第223話 「これからの仕事②」

ギルドでの話が済んだ後、俺は工廠へ向かった。あの戦いに関しての話がまだだったからだ。それに、あの戦い以降、工廠で何かあったかもしれない。ほうきのこととか、闘技場修繕のこととか。

 もしかしたら、あちらからの呼び出しを待った方がいいのかもしれないけど、工廠の方が遠慮している可能性はある。そんな事を考えていると、「他の機関と仕事するときにはギルドを通して」という要請も、俺にとってかなり有意義に思えてくる。ギルドで情報の流れを一元化してもらえれば、みんな色々とやりやすくなるだろうから。


 工廠に着いて受付の方に来意を告げると、雑事部のみんなは中にいるようだった。所定の手続きを済ませて、中に入る。

 そして雑事部の研究室に足を踏み入れると、ソファで1人寝ているのが見えた。相変わらずだ。他のみんなは実験室にいるようで、部屋の中で起きているのはヴァネッサさんだけだった。彼女はちょっと困ったような微笑みを浮かべてソファを指差した後、俺に話しかけてきた。


「おはようございます。何かご用件でしたら、空いている机を使いましょうか」

「おはようございます。今日は仕事の話で来ました。あの戦いに関しての話が、まだ済んでないと思いまして」


 すると、彼女はいそいそと書類を用意し始め、俺を空いている机に導いた。対面する形で座り、彼女は俺に書類を1枚差し出してきた。魔道具の使用に関しての報告書とある。


「工廠としては、実地試験という名目でギルドに試作品を貸し出していた形になっています。ですので、使用者からの報告が欲しかったところです」

「ちょっと、うろ覚えになってしまいますけど」

「嘘でなければ構いませんよ」


 帰還が遅くなった事情が事情だけに、厳しく追及することはないようだ。にこやかにしている彼女に安心して、俺は書類に視線を落とした。

 報告の項目は多岐にわたる。魔道具としての性能についての項目から、服としての着想感、戦闘用の備品としての機能性などなど。言及されている項目数から、作り手の熱意を感じる。


「それと、この報告書の項目自体にも、何か意見があれば気兼ねなくお願いします」

「これの、項目ですか」

「はい。私達が気づいていない以外にも、重要な事項があれば付け加えるべきですから。できる限り多くの方が利用できるようにしたいと思いますし」


 きっと、実験室の中にいるみんなも同じ思いだろう。みんなで一緒の目標に向かっているように感じて、胸が暖かくなった。しかし、俺は当時のことを思い出すのがやっとで、なかなか項目の追加については考えが及ばない。

 そうやって記憶と格闘しながら報告書の項目を埋めていくと、ふと、先にこの報告書のことを知っていればと思った。しかし、実戦の前に知っていたとしても、いざ戦闘となると報告書のことにまで気は回らないだろう。やっぱり、戦闘後にすぐ見て埋めるのが一番か。

 ある程度項目が埋まってきて、筆の進みが目に見えて遅くなった頃に、ヴァネッサさんは「もう大丈夫ですよ」と言った。それから、結構申し訳無さそうな感じになって、もう一枚書類を差し出してきた。

 今度はほうきの使用に関しての報告書だ。飛んだ時の状況や、飛んでいて気づいたこと、2人乗りの際の負荷感などなど。こっちも結構細かいところまで聞いてくる。

 でも、1番目立ったのは最後の方の項目だった。自分で使ってみたい用途や、社会的に価値のある運用方法について、案があればとある。そちらに気を取られていると、「先にそちらからどうぞ」とヴァネッサさんが笑顔で言った。「私も気になりますし」

 ならばと思って、さっそく思いついたことを書き連ねていく。それで、あらかた書き終わったところで、何やら楽しみに待っている感じのヴァネッサさんに報告書を差し出した。上の方は白紙なんだけど、なんだかこれで十分みたいな感じだ。


「運搬業……特に郵便が有益、と」

「他にも色々と用途はあると思うんですけど、一番はそれかなと」


 空飛ぶほうきで郵便ってのは……まぁ、映画の影響ではあるけど、実際にかなり有益だと思う。どれだけ都市や集落間での郵便のやり取りがあるかは知らないけど、積み荷としてそこまで重くなくて、時にはすごく価値のある連絡ができて、公益性が高い。だから、ほうきで最初にやる事業としては、郵便が一番妥当だと思う。

 報告書には、他にも色々書いておいた。測地測量、偵察、レスキュー、レジャー、王城とかの外壁清掃など……読んでいるヴァネッサさんは、本当に楽しげだった。


「シエラも喜ぶと思います」

「……なんかもう、ヴァネッサさんはここの職員ですね」

「そうですね。みんな気がいいので、うまくやれているのだと思います」

「……魔法庁から見て、工廠ってどんな感じでした?」


 少し聞きづらいところがある質問だったけど、ヴァネッサさんなら話してくれるかと思い、いい機会なので勇気を出して聞いてみた。

 彼女は、少しの間キョトンとしていた。予想外の質問だったんだろう。それから、彼女は真剣な表情になり、目を閉じて考え込んだ後、静かに口を開いた。


「昔……といっても、去年秋までですが、良好な関係ではなかったと思います」

「なんとなく、そうなんじゃないかとは思ってましたけど、何か理由などは?」

「今よりも、工廠に対する規制事項が多かったですから。ほうきなんて最たるものですね。もちろん、こちらの方々も法に対する十分な理解がありますけど、私達の対応を良くは思わなかったでしょう」


 そう語る彼女の口調はどこか沈鬱で、自責の念がにじみ出るようだった。今の様子を見る感じ、彼女がかつての魔法庁で規制派の人だったとは考えにくいけど、それでも、ここのみんなには思うところがあるのだろう。

 それから、彼女は口をつぐんで実験室のドアを見つめていた。ややあって、静かに口を開く。


「嫉妬も、きっとありましたね」

「嫉妬、ですか」

「ええ。魔法庁にいた頃も、自分の仕事に誇りがなかったわけではありません。でも、工廠の子たちの方がずっと、自分の仕事というものに取り組んでいるように見えていたと思います。それが、うらやましくって、なんだか悔しかった。きっと私以外の職員も、大なり小なり、そういった感情はあったと思います」


 そう言い切ってから、彼女は目を閉じてため息をついた。それから、俺の方に向き直って話し出す。


「今の話、今日のお昼にでも、みんなに打ち明けようと思います」

「そうですか……きっと、大丈夫ですよ」

「ええ……よければ、同席していただけませんか? いい店知ってますから」

「……魔法庁にいた頃って、庶務課にいました?」


 尋ねても、彼女はいい笑顔のまま、何も言わずにいた。

 それから、また戻された書類の穴埋めをやっていると、実験室からぞろぞろとみんながやってきた。今の机では、みんなで使うには少し狭い。どうしようかと思っていると、職員の1人がソファに向かっていって、寝ていた彼を叩き起こした。他のみんなはテキパキと休憩の準備を進めていく。ちょっとした菓子を引っ張り出したり茶を淹れたり。

 そして、みんなでテーブルを囲んで休憩に入ったところで、ヴァネッサさんはウォーレンに瘴気を吸うベストの報告書を、シエラにはほうきの報告書を手渡した。他の職員たちは、覗き込むようにして報告書に視線を注いでいる。ウォーレンの方は、いつになく真剣な様子だ。一方のシエラも真剣な感じではあるけど、若干表情にほころびが見え隠れするのが、なんというか、嬉しかった。

 2人が一通り読み終わると、何を言うでもなく報告書を交換し、周囲のみんなも一緒に再度読み込み始めた。でも、雰囲気はさっきよりもゆるい感じがある。読み進めながら、ウォーレンが話しかけてきた。


「もしかしたら、ハッキリとは思い出せないかと思ってさ。それに、色々あって忙しそうだったから、ちょっと遠慮してたんだ。でも、こうして報告書を上げてくれてマジ助かったぜ」

「私も。ありがとね」

「どういたしまして」


 さっきの報告書もそうだけど、今2人が読んでいる方も、互いに管轄外ながら興味深そうに目を通していて、意義のある報告書になっているようだ。

 しかし、ヴァネッサさんから頼まれたのはこの報告書だけだった。2人からは、他に何かあったりしないのだろうか。


「なぁ、他に俺が何かすることってあるか?」

「ん~? 今まで通り、こっちに顔出してくれればって感じだけどな。急ぎの仕事はないぞ。シエラは?」

「私の方も、特には。4月からは忙しくなりそうだけど……」

「4月?」


 すると、シエラは「しまった」とばかりに片手で口を覆った。横にいる職員の子が、にやけながら肘で彼女の脇腹をつついていじっている。ウォーレンは、「内緒な」と前置きしてから、4月の件について話を始めた。


「ほうきで飛ぶための練習法とか、まとまってきてるところでさ。あと、闘技場の修繕も進んできてて、色々とまとめて来月頭に会議をやるっぽいんだ」

「へぇ、なるほど」

「お前にも出てもらうみたいだぞ」

「……まぁ、なんとなくそんな気はしてた」


 俺が会議の参加者でなければ、こんな重要な話は漏らさないだろう。それに俺は、ほうきで飛んだことのある、数少ない現場の人間だ。何かしらの発言を求められても不思議はない。

 しかし、かなり重い感じの会議になるだろう。尻込みするような思いを感じていると、シエラが真剣な目つきでこちらを見つめていた。


「あの……大変かもしれないけど、あなたが協力してくれると助かるから」

「……わかった。俺も、空を自由に飛んでみたいし」

「自由ってのは、ちょっと……リッツの場合は、少し遠慮してほしいかも。なんか、ほうき壊しちゃいそうだし」

「ちょっとぉ!」


 彼女の言い草には抗弁したけど、この部屋に俺の味方はいなかった。なんというか俺のことは、魔道具にも無茶させる奴みたいに思われているようだ。意識したことはないけど、強く否定できない何かはある。

 それから、完全に仕事気分が抜けきったみんなと一緒に、昼食を楽しんだ。

 昼食の席での、ヴァネッサさんの打ち明け話は、みんな最初はお世辞のように取っていたようだ。というのも、彼女の働きぶりで工廠の仕事がずんずん進んだので、みんなからすればヴァネッサさんの方がすごい辣腕に見えていたそうだ。つまり、お互いに高く評価していた感じで、ヴァネッサさんはみんなの話を聞きながら幸せそうに飯を食っていた。やっぱり彼女も、よく食べる方だった。



 昼食の後には魔法庁に向かった。あそこの敷居をまたぐのに、気後れみたいなものはもう感じなくなってきている。ただ、俺に向けられる視線には違和感があって、なかなか慣れそうにない。我ながら、贅沢な悩みをしているとは思うけど。いずれは、こうして注目を浴びる状況も終わるだろうか。

 廊下を早足気味に進んで庶務課の前に着き、戸をノックすると「どうぞ」という声がした。

 中に入ると、みなさんそれぞれの机でデスクワークしているところだった。邪魔になりやしないかと思ったけど、仕事の話は必要だ。課長さんのところまで歩いていって一言声をかけると、用件をすぐに察してもらえたようだ。室内の簡易な会議スペースに案内され、2人それぞれ席に着く。

 着席後、開口一番「例の事業についてですね」と尋ねられ、俺はうなずいた。すると彼は、真面目な顔で話を始めた。


「挙式希望の組は募集してましたし、応募もかなりあって抽選も済んでます。ただ、肝心の式を執り行うわけにも行かず、予約が滞っているところですね」

「申し訳ありません」

「いえ、主任が気にすることではないですよ。他にも式に取りかかれない事情はありましたし」


 俺がいなかったからというのはもちろん、例の事業がストップした主要な原因ではある。しかし、そもそも俺がいなくなっていた時期は、王都に対して魔人側からのプレッシャーが掛けられていた時期だ。なので、せめて黒い月の夜の後まで待って、安全を確認できてから……という声はあったようだ。予約していたカップルも、王都近辺が危うい中でヤケクソみたいに式を挙げたくないということで、どの組もむしろ式の延期を望んでいたそうだ。


「それに、魔法庁全体として、異例の事態の対応に追われていましたし、試験の準備もあります。そういうわけで、式の延期には納得いただけてます」

「そういうことですか……再開はいつからになりますか?」

「キリが良いので、4月からと考えています。当面は予約優先で週2組ずつってところですね」

「わかりました」


 しかし、今日の話は溜まっていた仕事に関するものだけじゃなかった。課長さんは真剣な表情で話を続ける。当事業の内製化についてだ。ブライダル事業の肝である複製術によるライトアップを、魔法庁の人員だけで行いたいというのが、魔法庁上層部の意向としてある。その理由は色々だ。

 大きいのは、現状みたいに担当者2人では、何かあったときに事業の継続が難しくなるから。実際に、今回はそういう事態に陥ったわけで、俺が戻ってなかったら事業の存続が危ぶまれるところだった。

 それに、いくら俺が複製術の使用許可を得ているといっても、やっぱり庁外の者に禁呪を任せるというのは抵抗感があるようだ。というより、魔法庁のプライドが、任せっぱなしにしているのを良しとしないみたいだ。


「若手というか、私よりも更に若い世代で、ぜひともと手を挙げる職員が何人もいますので、できれば指導していただければと。もちろん、その分の報酬は支払いますので」

「それは構いませんけど、スケジュールは?」

「ギルドとも相談して決めようかと。闘技場を使う都合上、夕刻から1日あたり数時間という形になるかと思います」


 つまり、俺達が式に向けて練習をしていたのと同じような感じでやっていくのだろう。ギルドも一緒に話を進めるというのであれば、俺の方からは異存はない。まぁ、アイリスさんにも許諾を取らないといけないだろうけど、二つ返事で快諾しそうではある。


 例の事業に関しての話はそんなところだった、試験の都合もあって、挙式と練習は4月から。

 しかし、話が一段落したところで、課長さんは「内密の件ですが」と切り出してきた。


「魔法を消す例のアレについての話です」

「どうなりました?」


 確か、年末あたりに話を伺った際には、魔法庁でとどまらない大事になってきているって話で、初夏辺りまでもつれ込みそうってことだった。


「予想よりは早く話がまとまりつつあるようで、4月の頭までには一区切りつくとの見通しです」

「4月、ですか」

「はい。4月初旬に関係者を集めて会議を行うとのことで、主任ももちろん呼ばれるでしょう」


 工廠で聞いた、ほうきの件を思い出した。あれも4月に会議があるって話だ。別件だろうとは思うけど、まったくの無関係とも言い切れない感じがする。頭の中では、2つが結びついてしまっている。それが合ってるかどうかはわからない。

 ただ、何か大事の渦中にいるのは間違いなさそうだった。

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