、それに引きずられて特殊なものになったはず。だから、俺が相手となると、また違う動きになるんじゃないか。そう考えると、結局はぶっつけ本番になってしまうわけだ。

 そうしてあれこれ考えていると、だいぶ気が紛れたけど、ドアをノックされて心臓が跳ね上がる。少し上ずった声で「はいっ」と答えると、姿を現した職員さんに微笑まれた。


「そろそろお時間です。案内しますので、後に着いてきてください」

「わかりました」


 テーブルのグラスに手を伸ばし、水を飲みほしてから、俺は外に出た。

 そして、上の客席からの声が反響する、回廊を歩いていって……ついに中央部への入り口に着く。何回か深呼吸してみるものの、どうにも心が静まらない。すると、係員さんはにこやかに笑いつつ、「そろそろですよ」と言って俺の後ろに回り込んだ。

 それから1分もしないうちに、先輩のアナウンスが回廊部分にも響いてきた。


『ご来場の皆さん、お待たせいたしました! 休憩時間が終了いたしましたので、第20試合を開始いたします!』


 そして、係員さんはかわいらしい顔に似合わず結構力強く俺の背を押して、戦場へ送り出す。それと同時に、先輩の声がまた響き渡る。


『では、挑戦者の入場です! 王都冒険者ギルドより、リッツ・アンダーソン選手です!』


 意を決し、まっすぐ進んで屋内を抜けると、視界が急に明るくなった。青い空に、まばらな白い雲。陽を受けてキラキラしている砂と白い壁。そして、観客とその大声援。見慣れたはずなのに、いつもとはまるで違う雰囲気に、奇妙な浮遊感を覚えた。

 熱に当てられながらも中心へ進んでいくと、場内に響く歓声が勢いを増し、かぶせるように先輩が俺を紹介し始める。


『挑戦者は、一介の冒険者の枠に留まらず、様々な事業に関わるアイデアマンでもあります!』

『例えば、こちらの闘技場で行われる結婚式に華やかな演出が加わったのは、彼のおかげですね』

『さて、いろいろ手を出してくれている彼ですが、今日この場でも、その発想で何か見せてくれるでしょうか!?』


 先輩の煽りで、さらに盛り上がっている。なんか、やってくれるんじゃないか――そんな期待感に満ちた雰囲気を、否応なしに感じた。ここまで来たら、もうやったろうじゃねーかって感じだ。体中が茹だったように熱いけど、これは高揚しているだけだと思い込むことにした。

 俺が中央で配置に着くと、向こうから王者が姿を現し、こちらへ歩いてくる。その歩みと一緒に、熱狂の波も迫るような感じがした。


『続いて姿を現しました一日王者! 現在の戦績は16勝3敗! 多くのチャレンジャーを淡々と砂に沈めてきたその実力は、もはや疑いようもありません!』

『先の戦いでも、勝手の違う挑戦者相手に、冷静な立ち回りを見せてくれました。今回の挑戦者も中々の曲者ですが、どう対応するか楽しみですね』


 曲者という表現で、観客席の何か所からか笑い声が響いた。仕事の関係者だろう。人の仕事を増やすことにかけて、俺は結構なものだから、特に魔法庁視点で見れば曲者という評は納得だ。

 やがて、王者がかなり近くに寄ってきて、俺は気が付いた。黒い布で目隠しをしている。これは、どういうことなんだろうか? ゴーレム越しに曲射していたから、マナを知覚できるのか? だとしたら、この目隠しとは何か関係があるのか?

 どうも気になって仕方ない。闘技場の真ん中で向かい合い、装備を手渡された時に、俺は思い切って聞いてみた。


「あの、目隠しされてますけど、大丈夫ですか?」


 すると、王者はにっこり笑って返してきた。声は爽やかで、耳にスッと入ってくる。


「目を閉じていた方が、マナが良く見えるんだ。別に目が悪いというわけじゃないから、心配はいらないよ」

「魔道具の類ではないと確認してますから、その点もご心配なく」


 係員さんが付け足してきた。通常の視覚をカットして、マナだけ集中して視られるようにってことだろうか。そういう知覚がないから想像しかできないけど。

 まじまじ見ているのも失礼なので、自分の準備に気持ちを切り替える。指輪をはめ、剣を背負い、ヘッドギアをかぶってあごひもを締める。それから、軽く何回かジャンプして、着装感を確かめた。

 そうして準備が整ったところで、気になることが沸いてきた。係員さんに聞いてみると、彼は柄の先に円錐状の螺旋が付いた魔道具を手渡してきた。


「この螺旋の中に話しかければ、実況や解説のように声を周囲に運べます」

「わかりました、ありがとうございます」


 つまり、マイクみたいなものだ。一度息を整えてから、受け取った魔道具に声をかける。


「すみません、確認したいことが」

『はい、どうぞ』

「禁止されている魔法って、具体的には?」


 俺の問いかけに、即答はなかった。聞いてきたのが俺だから、色々と考えることがあるのだろう。不穏な空気でも感じたのか、観客の盛り上がりが、少しずつ静かなざわめきになっていく。

 すると、エリーさんが俺の問いかけに応えた。


『あなたに関係する魔法で言えば、フラウゼ魔法庁認定魔法のうち、Cランク以下の禁呪でない魔法と、逆さ傘インレインの使用を認めます』

「文と型の組み合わせは?」

『基準外も容認します』

「わかりました、ありがとうございます」


 つまり、双盾ダブルシールドはオッケーってことだ。なければ試合にならない可能性すらあったから、これはありがたい。

 しかし、衆人環視下で基準外の組み合わせを認めるってのは、かなり思い切った判断のように感じる。もちろん、俺は助かるけど……エリーさんの立場でオッケーを出すということは、上の方も認めているのだろう。

 聞くべき事は聞いたので、マイクを返してから王者と握手する。手はさらさらしていて、かなり温かかった。まるで、砂の塊でも触ったみたいに。

 そして、先輩のルール説明が響く中、俺達は互いに距離を取っていく。今回のルール説明で、さっそくさっきの問答を正確に取り込んでいるあたり、先輩の実況力というものを感じた。

 位置に着いて向かい合うと、王者はゴーレムの生成に取り掛かった。瞬時にして、黄色く輝く魔法陣が彼の前方の地面に刻まれ、あたりの砂という砂が、召集を受けたように馳せ参じる。そうして集った砂が、人の形になって、どんどん巨大化していく――それにしても、大きい。いつ止まるんだと言いたくなるくらい、砂の巨人は大きくなっていく。

 やがて、その反応が止まった。互いの距離が20mは離れているから、見上げるような形にはならない。しかし、それでも異様な大きさだ。立ち上がって手を伸ばせば、観客席最前列に指を握ってもらえそうだ。あれに近づかれたら……そう思うだけで身震いがする。

 でも、ここまで来たら、やりきるしかない。覚悟を決め、両頬を叩くと、先輩が開戦を高らかに宣言する。


『では、第20試合、始め!』

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