第213話 「宿命の戦い②」
少し離れた所で、戦いの光が絶え間なく輝く。半端な気持ちじゃ立ち入れないくらいに、戦いは激しい。天と地を行き交う猛攻の応酬に、私の心はかき乱される。
時折、やり取りが途切れる。それから、戦いで生じたマナの霧が晴れて彼の無事を確認するたび、私はホッと胸をなでおろした。でも、すぐにまた戦いが再開して、私の心は不安で満たされる。
私の後ろでは、アイリスさんが静かに深呼吸をしている。早く逃げるべきなんだろうけど、アイリスさんの願いで私達はまだ戦場を離れず、今は木立の中に身を潜めている。「あの2人を置いていけない」ってことだったけど、それは私も同じ。だけど……。
事前の話では、彼のために目印として大規模な魔法を展開するから、相当消耗するはずって聞いていた。だから、彼を呼び戻すのに成功したら、万一に備えて離脱するようにって。
そういう指示を出していたのはウィルさんだ。魔法庁の元長官さんだけど、私のことは正当に評価してくださっている。その事は嬉しいし誇らしいし、きちんと応えないとって思う。でも……。
万一があってはならないから、アイリスさんを無事に帰すのが私の仕事だけど、目の前の戦いで万一があったら? 右手に持ったほうきを、今では命を測る天秤みたいに感じる。
――私だけでも、加勢に行けば。そんな考えが頭をよぎった。空中戦なら負けないっていう自負がある。少しでも、あの男の邪魔をして、2人の負担を軽減できれば。
でも、そうなるとアイリスさんが1人になって、私達の戦いを眺める構図になる。そんなのを許す人とは、とても思えない。
そうやって、身の処し方を決めきれずに迷っていると、後ろから声がした。
「お待たせしました、行きましょう」
「……行くって、帰るってことですよね?」
「いえ、あっちですよ」
そう言ってアイリスさんは目の前の戦場を指差した。息は落ち着いていて、少し回復したように見えるけど、そう見せているだけかもしれない。
「ダメですよ」と私は答えた。けれど、本当にダメだって思ってるなら、無理にでもほうきに乗せて飛び立たないと。私はただ、決断のために、強い言葉をもらいたいだけなんだ。そんな心の弱さを自覚して、自分を情けなく思った。
気がつけば、私は少しうつむいていた。すると、足音が近づいてきて、空いている左手をアイリスさんの両手が優しく包み込んだ。心が揺れ動く私に、アイリスさんが語りかけてくる。
「2人で加勢して、4人で帰りましょう」
「……でも、もし万が一があったら」
「私の万一はダメで、あの2人の万一はいいんですか?」
「それは……」
「……私達4人は、それぞれ別の形で、多くの方に必要とされる人材だと思ってます。いえ、これからももっと、求められる人材になっていくと思います。そんな私達に上下はないって、信じてますから」
そう言ってアイリスさんは、強い光をたたえた瞳で私を見つめながら、にっこり笑った。
上下はないなんて、私にはそう思えなかったけど、でも嬉しかった。この気持ち、受け取った言葉を、嘘にはしたくない。一緒に戦いたい。今まで見送ることしかできなかったけど、一緒に立ち向かって、みんなで帰りたい。
ようやく私も心が決まった。私達2人で助けに行く。2人でほうきにまたがって出撃準備をしながら、私はアイリスさんに呼びかけた。
「動いているときは魔法なんて書けませんから、そこだけは気をつけてください」
「ええ、わかってます。できれば、相手には早く気づいてもらいたいですね」
「えっ?」
「だって、そうすれば私に魔法を撃たせないために、こちらに攻撃が集中するかもしれないじゃないですか」
私達2人で囮になろう、そう提案されている。こんな状況でそういう案がパッと出てくることに驚き、ほんの少し呆れ……私への信頼を感じて胸が熱くなった。
「本気で飛ばすから、攻撃はお願い!」
「ええ、任せて。あなたの分まで頑張るから」
「私の分?」
「結構、恨みがあると思って」
言われてみればごもっとも。ほうきの研究でどれだけ邪魔されたか。私が一番、根深い因縁があるかもしれない。でも、散々研究を邪魔された私のほうきで、今からアイツの邪魔に行く。そんなステキなめぐり合わせに、心が踊った。
「行くよ!」
「ええ!」
掛け声とともに、私達は空へ翔けだした。2人を乗せたほうきだけど、重さなんてへっちゃらだった。背中に感じる熱さが、私を押してどこまでも力を与えてくれるから。
☆
容赦のない攻撃にさらされているうちに、なんとなく色々なコツをつかめてきた。
世界が遅くなるアレは、使い所を間違えなければ助けになるけど、負担になっているのは間違いないようだ。大きな攻撃の一波を防いで一息つくたび、強い虚脱感に襲われる。
あの遅くなる感じが、実際にどういう負荷になっているのかはわからない。マナへの負担はあるだろうけど、精神的な疲労も大きく感じる。遅くなった世界の中では、”いつの間にかやり過ごせた”みたいな幸運が存在しない。すべてが自分の認識下にあって、そのすべてに向き合わなければならないから。
だから、負担を強いるあの感覚だけに頼らない、別の手立ても必要だった。
目の前の一面を矢で塗りつぶす、力押しの極致みたいな攻撃が迫る。範囲の広さからいって、避けきれそうにない。俺は受け止める構えをとった。
もう少し効率のいい防御策ということで思いついたのが、
しかし、空から攻撃を振らせてくるあの男は、俺の青緑みたいな低級な色を使おうとはしない。赤や紫、白みたいな強い色でゴリ押してくる。だったら、双盾でわざわざ色を変えず、自分の色で作ったほうが負担は減る。
加えて、普通は光盾を、場持ちさせるための継続型・持ち手に合わせて動かすために追随型を使うけど、これらも全部カットして単発型の光盾を使うことにした。どうせ守りに入るとその場に釘付けになるし、作った端から壊されるんだから、継続型も追随型も不要だ。
そういうコストカット案により、光盾を3つ重ねて使えるようになり、防御の安定感が増した。そういう解法に至ったのも、遅くなった時間の中で考える余裕があったからだ。そして、安上がりな光盾のおかげでもう少し余裕ができ、節約の甲斐もあって光盾と
ともあれ、空歩があれば、奴の攻撃でズタズタになった地面でも足を取られずに歩き、攻撃を回避することができる。
そうやって、この土壇場で考えて試して決行することで、熾烈さを増す破壊の雨の中、俺はどうにか切り抜けることができた。
マナと土が合わさってできた煙が晴れると、奴はそのたびに叫び声を上げた。いつまで経っても俺を殺せないでいることへの怒りが、天地を震わせる。そういうときも、ウィルさんの攻撃が情け容赦無く炸裂し、奴を覆う
激しくなる一方の攻撃だけど、俺はなんとか対応できるようになってきている。でも、決して油断はできない。俺には切り札があるように、奴にもそういうのがあるかもしれない。
それに、奴がキレるたびに、少しずつ瞬間的な攻撃の出力が上がってきている。ぶっつけ本番での俺の上達を、奴の殺意が追いかけるみたいに。その力任せな攻撃は、奴の最後を早めている、そんな直観がある。つまり、後先考えない奴の殺意が、俺と奴のどちらを先に焼き尽くすか。今の戦いは、そういう持久戦だ。
またひとかたまり、襲来した攻撃をしのぎきり、ついでに白い矢を飛ばす。すると、雄叫びを上げた奴は俺に向けて腕を構えた。
そこに、この場の誰も予想していなかったところから横槍が入った。夜空を切り裂くビーム砲みたいな雷光が、奴を襲う。それで奴が倒れるようなことはなかったけど、あたりが昼間みたいに感じられるくらい激しいスパークが起きて、濃密な赤い泡膜は一瞬で消滅した。度肝を抜かれたのか、奴はその時だけ攻撃の手が緩んだ。
ここが勝負どころだ。俺は奴に注意を向けつつ、慎重に腰の道具入れを探って、白いマナを入れた指輪の残りを取り出した。それらを左手の指につけていく。指1本につき指輪1つしか効果がないのはわかってる。だから、親指以外で魔法を書く感じだ。左手での記述は慣れてないけど、こうして準備できるタイミングなんて千載一遇だ。贅沢は言ってられない。
俺がそうやって準備している間にも、増援の攻撃は続く。弧を描いて襲いかかる稲妻や、紫の矢。誰のものかは疑いようがない。横からはウィルさんの、「まったく、最近の女の子はやんちゃだな!」と、妙に嬉しそうな声が聞こえた。
ほうきで飛ぶ2人の断続的だけど痛烈な雷撃と、ウィルさんの的確な光線や矢の集中砲火が、奴に襲いかかる。多くの白い羽が、翼から舞い散っては空に溶け、そこで奴は初めて防御に専念しだした。奴が展開した泡膜は、白昼という言葉が自然に思い浮かぶぐらい、真っ白で煌々としたバリアだ。
「距離をとって、もうひと押しを!」というウィルさんの号令に、シエラは即座に反応して間合いを確保。そして、白い火の玉みたいな奴へと、4人で攻撃を開始した。全員白い矢だ。
泡膜は特に反応を示さず、透過した矢が奴に何発も突き刺さった……はずだけど、特に変化は感じられない。でも、効いてないとも思えない。
それでも攻撃を続けていると、目もくらむような白い閃光が走った。すぐに、俺を呼ぶ女の子の叫び声が聞こえ――霞む視界の中で、羽を散らしながらこちらに一直線に突っ込んでくる、奴の姿が見えた。
直撃だけは避けないと。奴が向かう先から離れるようにして体を動かすと、すぐ後に地面に衝撃が走った。突撃だけは回避できたようだ。しかし、まだぼやけた視界の中で、奴は俺の背後へ容易に回り込み、俺の左腕を取って背に曲げ拘束した。
「お前だけでも、殺してやる!」
「うるさい、1人で死んでろ!」
閃光の影響がやんで視界がはっきりした頃には、膠着状態になっていた。俺を盾にされて、3人が動けないでいる。すると、奴はタガが外れたような高笑いを始め、何かの魔法の記述を始めた。白い魔法だ。それ以上はわからない。
「おい、何の魔法だ?」
「ハハハ、お前が知らない奴だ! 見て覚えるんだな!」
足元にできあがった器はかなり大きく、俺が覚えた魔法よりもランクは高いようだ。その器に光が収束していく。「自爆するつもりです!」という声とともに、アイリスさんが空で紫の魔法陣を構えた。
「ハッ! 魔法を”破壊”するつもりか? 一歩間違えれば、お前がコイツを殺すことになるぞ?」
「それでも私は……自分の腕を信じます!」
足元の光は一層強くなり、終局が近づいているのがわかる。文はない。マナを溜め込むだけ溜め込んで、最後に文を合わせるタイプなんだろう。
このままだと、アイリスさんがうまくいくかを待つバクチになる。今までだったらそれでもいいんだろうけど、俺にはまだできることがある。それを試したい。
俺は息を止め、精神を集中させた。すると、死線上にある状況だからか、あの感覚が応えてくれた。また、世界の動きが遅くなる。
俺は右手に意識を集中し、
奴の色を再現するために、現世で何千回繰り返したかわからない。そんな、手当たりしだいにRGB値を探すような練習の結果、半球上における奴の色座標は体で覚えるレベルに至っている。色選器を作ると最初に奴の色になるくらいだ。
問題は、白く染めるのがメチャクチャ疲れるってことだ。色選器自体の効率もあるし、白が高級な色って事情もある。この右手の白いマナで魔法を書くのは、夢のまた夢って感じだ。
でも、すでに書かれた魔法に干渉する程度なら……。
うまくいかない可能性ってのは、やっぱりある。そもそも、指輪が奴のマナを正確に吸い取ってなかったら? あの時の奴と、今の奴でマナが微妙に違う可能性は?
そんな事を考えながら、俺は右手の白いマナを足元の器に伸ばす。不思議と恐れはない。ただ、すごくドキドキしてるだけだ。やたら難しい過去問を解いて、答え合わせに入るときみたいな。命がかかってるってのに、そんなことを思った。
果たして、俺の努力は奴の魔法に届いた。他人が書いた魔法が頭の中に流れ込む、かなり奇妙な感覚があって、俺もこの魔法の術者になったのがわかる。
それから俺は、右手を動かして、この魔法を書き損じさせる。極限下で白いマナを絞り出そうとするだけでも、相当な消耗を感じるけど、どうにかなった。頭の中と足元で、それぞれ器が消えてなくなり、白い光の粒子になった。
それから、強い疲労感を覚え、左腕を拘束されていた力が弱まった。時の流れがもとに戻って、奴が狼狽したんだろう。
なかなか言うことを聞かないくらいきしむ体を、意志の力でよじって後ろに振り向く。すると、目を見開き半ば呆然とした奴の顔が見えた。その顔に向けて、自然と右手が伸びた。魔法を書くためじゃなくって、握りしめた右拳が。
俺の拳は奴の顔面を捉え、奴は無抵抗に後ろへ飛んだ。残った翼のほとんどすべてが、バラバラな羽になって散り、空に消える。
そして……仰向けに倒れた奴の表皮に、とことどころ亀裂が入り、内側から淡い光が漏れ出した。
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