第187話 「出撃前日③」

 エスターさんの店から出て、ギルドの様子が気になった俺は中央の方へ向かった。

 すると、締め切り時間を迎えつつあるからかもしれないけど、受付部分では納まりきらない冒険者が、行儀よく一列に並んで中央広場にまでせり出している。喜んでいいのかどうかはわからないけど、少なくとも心強さは感じて列に近づく。すると、列に並ぶ知人の1人が俺に話しかけてきた。


「よう。お前はもう、昨日のうちに決めたんだってな」

「なんで知ってんだ……」

「いや、殿下とお話されてたって話だし。誰か見てて、その後ウェインさんに聞いたんだろ」


 ああ、なるほど。あのとき急に呼ばれて話を持ちかけられて、少しテンパってたのかもしれない。周りのことがあまり見えてなかったけど、注目を浴びる状況だったのは間違いない。


「……で、お前も参加するのな」

「ん、まぁな……なぁ、殿下の演説ってどう思った?」


 あのときの演説は、なんだか、どう解釈していいのか困る。端的に言えば、ものすごく率直なお言葉をいただけたと言う感じだ。飾りっ気もあまりなかったように思う。ああいう場の演説としてイメージするものとはかけ離れていた。

 しかし、思ったことをそのまま口にして良いものかどうか。判断できずに言葉を選んでいると、彼はフッと笑って言った。


「なんつーかさ、表現に困るよな。んで、ちょっと冷静になって自分で考えて……」

「参加を決めたって?」

「ここのみんな、そんな感じだと思うぜ」


 俺達の話を聞いていた連中は、うなずくなり、微笑んで目を閉じるなりして同意した。


「……なんていうかな。結局は俺達の気持ちに託してもらえたのが、嬉しかったのかもな」

「そうか」

「お前は……直々にお言葉を掛けられたわけだけど」

「悪いけど、内緒だからな」


 俺がそう言うと、聞き耳を立てていた連中が一斉にブーイングを飛ばしてきた。その様子に、何事かと列の先の方の連中まで俺に視線を飛ばしてくる。


「あーうっせ! ちゃんと参加したら道中聞かせてやるから!」

「よっしゃ、みんな静まれ!」


 それまでブーイングしていた誰かが号令を飛ばすと、急に静かになって、それからクスクス笑い声が漏れ聞こえた。

 また勢いで安請け合いしてしまったかもしれない。静かになってからも集まってくる興味津々な視線に居づらさを感じて、俺は足早に立ち去った。



 一度宿に戻ってお昼をとった後、今度は孤児院に向かった。

 孤児院には既に先客がいて、ネリーとジェニファーさんがこどもたちと部屋の中で遊んでいた。昼の休憩で一緒に遊んでいたそうだ。「今日、死ぬほど忙しいからね。息抜きしてるの」とのことだ。

 遊んでいる子たちは、俺が事情を話す前から、心配そうな目でこちらを見てきた。既に来ていた2人は、ここの子たちに隠し立てなんてしなかったようだ。院長先生も、それは許可しているらしい。

「リッツ先生も、出ていっちゃうの?」と聞かれた。


「……も?」

「私も出るよ。本営の救護班」


 そう答えたネリーは薬学に覚えがあって、応急処置も得意だ。いざとなれば魔獣に応戦もできるから、適任には違いない。

 一方、俺達を見送る立場になるジェニファーさんは、少し不安げな視線を俺に向けたけど、すぐに表情を切り替えて明るく振る舞った。こどもたちの前で、心配がっていられないからだろう。例の、失敗した依頼の件ではだいぶ落ち込んだそうだけど、気が弱いとかじゃなくって、単にものすごく誠実なだけ何じゃないかと思う……まぁ、ちょっとウェットなところもあるけど。

 ギルドの受付2人のお昼休憩が終わる頃になって、ネリーが苦笑いして「これから大変だぁ」と言った。それに先輩が含み笑いを漏らす。それから、2人の見送りになると、どの子もすごく名残惜しそうになった。特に、ネリーは包囲網が敷かれて中々身動きができない。結局、院長先生に諭されてこどもたちは囲みを解き、ネリーは一人一人の頭を撫でてやってから仕事へ向かった。そして、彼女らの代わりとばかりに、俺の方へ皆がなだれ込んでくる。

 それから、院長先生と一緒に読み聞かせなどして過ごしていると、今度はラウルがやってきて、またみんなが囲みに行った。

 1人で来たラウルに、「あの子は?」と聞くと、彼は頬を掻きながら「1人になりたいってさ」と答えた。あの子の素性については詳しく知らないけど、きっと待つ側なんだろう。恋愛に関して真面目な女の子たちは、そのへんの機微を察して深く追求はしなかった。

 アイリス先生は、中々やってこない。たぶん、来ないんじゃないかと思う。こんな状況だから、色々と忙しいのだろうし。こども達は、彼女が中々来ないことについて不安そうにしていたけど、「お仕事で忙しいんだよ」と言うと、そこまで突っ込んだことは聞かないでくれた。

 全体的に、みんな今日はおとなしいと言うか、聞き分けが良いと言うか。気になって年長の子に聞いてみると、単に元気がないってのもあるけど、明日から戦いに行く俺達のことを気遣って遠慮してくれてるとのことだった。別に院長先生の指示でもなんでもなくて、年長組の考えをみんなが受け入れて、自発的にそうしているとのことだ。

 その話を聞いてなんだか嬉しくなって、その年長の子の頭を撫でてやると、彼は少しずつ表情を崩していって終いには泣き出し、俺に抱きついてきた。

 そこからはもう大変だった。感情の波が伝播していって、抑え込んでいたものが堰を切って溢れ出し、泣き出す子たちに抱きつかれた。ラウルも似たような状況で、彼は戸惑いつつもこどもたちを優しく撫でている。

 そんな様子を少し羨ましそうに見ていた、年長のませた女の子が、ラウルに「私達でいいの?」と問いかけた。


「それって、どういう意味だ?」

「わかってるくせに……」


 その子は、別に意地悪するでもなく真剣な顔で言った。対してラウルは、目を閉じて考え込む。そして、抱きついてきている子たちの頭を撫でてつつ、「ごめん」と言って囲いから抜け出た。


「すみません、院長先生。用事ができまして」

「もとから有ったのではないですか?」

「……そうですね。そう思います。リッツ、後は頼む」

「任せろ」


 ラウルは最後に、とびっきりの笑顔を子どもたちに向けて「またな!」と言い残し、ダッシュで孤児院の外に消えた。その背中が小さくなっていくのを見て、また泣きそうになっている子を俺は抱きかかえた。

 すると、おませさんな子が聞いてくる。


「リッツ先生はいいの?」

「あいにく、そういうのがなくてさ。でも、ちょうどよかったろ?」


 みんなを独り占め状態になって、満足に身動きも取れない俺を見て、その子は笑った。



 結局、日が沈むまで孤児院で遊ぶ感じになった。いつも日が沈むまで滞在しているから、それで良いのだと思う。

 アイリス先生はやっぱり来なかった。たぶん、会議とかあったんだろう。致し方ないことだと思う。そもそも、王侯貴族の方々は王都に控えられるという話だ。だから、あえて今日挨拶に来る必要はなかっただろう。というか、今日来たら変に勘ぐらせるかもしれないし。

 お別れの時間になっても、最後まで遊んであげた俺を離すまいと、年少の子がしがみついてくる。それより年上の子が、たしなめつつ引き離そうとするけど、上目遣いで見られると胸が痛んだ。別に、俺が悪いわけじゃないはずだけど。

 院長先生の説得の甲斐もあり、玄関口でみんなが整列し俺を見送る段になると、小さくすすり泣く声が聞こえた。

 やっぱり、こういう状況でなんとなく感じてしまうものとか、あるのかもしれない。そういう悪いものを払拭してあげたい、そう思う。

「いい子にしてたら、ちゃんと帰るからさ」と言いつつ頭をポンポン叩いてやると、すすり泣いていた子は、声をつまらせながらも「はい」と言ってくれた。


 それから孤児院の敷地から出て、宿まで道を歩いていると、向こう側からすごいスピードで走ってくる人影に目を奪われた。それは、途中で進路を俺の方へ向け、こちらにいくらか控えめなスピードで向かってくる。


「……アイリスさん?」

「……はい。あの、みなさん、帰ってしまいましたか?」


 彼女はいつもの孤児院の先生向けの変装をしている。少し息があがっているあたり、今の今まで何か別件があって、大忙しでやってきたってところだろう。

 先生はみんな帰ったし、そもそも夕方まで遅く残ったのは俺だけだと伝えると、彼女は「そうですか」と残念そうに言った。


「みなさんとも、お話したかったですけど……」

「……とりあえず、適当なところでゆっくりしませんか?」


 往来で息を切らしているところを見られると、変に思われかねないし、このまま話をさせるのも悪い気がする。そこで、街路のベンチに腰掛けて回復を待つことにした。

 あたりはすっかり暗くなって、暖色系のマナの明かりが、暗闇に俺達のベンチを浮き出させている。街路には俺達以外いないのは幸いで、他にも誰かいたら結構目立つ気がしてならない。

 そんな事を考えつつ、アイリスさんの回復を待っていると、割とすぐに呼吸が整った彼女がこちらに顔を向けて口を開いた。その表情はすごく真剣だ。


「……今回の件、救護として出られると聞いてます」

「はい」


 すると彼女は黙り込んだ。本当に物静かな街路で、彼女の息遣いだけが聞こえてくる。


「……あの」

「何です?」

「頑張ってください」


 今日一日、色んな方から色んな言葉で声援を頂いてきた。どれも大切な言葉だった。

 でも、今もらった一番短なエールが、一番心に響いた……そんな気がする。言葉は短いけど、俺のことをよくわかってもらえているという感覚がある。

 正面から彼女の顔を見据えて「はい」と返すと、彼女は何も言わず、ただ微笑んだ。俺にとってはそれで十分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る