第246話 「2つの改善案」
2人で
「拡散型を合わせた試作版についてですけど、展開方向を逆にできないかと……」
「……あー、なるほど。敵弾を迎えに行く形ではなく、追うようにできないかってことですね」
「はい」
合点がいった俺は、念のための確認に、今出たアイデアを簡単に図で描いた。その図は彼女のイメージしたものと、特に相違はないようだ。彼女は柔らかな笑みでうなずく。
反魔法に拡散型を合わせると、マナを吸うための渦が前方に展開される。こちらに向かってくる弾に、渦が向かって行くわけだ。すると、立体的に展開できることから、対象の魔法との接触範囲を広くとれる。実際に
しかし、弾に対して迎え撃つように渦が伸びていくより、通過する弾を追うように伸びるほうが、接触時間を多く確保できるだろう。俺達が今考えているのは、そういうことだ。
では、実際にどうするかだけど、すでにアイリスさんには考えがあるようだ。彼女はちょっと揚々とした感じで立ち上がり、「見ててくださいね」と言った。
それから彼女が描いて見せた反魔法は、可動型を合わせたものだ。その描いたばかりのものが、目にも止まらない速さで半回転し、裏返しになった。
なるほど、意図が読めた。彼女は俺の方に向き直り、にっこり微笑む。それから、彼女がマナを注ぎ込んでいくと、反魔法の渦は普段とは逆向きに伸びてきた。「どうでしょうか?」と、彼女は少し期待や緊張がうかがえる表情で尋ねてくる。
「この裏返すのって、転移門で見たやつとかイメージしました?」
「! 良くわかりましたね」
「いや、ふと思い出したので……」
あの時に見た、魔法陣をひっくり返すというのは、結構印象に残っている。それは彼女にとっても同様のようだ。
それはさておき、この裏返しという手法について。色々と勘案すべきことはあるけど、何より一つ、確認しなければならないことがある。
「これで、本当に効率よく消せるか、試してみないとですね」
「そうですね。では、普通のも構えますから、リッツさんから光球を投げてもらえますか?」
「……いや、逆の方がいいかもしれません」
彼女の言葉に異議を唱えると、反魔法を解いた彼女は少し身を乗り出すようにして、俺の言葉を待った。興味ありげなのが見て取れる。
こういう検証では、処理開始のタイミングを揃えないと、比較する意味が損なわれてしまう。で、そのタイミングを揃えるには、反魔法で待ち構える側よりも、消される光球を飛ばす側の力量が重要になる。光球を2つ、ピッタリ揃えて飛ばさなければ、反応開始がずれるからだ。
そして、その光球を飛ばす側は、アイリスさんの方が適任だと考えたわけだ。俺の考えに、彼女は異論をはさまなかった。すんなりと、俺に反魔法側を任せてくれる。
実際には、反魔法側にもそれなりの力量は必要だ。型を色々使う器を、2つ維持して待つわけだから。しかし、先駆者として慣れているから、そこはどうにかなるだろう。
では実験だ。まずは可動型の反魔法を作り、半回転させてマナを注ぎ込む。すると、俺の場合も問題なく、渦がこちら向きに展開された。これなら大丈夫だろう。
一度反魔法を解き、改めて2つ作る。向こう側に渦が伸びる奴と、半回転させてこちら側に渦が伸びる奴だ。さすがに1つの時よりも負荷を感じるものの、予想よりはずっと軽い。
2つの反魔法を、少し離して描いた隙間からは、どこか嬉しそうな彼女の顔が見えた。その彼女が朗らかに「いいですか?」と聞いてくる。
「いつでもどうぞ!」
「では!」
彼女は紫の光球を2つ作った。それらが、おそらくはピッタリ等速で、こちらに――俺が構えた反魔法に迫る。
そして、光球と反魔法が接触し、吸収反応が始まると、青緑と紫のマナがスパークした。左右どちら側も似たような反応に見える。
しかし、最終的に差は歴然となった。いつもの向きで構えた反魔法の方は、光球が渦を抜けきった。それでも、最初よりはだいぶ削れているようだったけど。
一方、反回転させた方は……渦から逃れようと動く光球に、ダム穴みたいなマナの渦が追いすがり、光球は消えて果てた。
1回目の実験では、目に見えてわかる結果を得られた。ちょっとした興奮を覚える。向こう側にいる彼女の喜びようも結構なもので、小走りで駆け寄るなり「やりましたね!」と言った。
「念のため、何回か繰り返してみませんか? まぐれや偶然ってことはないと思いますけど、一応」
「……そうですね」
少し水を差す発言かなと思ったけど、彼女はわかってくれたようだ。高揚を落ち着け、穏やかな微笑みで応じる。
その後、同様の実験を3回繰り返した。結果は同じだった。撃たれた弾の進行方向に沿って、吸収の渦を伸ばす方が効果的だった。疑う余地がない結果を得られたことに、彼女はすごく満足げだ。
しかし、この手法に問題点がないわけでもない。少し気が引ける部分はあるけど、変に遠慮して言わないでいる方が不実だろう。2人でテーブルに着いてから、俺は自分の考えを表明した。
「効果的な手法ですが、少し問題点もあるかと思います」
「……描いたものをひっくり返すという、行為そのものでしょうか」
「ええ、まぁ」
普通に魔法使いをやっていて、自分で記述したものをひっくり返したことがある者は、ほとんどいないだろう。その、通常の手順から逸脱した行為を、他のみんながどう受け止めるかは未知数だ。
まぁ、今の取り組みに関わってくれているみんなは、新しいやり方に理解を示してくれると思う。だとしても、魔法庁から正式に認められるかどうかは、なんともいえない。
「それと……実戦でとっさにこれをやるのは、少し難しいかもしれません」
「それは……確かにそうですね」
反転という、普段やらない動きをすることにも関連するけど、いざというときにスッとできない可能性は否めない。他の防御魔法が、ただ描いて構えるだけだからなおさらだ。
しかし、そういう問題があるとしても、使いではあると思うし、重要な前進だとも思う。
「効果の違いが目に見えてわかるってのは、すごく大きいです。今言ったデメリットを補えると思いますし、みんなから改善意欲を引き出せる可能性もあります」
「そうですか……良かった」
そう言う彼女の笑顔からは、安堵のようなものを感じた。気休めとは受け取られなかったようで何よりだ。
こうして彼女から改善案を引き出せたのは、実際かなり大きいだろう。この取り組みに関わるみんなのモチべーションにも影響があると思う。
しかし……俺の方からも、何か提案したい。先駆者、発案者としての意地もある。
メモを見返して、俺は考えた。反転させるというのがカギだと思う。それで、可動型を合わせる場合、動作としての反転が必要になるのがネックになっている。
つまり、描くだけで反転できれば、スマートってことだ。
俺は立ち上がり、「すみません、ちょっと一人で試したいことが・・」と彼女に断った。彼女は、特に何も言わなかった。柔らかな笑みを向けて、俺を見守ってくれている。
俺は深呼吸をして、一度反魔法を記述し、その構成を眺めた。描くだけで反転させるのであれば、拡散型の部分を逆転させるのがいいだろう。でも、拡散型の部分は左右対称形だ。裏返しても、結局はそのままで意味がないかもしれない。
しかし、すぐに思い直した。転移門の時も、今さっきの実験でも、反転は横向きだった。でも、上下の反転もあるじゃないか。
俺はテーブルにメモを置いて、紙の上で拡散型を描いた。描いていて今気づいたのは、この型に三角形の意匠の部分があって、それは左右対称だけど上下は非対称ってことだ。この三角形の部分が、マナを拡散展開する方向を意味するものならば、今の思考の方向性は正しいように思われる。
まぁ、ひらめきがあった一方で問題もある。元の型を意識した上で反転記述なんてすると、たどたどしい記述にしかならない。これではマナの流れが歪んで使い物にならないだろう。
だから、きちんと記述するなら、"反転"なんて意識せず、新しい型として一から覚えなおさなければならない。
今しがた紙に描いた型を逆さに向け、俺は新しい型の習得を始めた。すると、すぐに彼女のことが気になった。
「すみません。見てるだけで、退屈ですよね」
「いえ、そんなことは」
「でも、今日は閣下もいらっしゃいますし」
こうして彼女をこの場に留めおいてしまうことに対し、結構な罪悪感がある。一度席を外して、団欒を楽しんでもらった方が……そう思った。
でも、彼女の考えは違うようだ。
「一緒に頑張って、夕食の席で話しましよう。その方が、きっと喜ばれると思います」
「……何気に、時間制限かけてきましたね」
「難しそうですか?」
「……やったろうじゃないですか」
そう答えると、彼女は何も言わず、ただ温かな視線を俺に向けた。なんというか、いいように焚きつけられている気がしないでもない。でも、モチベーションが上がったのは事実だ。空振りにならないよう、頑張ろうじゃないか。
しかしながら、懸念事項はある。記述の向きを変えれば、効果を発揮する方向も変わる……そういう思い付きで始めた検証だけど、本当にそうなる保証はない。一般に知られている向きでしか、拡散型の効果が発揮されないという可能性はある。まぁ、うまくいかなかったらいかなかったで、それは新しい知識になるけども。
そうしてほどほどにプレッシャーを感じつつ、新しい型の習得に取り組んで1時間弱。みてくれだけは、普通に型として通用しそうなものを描けるようになった。
あとは、これが本当に、思惑通りの機能をするかどうかだ。緊張感が高まる中、何度か深呼吸をして気分を落ち着け、俺は反魔法に逆向きの拡散型を合わせた。
そして、描き上げたものにマナを注ぎ込む。すると、期待した通りにマナの渦が伸びた。うまくいった。「やりましたね!」と、我がことのように喜ぶ声か聞こえる。
喜びと安堵、それにちょっとした疲労感を覚え、俺はテーブルに着いた。
試みはうまくいった。しかし、この手法にも問題はある。
「魔法庁が認めるかどうか、ですね」
「そうですね……」
こういう逆向きの拡散型か、あるいは逆向きに描くという手法が、すでに認識されているなら話は早い。しかし、まったくの新しい試みというのであれば、魔法庁が容認するかどうか。
それに、この逆向きの型の使い道は、他にはあまりないだろう。つまり、このためだけに覚える、つぶしの利かない型になってしまう可能性が高い。1から覚える手間を容認できるなら、可動型でひっくり返すよりは馴染みやすいとは思うけども。
そうして問題点について言及すると、彼女は困ったように笑って、「ままならないものですね」と言った。
「でも、色々アプローチがあるのはいいことですよ。みんなも、新しいアイデアを模索してくれるかもしれませんし」
「そうですね。それに、使い手に応じて違う反魔法というのも、ありかもしれません」
彼女の言う通りで、今日やってみたものは、上級者向けのオプションとしてであれば十分に有用かと思う。
そういうやり方は、どの魔法も使い手による差を生じさせないという魔法庁の理念には反しているけど、議論の余地がある案件だろう。
今日やってみたこと、得られた初見をメモに書き留め、俺は空を見上げた。日は沈んでいないものの、結構傾いている。
「そろそろ、中に戻りませんか?」と俺は彼女に問いかけた。少し間をおいて、彼女は「お父様のことを?」と問い返してくる。
「ええ、まぁ……なんていうんですか、その。お父上そっちのけで、俺が独り占めしちゃうのは、ちょっとよろしくないなと」
「ふふ、そうですね」
冗談交じりに照れながら言うと、彼女は微笑んだ。
父親視点で、あまり好ましくないシチュエーションだろうっていう話は、かなり本気で気にかけている。閣下は俺を信頼しておられるだろうけど……国境の防衛線から帰ったっていうのに、愛娘がご自身より昔の居候を優先してるってのは……ああ、閣下がどう思われるか云々というより、俺の方が申し訳なく思っているだけだ。
でも、純粋に、ご家族の時間を大切にしてほしいという思いもある。はっきり口にすると、彼女が気に病むんじゃないかと思って、冗談みたいな話を持ちかけたわけだけど。
そんなあれこれに思いを巡らせつつ、彼女の返事を待っていると、彼女はほんの少し伏し目がちに言った。
「お父様とお母さまが二人っきりでしたから……あまり、邪魔したくなくて」
「気を遣いすぎですよ」
「あなたに言われるなんて」
そう言って、彼女は朗らかに笑った。実際、こういうことに関してはお互いさまって感じがする。
それで、結局は俺の意見を彼女が受け入れ、2人で食堂へ戻ることになった。邪険にされたら、また裏庭へ行こうって話だけど、そうはならないと思う。
そうして俺達は、食堂に戻った。その時、ご夫妻は静かにしておられたけど、幸せそうなのはなんとなくわかった。
しかし……俺達が2人で一緒に戻ったのは、かなり良くなかったようだ。俺達の姿を認めると、奥様は一瞬の間をおいてからニヤニヤなされだした。
「あなた、昔を思い出すわね~」
奥様の問いに、閣下は苦笑いの後、そっぽを向かれた。俺は顔が真っ赤になった。隣の子の顔は……確認するだけの勇気が出てこない。
でもまぁ、たぶん赤いんだろうなぁ。
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