第259話 「初大会①」

 俺が参戦の意思表示をすると、気が変わらないうちにとばかりに、メルが早速先導を始めた。彼の後に俺が続き、俺の背をこども達が押すようにして街路を進んでいく。

 しかし、参加するのはいいけど、気になることが一つあった。


「挑戦して何かいいこととかあるのか? 参加賞とか、残念賞とか」

「ああ、すみません。説明してませんでしたね」


 そう言って彼は、今回の試合の仕組みについて解説を始めた。

 挑戦者はまず、戦う直前に参加費として1万フロンを支払うことになる。で、勝てばそれまでの挑戦者の賭け金全てを賞金としてゲット、負ければ飲食店のタダ券が贈呈される。その説明を聞いて、負けた方のおまけは、本当に間に合わせで用意したんだと思った。

 なお、単に勝者総取りにすると、最初の挑戦者が現れない。勝っても自分の賭け金を取り返せるだけだからだ。そのため、挑戦者が勝つたびに闘技場運営サイドから10万フロンが供託金として拠出されるそうで、その点は心配ない。


「それで、賭け金が増えるほど挑戦者が負けてるわけなんです。だから、得られる金額と、そもそも勝てるかどうかでジレンマがあるわけですね」

「で、みんな尻込みする方に少し傾いているってわけか」

「はい。ノリの良い方が最初の方に出尽くしたというのもありますね」


 話を聞く限り、ここまではきちんと挑戦者が続いていて、エンターテイメントとしての体裁は保てているようだ。

 考えてみれば、今回のは突発的とはいえ、現在の闘技場での初大会と言っていい。それが、いきなり始まった割にはそこそこうまく行っているわけで、挑戦者を途切れさせたくないというのは、心情的に理解できる話だった。

 それから、メルは「賭け金は、僕が出しますよ」と言った。しかし、今の俺は一応先生なので、自分の戦いで払わせるのもなぁ……と思わないでもない。


「いいよ。自分で払うから。最近結構稼げてるし」

「いえ、僕の方から持ちかけた話ですし」


 折れる様子はない。結局、俺が勝ったらメルに倍返しするということで話がまとまった。見ようによっては、メルが俺に賭けたわけで、教育上よろしくなかったかもしれない。しかし、院長先生は特にツッコミを入れなかった。


 孤児院を出て中央広場に差し掛かったところで、メルは俺達に断って別行動を取ることになった。一度ギルドに顔を出して、参加してくれそうな人がいるか確かめたいそうだ。それに、俺達よりも先に闘技場へ向かって、みんなの観戦スペースを作るというのもある。

 そうして彼と別れ、中央広場から西区に移ったところで、行進が遅くなった。街路の両脇には出店がズラリと並んでいて、こども達の一部がそちらに気を取られているからだ。

 適当に何か買ってあげた方が手っ取り早いんだろうけど、安易に買い与えていいものかどうかは悩んだ。園長先生に無言で視線だけ向けると、彼女は穏やかに微笑んで俺に尋ねてくる。


「どうしましょうか?」

「えーっと……俺も聞きたいです」

「では、どうしたいですか?」

「……買ってあげたいですね」


 こども達は、別にアレほしいコレほしいだなんて言わない。いじましく店を見ながら、ちょっとだけ歩みを遅らせているだけだ。きっと我慢してるんだろうけど、こういうお祭りみたいなときぐらい、いい思いをしても良いと思う。

 俺の答えに、院長先生は「では、そうしましょうか」と答えた。表情は変わらない。その顔の奥に秘めた考えはうかがい知れないけど、きっと正解不正解という問題ではないんだろうと思う。

 それで、あんまり買い物に時間を取るのも良くないので、リーダー格の子数名に小遣いを握らせることにした。すると、みんなパパッと決めてすぐに戻ってきた。年少の子たちから頼りにされるだけあって、細かいことを言わなくても意を汲んでくれるのは、正直すごく助かる。

 買ってきた菓子類をつまみながら、さらに歩を進めていく。店に気を取られていたときよりも歩みは速い。

 東門に着くと、門衛さんに声をかけられた。院長先生がこどもを外に連れていくのはたまにあるけど、全員ってのはまずない。だいぶ驚いている門衛さんに事情を説明すると、納得したような表情の後に、俺に同情するような視線を投げかけられた。


「いやぁ、大変ですね」

「ええまぁ……かっこ悪いところ見せられないですしね」

「わかりますよ。私も、妻や子がこの辺を通りかかるときが一番緊張しますね」


 そんな話をしながら、身分証を持たないこども達のために、通行用の手続きを済ませていく。俺達以外にも門を行き来する人達は多かったけど、門衛の方々の手際のおかげで、待たせてしまってトラブることはなくて一安心だ。

 門を抜けて闘技場へ歩いていくと、あちらへ向かう人の方が、帰る人よりもずっと多いことに気づいた。まだまだ客が増えていっているところなんだろう。途端に、みんな座れるかが気になってきた。

 すると、背後から猛ダッシュで近づいてくる足音と気配が。予想通りそれはメルで、彼は追い抜きざまに「頑張ってくださいね! いい席用意します!」と朗らかな大声で言った。彼がああ言っているんだから、たぶん席の方は大丈夫だろう。

 闘技場に近づくと、少しずつ大気に熱を感じてきた。向こう側から伝わる音の波が、熱気を乗せてこちらに寄ってくる。闘技場の白い外壁が、いつもよりも少し揺らいで見えた。


 闘技場の周囲では、どこからかやってきた屋台が並んでいて、だいぶ盛況しているようだった。予定にないイベントだろうに、フットワークの軽さと商魂のたくましさには感心させられる。

 入り口のところでは、受付の方が控えていた。ギルドと魔法庁の職員で、俺とは面識がある。加えて、メルからの説明はすでに行っているらしく、話がすごく早かった。ここでみんなとは別れ、俺は挑戦者として入場、みんなは観客席へ向かうことになった。

 声を揃えて、「がんばって、先生!」と言われ、顔が熱くなる。微笑ましいものを見るような視線が、あちこちから突き刺さる。そうして浮足立つ俺に、院長先生が真剣な眼差しを向けて言った。


「いきなりこんなことになってしまって大変でしょうけど……仕事ぶりを見せてあげてください」

「……わかりました。こっちが本業ですしね」


 俺の答えに院長先生は微笑みを浮かべ、受付さんの案内に従って、みんなと中へ入っていく。そうして1人になったところで、残る受付の魔法庁職員が話しかけてきた。


「あなたの本業って、実際のとこ何なんです?」

「……さぁ?」


 冒険者には違いないんだろうけど、最近色々手広く首を突っ込んだり巻き込まれたり。ちょっとわけのわからないことになっている感じはある。

 俺の返事に、彼女は苦笑いしつつ、中へ案内してくれた。入り口を越えて回廊に入ると、こっちは人が少ない。中で店を広げるのは運営の方が禁止しているらしく、本当にただの通り道になっている。

 戦闘音は聞こえてこない。今はインターバルってところだ。挑戦者が入れ替わりでやってるのに対し、迎え撃つ……チャンピオン? が1人だから、その休憩を多めにとってるんだろう。それと、挑戦者が切れかけてるから、確保のための時間稼ぎって側面もあるだろうけど。

 しかし、戦闘してなくても、回廊の上からは賑やかさや興奮が伝わってくる。かつてないイベントというか娯楽というか……盛り上がるのも当然かも知れない。

 てっきり控室の方に案内されるかと思っていたけど、案内の職員さんは階段を登り始めた。


「他の挑戦者が戦っている間、観戦していいですよ」

「それって、相手方が不利なんじゃ」

「それはそうですけど、ハンデということで」


 どうやらよっぽどな相手と戦うことになるらしい。戦う前から背骨に少し冷たいものを感じて、全身がゾワッとする。

 階段を登りきると、顔なじみの連中が大勢いた。反魔法アンチスペルの仲間が多く、中にはアイリスさんとハルトルージュ伯もいらっしゃる。

 話を聞くと、この中の全員が挑戦したわけではないけど、それでも結構な数が挑戦したらしい。


「……それで、戦績は?」

「俺達以外のも含めると、2勝16敗」

「その2勝ってのは」

「そりゃ、決まってんだろぉ?」


 言うまでもなく、貴族のお二方が勝利を収められたらしい。それぞれのお方に視線を向けると、アイリスさんは頬を若干朱に染めて小さく手を振り、伯爵閣下は静かに微笑まれた。

 こちらのお二方は無事に勝たれた。逆に言うと、平民は全滅ってことだ。俺がこうして呼ばれたのは、メルに言わせれば「活路を見出して後続につなぐため」だけど、その任を果たせるかどうか不安になってくる。

 しかし、次の挑戦者――その次が俺らしい――は、意外な人物だけど、結構期待できそうだとのこと。


「誰なんだ?」

「まぁ待てって、そろそろアナウンスが入るから」


 友人が答えてからほどなくして、場内に声が響いた。壁伝いに設置された魔道具から響くその声はウェイン先輩のもので、俺は少し驚いてしまった。


『さて、ご来場の皆さん、お待たせいたしました! 休憩時間が終了いたしましたので、第19試合を開始いたします!』

「……先輩が、こういう役やってんのか」

「進行兼実況な。ちなみに、解説に魔法庁のエリーさんもいるぜ」

「マジか……」


 何やってんだとツッコみたくなったけど、考えてみれば他国のお客様も関わっている試合だから、半端な解説でも困るだろう。そういう意味では適任なのかもしれない。

 そして……初大会の実況という大任ながら、先輩はすでにこなれてノリノリな感じで、高らかに告げた。


『では、挑戦者の入場です! 王都魔導工廠より、シエラ・カナベラル選手です!』

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