第254話 「バトルしようぜ!②」

 闘技場における、非公式の初戦は静かに始まった。ハリーは山吹色、ウィンは青色と、それぞれのマナで光盾シールドを構える。

 そして、互いに距離を保ち、弧を描くように駆けながら撃ち合いを始めた。撃ち合うボルトの色は、相手の光盾に近い色。黄色の矢と青色の矢が行き来し、いずれもかわされ、闘技場の壁に当たって露と消える。

 光盾に近い色であれば、抜けてバリアを脅かすことができる。一方で、慣れない色の記述はワンテンポ遅れる。そういうわけで、互いにフットワークで矢をかわし続けているわけだ。

 ただし、ハリーの方は双盾ダブルシールドのはずだ。必ずしも避けなければならないわけじゃない。それはウィンも知っている。たぶん、割られた光盾を張り直す手間を嫌って、足を使っているんだろう。

 矢が飛び交うやり取りは、そこまで激しい物にはならなかった。牽制か、様子見か、あるいは緩急をつけるつもりなのか。いずれにせよ、これで攻め切ろうと考えていないのがわかる。


 どちらが始めるでもなく、徐々に両者の攻勢が落ち着いていって、少し静かになる。そんなにらみ合いの均衡を、先にハリーが打ち破った。

 彼は矢を放ってから体重を前に傾け、突撃の構えを取った。そうして彼が踏み出した右足にウィンが狙い定めた矢を放つ。

 しかし、これは読んでいたようだ。ハリーは踏み込んだ右から機敏に左へ跳ね、一瞬遅れて矢が地面に突き刺さって土煙を上げる。そして、ハリーは剣を構えて一直線に駆けた。それを同じく、剣を構えて迎え撃つウィン。

 下馬評では、接近戦に持ち込めばハリー優位、至近距離以外ではウィンに分があるというものだった。なので、ここで寄せ切れるかが勝敗を分ける。

 剣を構えて待つウィンだったけど、彼は構えつつ、指から矢を放って牽制する。すると、ハリーは直進をやめ、大きく左へ跳ね飛んだ。避けるのと同時に側面を襲おうというのだろう。

 ウィンも、そういう動きは察知していたのだろう。あるいは、瞬時に合わせたのかもしれない。ともかく、彼の側面を取ろうと動いたハリーに対し、素早く反応した彼は、左後ろに動いて魔法を構える。

 しかし、ほんの少しだけハリーの仕掛けが早かったようだ。彼は互いの距離がある程度詰まると猛進し、突撃とともに剣を振る。浅く上段に構え、コンパクトな動きで振り下ろされる剣に、ウィンは対応を余儀なくされ、剣で受けた。

 こうして、鍔迫り合いになった。ハリーはあまり力押しをするタイプではないものの、こういう状況になったらキッチリ決めにかかるタイプだ。上背があってパワーがある分、相手にかかるプレッシャーは相当なものだし、鍔迫り合いからの仕掛けも豊富だ。

 一方でウィンにも、滅多に使い手がない高等技術がある。しかし……


「あいつ、この状況でやるかな?」

「どうだろ?」


 みんな――俺も含めて――ウィンがこの状況で魔法を使うか、考えている。

 彼のたぐいまれな才覚と言うのは、剣を振りながら魔法を撃てるというものだ。

 これは言うよりずっと難しい。剣を振る方を優先すれば、あらぬ方向に魔法が吹っ飛んでマナの無駄になる。だからといって、魔法を撃つことに気を取られすぎると、剣の構えがおろそかになる。接近戦においては防御の要でもあって、構えが乱れるのは死活問題だ。

 それに、鍔迫り合いのような動きが少ない場面でも、魔法を扱うのは至難だ。敵の攻撃を食い止め、押し込むために腕力を総動員している中、いつもどおりに魔法を記述するのは、一般人にはほとんど不可能だ。

 そういう高等技術は、幼少から英才教育を施される貴族階級でしか継承されてない――にも関わらず、ウィンは例外的に、独力で習熟してしまった才人のようだ。

 そういう彼の強みが、この鍔迫り合いで生きるかどうか。今魔法を撃てば、守るバリアがなくて直撃する。先輩は、実害を加えるなとまでは言ってない。

 だから、彼がどこまでやるか次第だ。


 鍔迫り合いが始まって少しすると、ハリーがじりじり押し込み始めた。すると、ウィンの手にマナが集まり始め、威圧的に輝き始める。

 そして、彼は魔法を放った。彼らがいるあたりが、青い光に包まれる。瞬光ブリンクだ。低位の魔法だけあって、有効打にはなりえないけど、ハリーには一瞬のスキができたようだ。そうしてハリーが硬直している間に、ウィンは鍔迫り合いから抜けて、後方に大きく退いた。

 しかし、ハリーの動きが鈍ったのは、何も瞬光のせいばかりではない。そのことは、閃光がやんで視界が戻ってから判明した。彼の剣に、青色の泡がまとわりついていて、彼はそれを斜め下に切って落として振り払う。


「ああ、蜜落としハニースネア!」

「なーる」


 本来は、矢や投げナイフみたいな飛翔体にまとわりついて落下させる魔法だ。それをウィンは、相手の剣に使って動きを鈍らせたわけだ。

 再び間合いができ、またにらみ合いが始まる……と思いきや、今度は距離を取ったはずのウィンが突っかけた。

 ハリーはまず、矢で迎撃する。ウィンは、それを意に介しない。彼の青い光盾を、放たれた青い矢が通り抜けてバリアを破壊した。すると、壊されたバリアが瞬時に再生し、代わりにマナをためておくオーブの一つが、その輝きを失った。

 こうしてポイントを失ったウィンだったけど、彼は逆に防御を捨てたことで手数を得たようだ。十分に距離が詰まったところで、彼は剣を上に構えて駆けながら、魔法を放った。何本もの青い矢が拡散して、ハリーに襲い掛かる。


「あいつ、剣構えながら逆さ傘インレイン撃てるんか……」

「マジか」


――その攻撃は、絶妙だった。位置関係で言えば、拡散する矢に対してうまく光盾を構えれば、どうにかバリアを守りきれる。しかし、光盾は腕に連動している。バリアを守る――つまりポイントを守る――ために盾で魔法を受ければ、振り下ろされる剣を受けられない。

 また、足で避けようにも、拡散した矢を避けきるのは困難だ。運良くかわし切れても、バランスを崩して追撃を許す可能性が高い。それに、バリアの防御範囲が、拡散する矢から抜けきる保証はない。

 ……といった考察は、みんなで後から考えたものだ。岡目八目とはいうけれど、俺達観客は、その時はどうすればいいのか見当もつかなかった。


 しかし、当事者であるハリーはその場で冷静に対応した。剣を構えて5点分の頭部を守ろうとする。

 そして……矢が着弾し、ハリーの盾が一枚とバリアが破壊された。これは大きい。ポイントが並んだし、2枚目の盾を作り直さないと回避行動を余儀なくされる。

 他方、振り下ろされた剣の方はキッチリ受け止め、またハリーの方から少し詰めて鍔迫り合いになった。

 今度も何か仕掛けるだろうか? ワクワクしながら見守る観客だったけど、特に目立った動きはない。

 やがて、ハリーが前方に突き出してウィンの体制を崩し、素早く構えなおして大上段から剣をたたきつける。

 それに対し、姿勢を若干崩したウィンは、ハリーの剣にめがけて矢を放った。破れかぶれの試みだったのかもしれないけど、狙いは的中して剣は逸れ、たたきつけられた地面が赤く染まる。その剣を横目に、素早く身をひるがえしたウィンは、ハリーから距離を取りつつ矢を放っていく。

 渾身の一撃が外れ、とっさに向きを変えられないハリーは、視覚から放たれる攻撃に対応するのが遅れ、ポイントをもう1つ献上することになった。

 そうして、ウィンが優勢になったところで、互いの距離がだいぶ離れた。2人とも光盾を張りなおす。

 すると、最前列で観戦していた先輩が叫んだ。


「よーし、そこまで!」


 あたりからは何人かブーイングの声が。しかし、当事者である2人はすんなり認めたようだ。光盾を解き、剣を下ろして握手した。それから、何か言葉を交わした後、こちらに歩いてくる。

 彼らが近づいてくる前に、俺達も観客席から下り、イスのある回廊部分で話をすることに。そうして一同揃ったところで、先輩が言った。


「あのまま続けると、翌日の仕事に障るんじゃないかと思ってな~」

「そうですね、ハロルド相手だと厳しいです」


 勝ったウィンは、特に嫌味なく淡々と答えた。ハリーもうなずいて先輩の言を認め、発言する。


「戦う前にも、訓練や仕事がありましたので」

「だよなあ。ポイントだけじゃなくて、時間制限もいるな。うまい奴同士だと、中々決着つかないだろうし」


 実際、競技性を考えるならば、時間制限は必要だろう。

 他にも、相手のバリアの中での魔法行使が、解決すべき課題として挙がった。矢を撃って負傷させるのは問題としても、すべての魔法を禁ずるのはやりすぎだろう。ウィンの工夫は、ハリー含めみんなが認めるところだ。そういう創意や、逆に使われる経験が実戦への糧になるのなら、むしろ推奨されるべきとさえ言える。

 様々な意見が飛び交う中、先輩は手を叩いて場を収め、言った。


「そういうわけで、2人ともお疲れさん。ルール整備は、また考えておくよ。じゃ、メシ行くか」


 なんやかんやで頃合いの時間になっている。それで、いつものノリで工廠のメンバーも一緒に夕食を取ることになった。



 夕食の席で早速、感想戦が始まった。先に口を開いたのはウィンだ。


「今回は、ルールに助けられたと思う」

「そうなんか?」

「お互い、攻撃が頭に来るってわかってたからな。だから、俺でもどうにか、ハロルドの剣を受けきれた」


 実際、純粋な剣の腕ではハリーに分があるだろう。しかし……ハリーが自分の考えを表明する。


「攻撃できる箇所が増えれば、ウィンのコンビネーションがさらに脅威になるはずだ」

「だよなぁ。剣術と魔法の組み合わせがあるもんな」

「そこまで自由に使いこなせるわけじゃないぞ?」


 力量を認め褒めそやす発言に対し、ウィンは謙遜というよりは、冷静に事実を伝えるようにして返す。実際、先程の戦いでも、逆さ傘を剣撃に合わせたのは「かなり苦労した」らしい。

 料理が来てからも、感想戦は続いた。棋譜みたいに、2人のやりとりをほぼ完璧に覚えている仲間がいたおかげで、細かな動きに関しての検討ができた。盛んに意見を交え、場が盛り上がる。

 しかし、そんな中、俺は会話の内容がいまいちピンと来ないことが多かった。接近戦の経験がほとんどないからだ。

 そこで、議論が一段落したところで、俺はみんなに話を持ちかけた。


「俺も、剣を多少は覚えてみようと思うんだけど、どうだろ?」

「やめとけって~」


 すでに結構アルコールに呑まれている悪友が即答し、みんな笑いやがった。ただ、ここで引き下がるわけには行かない。俺が話を続けようとする前に、別の仲間が尋ねてくる。


「さっきのアレに影響されたとか?」

「いや、そういうのじゃなくて。実際に自分で少しは覚えた方が、こういう話がもっと参考になると思ってさ。仲間との連携も取りやすくなると思うし」

「それは、一理あるな」


 ウィンが最初に肯定し、他のみんなも同意した。それから、また俺に尋ねてくる声が。


「別に、そこまで強くならんでもいいのに」

「まぁ、そうかな。駆け出しって言い張れる程度でいいか。それなら、未経験者には勝てるだろうし」

「それに、後輩も増えたことだしな」

「カッコつけたいわけじゃないぞ」


 俺がそう答えると、また笑われた。

 この春から、ギルドには新しい冒険者が増えている。そういう時期ということだ。

 しかし、俺は各種計画に携わっていて、そういう新入りと交流する機会がほとんどない。たまにギルドで知らない顔を見かけて会釈する程度だ。

 だから、彼らがどれぐらいのものかなんてわからないけど、付け焼き刃の剣術でどうこう変わるものでもないだろう。とはいえ、まったく剣を使えないのも、それはそれで恥ずかしいような気はする。

 俺が剣を覚えようという話について、その動機は十分に建設的だと認められたようだ。反魔法アンチスペルで世話になってる恩義もあるということで、卓を囲むみんなが協力してくれることになった。暇な時に稽古をつけてくれたり、アドバイスをくれたり、そんな感じだ。



 翌日、俺は朝一で工廠の売店に向かった。かなり久しぶりに感じる。

 店内に足を踏み入れると、顔なじみの職員が「おはよう」と言ってくれた。親しみはあるけど、あまり客扱いされてないような感じではある。

 俺がカウンターに寄っていくと、店員の彼女は「何買うの?」と尋ねてきた。


「えーっと……リーフエッジだけど」

「はいはい……は?」


 急に真顔になって問い返してくる。そして彼女は、机から書類を引っ張り出し、めくりながら尋ねてきた。


「えっ、何? 剣でも覚えるの?」

「そのつもりだけど……」

「ふーん」


 客への対応っぽくないのは今更な話で、ほとんど気にならない。問題は売ってるかどうか。少しドキドキしながら待っていると、彼女は言った。


「在庫はあるけど、高いよ? 148000フロンでーす」

「たっか……」


 思わず口をついて言葉が出る。彼女は笑った。それから、商品説明を始める。


「素材が外国産でね。で、こっちで加工するんだけど難しくて。それに買う人が少ないから、流通量も少ないし」

「あー、わかった。そりゃ仕方ない」

「で、買うの?」

「ん」


 俺が即答すると、彼女は驚いた。ただ、支払い能力を疑問視している感じではない。かなり真面目な顔で彼女は言った。


「高額の取引になるから、ちょっと書類に色々書いてもらったりするけどいい?」

「それはもちろん」

「わかった。じゃ、書いてくれてる間に、ギルドに話をつけてくるから」


 そう言って彼女は俺の前に書類を差し出しつつ、別の職員を呼んでカウンターに立たせた。そして、自身は店を出てギルドへ向かう。現金のやり取りではなく、ギルドの口座から書面上で金を動かすのだろう。

 書類に一通り書き終え、少し待つと、彼女が戻ってきた。


「あっちの受付には話をつけてきたから、後はこっちの問題だけど、本当に買う? 高いよ?」

「大丈夫、買います」

「わかった、まいどあり~」


 そして彼女は、さっきまで店員の代理をさせていた、後輩らしき職員に頼んで倉庫に向かわせた。ほどなくして、細長い木箱を抱えて戻ってくる。

 それから、俺は商品説明を受けた。刃は細長い葉を加工したものでできていて、マナを通して硬化させる。そのマナの流れが乱れていたり、剣の振り方がふらついていたりすると、簡単に刃がいたむ。なので、マナの扱いと、正しい剣の振り方を覚えるには、もってこいというわけだ。高いけど。


「葉が悪くなったら、こっちで治すから持ってきて。個人でもできなくはないけど、難しいと思うし」

「わかった。それで、修復代の目安は?」

「タダでいいんじゃない? 私達も、リッツには世話になってるし」

「そりゃ、ありがたい話だけど……」


 少し申し訳ない気もしたけど、自分でやるよりは確実だろうし、なんというかこっちから申し出ても代金を受け取らなさそうではある。その厚意に甘えることにした。

 商談がまとまったところで、俺は木箱に視線を落とした。この中に、あの剣が入っている。

 これを買ったのは、もちろんアイリスさんからの影響だ。ああいうふうになれるとは毛ほども思ってないけど……少しでも近づけるのなら、とても価値のある出費だと思う。

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