第137話 「いよいよ当日」

 いよいよ迎えた結婚式当日の10月15日。王都の町並みには、すぐに分かるほど露骨な反応はないものの、朝っぱらからソワソワした雰囲気が漂っていた。

 心配していた天気は見事な秋晴れだった。あとは客がきちんと来れば、客が問題を起こさなければ、俺がきちんと照明係を果たせれば……案外残った厄介事は多いけど、ここまで一緒にやってきた仲間のためにも、どうにか成功させないと。

 午前中はギルドや魔法庁、工廠の人員を駆り出して会場の設営を行うという話だ。そこら中からベンチを引っ張り出しては、闘技場の中央部分に友人・関係者席を設けるらしい。教会と聞いて俺みたいな”現代人”がイメージするベンチの配列だ。

 そういった準備が整ってから、観客の入場を開始する17時までの時間が、例の魔法のリハーサル時間となる。だから昼までは特にすることがなく、待機する形だ。

 宿主のお2人、同居人のみなさんは、式には喜んで参加するらしい。俺が裏方で色々動いていると察して、気を使ってくれたのかもしれないけど、みなさんのような感じで大勢が観覧してくれればと思う。


 待機時間は、やっぱりソワソワして落ち着かず、何にも手がつかないまま時間だけが早く過ぎた。昼食は少し軽めにしてもらって、平らげた俺はさっそく闘技場へ向かった。

 闘技場では、席の設置がすでに終了したらしく、荷運び要員はすでに出払っていた。代わりに忙しそうなのが工廠の方々だ。

 闘技場の機能回復のために動いていた彼らだけど、まずはマナを通すための回路の修理や動作確認を完了させ、つい数日前に闘技場の照明機能を回復させたところだった。照明といっても球状のナイターみたいな感じではなくて、足場や手すりが明るくなる夜間用の誘導灯みたいな感じだ。俺の提案で日が沈んでからの挙式になるからと、急ピッチで進んだ照明機能回復だったけど、今後の機能回復作業や闘技場の開放時間の延長を見込めるということで、誰にとっても都合のいい作業だったらしい。

 今、工廠の方々が確認しているのは、照明がきちんと付くかの最終確認だ。設営時の搬入の際、どこかに物をぶつけているかもしれないし、実際に人が行き交う動線を考慮する検証も、ベンチ等を設営してからじゃないと正確にはできない。

 一応、ランタン類の準備をするようにと、式への参列者にはチラシやらなんやらで告知してあるものの、闘技場側の機能でまかなえるならそれに越したことはないということで、余念のない検証作業が進行中だ。

 そんな忙しそうな彼らが俺に気づくと、すかさず「頑張れよ大将!」「主任だっつーの」「あはは」と賑やかな声が聞こえた。工廠の職員は、魔法庁の職員に劣らないレベルのインテリ揃いらしいんだけど、性格はかなり陽気で快活な方が多く、仲良くなるのにはさほどかからなかった。俺は彼らの仕事ぶりに興味があったし、彼らも人力で大規模な照明をやろうという俺の暴挙には興味津々だったようだ。

 そうやって、工廠のみんなと軽く会話してから、俺は闘技場の中心へ向かった。


 中心部分にはイメージ通りベンチが並んでいて、ベンチに挟まれた即席の道の先には、それらしい祭壇的なものが見える。あそこで色々誓うんだろう。

 その祭壇のあたりに、お嬢様と課長さん、それにジェニファーさんと、昨日知り合った方がいる。昨日知り合った年下のイケメン男子アルフレッド・ローゼンは、最前線の拠点からこちらへ状況確認のために来たらしい。

 彼は「王都では色々あったけど、それでもなんとか立ち直ったよ」と報告して、最前線の兵の心配を解消するため、今回の式に参加してレポートを書きたいとのことだった。お嬢様を始めとして、立場のある方々が彼に対してはかなり礼を尽くした振る舞いをされているので、本当に要職にあるお人なんだろう。


 リハのための人員が揃ったところで、さっそく1回通し練習をすることになった。魔法陣を多段複製で幾つも展開し、闘技場の全域に広げてから光球ライトボールにする。光球で敷き詰められた状態が出来上がってから、何度か波打たせることができれば安定した状況ということで成功、そこまでたどり着けなければ失敗という感じだ。

 お嬢様と目配せした後、お互いごく僅かにずれる程度の位置関係で、手まり程度の大きさになる継続・可動型の器を描く。その後は、多段複製術で闘技場に敷き詰めていく。練習の最初のうちは世代数を数えていたものの、複製術の残り世代をキャンセルできると知ってからは、端に到達した時点で複製を終了させるようになっている。なので、どれだけコピーやってるかは定かではない。そもそも、コピー元の光球だって、一定の大きさで作っているわけではないし。


「リッツさん、できましたよ」

「え? ああ、ありがとうございます」


 アルフレッドさんに肩を叩かれ、我に返る。どうやら複製が端まで届いたようだ。世代が増えて領地が増すほどに、意識が薄く引き伸ばされる感じは、いくら練習しても変わらなかった。だから、本番でも魔法庁の職員さんについてもらって状況を教えてもらうことになっている。そうやって他人任せに状況を知るぐらい、自分の五感が当てにならなくなってしまう。

 複製が完了した後はコピー元に光球の文を書き込み、それを各世代へコピーさせていく。その複製が終わるまで何とか意識を保ち続け、反応が終わったところで光球を動かす。動かすといっても、コピーそれぞれに指示を出すのではなく、全体を1つの面として捉え、波打たせるようにイメージする。そうすると、考える負荷を少なくした上で、ダイナミックに魔法を動かせるわけだ。


「いいですね、バッチリです!」

「ありがとうございます」


 少しぼんやりしながらも、ジェニファーさんの賛辞に返事をし、そこで俺は魔法を解いた。お嬢様は、少し疲れている感じはあるものの、俺と比べれば全然だった。

 現状の感じでは、本番でもなんとかやれそうではある。ただ、問題なのはいつ魔法を展開するかだった。課長さんが話し出す。


「器の状態を広げきるまでに数分、器を光球に変換するまでさらに数分。器の方は、やはり式が始まる前に先に広げきる形になりますね」

「チラシには、その旨の記載があるんですっけ?」

「はい。足元に器がギッシリ広げてあるけど、演出用だからビビらないでねと。地面の特等席は友人や関係者向けの席になるので、理解は得られるでしょうし、今のところ否定的な意見は来ていません」


 あらかじめ器を敷いておくというのが、当初からの想定ではあった。懸念があったのは、参列者が魔法の真っ只中へ足を踏み入れるということだ。演出のためといっても詳細は伝えられないだけに、参列者からの強い抗議があるんじゃないかという恐れは正直あった。しかし、当日になってもそういった意見が表出していないようなので、この方向性で行けそうだ。

 では、その器をいつ光球に変えるか?

「花嫁の歩調に合わせて変わっていくと、ロマンチックですよね」とジェニファーさんが言うと、お嬢様もすかさずそれに同調した。女性陣の言う通り、そういう演出をできればベストだろうけど、まず無理だろう。俺より先に課長さんがそれを指摘した。


「複製の開始は闘技場のど真ん中になりますから、円の端から入場する花嫁に合わせるのは難しいですね」

「それに、歩くスピードに合わせるのも厳しいです」


 まぁ、お嬢様もそのあたりはわかっていたはずなので、きっと言ってみただけなんだろう。でも、やはりほんの少し残念そうにされている。

「そのあたりは今後の課題ですね。また次の機会に」と課長さんが言うと、今度はアルフレッドさんが食いついた。


「次の機会もあるのですか?」

「はい。これまで禁呪として規制されてきた魔法を、魔法庁監督下で民間利用しようという考えがありまして、今回の式は事業化に向けた第1弾となります」


 そういえばそういう話だった。今回ので反響があればまた今度も、ということになる。1回で終わらせるとあの2人への贔屓ということになりかねないし、何回か繰り返して王都の雰囲気が明るくなっていくなら、願ってもない話だと思う。

 俺への仕事が増える話にはなるけど、事業化の案は俺的にはアリだった。お嬢様も同じようなことを考えているのだろう。特に何か言うわけではなかったけど、穏やかな笑みを見ればそれがわかった。

 そして、アルフレッドさんは事業化という話に強い興味をいだいたようだ。少し考え込む姿勢を見せた後、メモとペンを取り出して目にも留まらぬ早さで何かを書き付けた。


「詳しいお話を伺っても?」

「いえ、申し訳ございませんが、まだ話として提示できるレベルのものでは……今回の式の結果を受け、少しずつ案として練っていく形になるでしょうか」

「なるほど。素案までは魔法庁の内部にとどめたいということですね」

「ご理解いただけて助かります」


 互いに話が済んだらしく、会話はそこまでとなった。

 後で課長さんに聞いたところによると、ああいう事件が起きた後だからこそ、自分たちで意思決定して民のために動いている、そういう実感が魔法庁には必要なのだそうだ。そうなると、魔法庁で主導権を握っているというコントロール感が必要で、案を表に出すまでの初期段階では他者の介入を避け、あくまで魔法庁の考えとして表明するように持っていきたいとのことだ。


 会話の後、それからも何度かリハと休憩を繰り返し、本番に向けて心身を慣れさせていく。

 時間が経つにつれ、地に落ちて伸びる影が長くなってくると、もうそろそろだという思いが強まる。心臓が高鳴り、少し手が熱くなる感じを覚えた。

 練習の合間、ぼんやりとしていると「ヘイ、主任!」と背後から明るい声が。振り向くと、工廠の友人が酒瓶片手に立っていた。


「疲れたろ、霊薬でもどうよ。ちょっとはほぐれるだろうし」

「いや、友人の式の直前に一杯ってのもどうよ」


 俺は少し抵抗感を示したものの、後の4人――課長さん、お嬢様、ジェニファーさん、アルフレッドさん――は、意外にも乗り気だった。

「一杯ぐらいなら、開始までに酒気も抜けますよ」とお嬢様。ジェニファーさんも「緊張していては力が出せませんし」と、至極真面目な顔で言う。

 まぁ、飲む流れかなと思って、用意のいい友人が持ってきたコップに霊薬を注いでもらい、その場で乾杯することになった。

「誰が音頭とります?」と俺が聞くと、課長さんがいい笑顔で答えた。


「もちろん、主任ですよ」

「……でしょうね、わかってましたよ」


「では、えーっと……式の成功を祈念して、乾杯!」

「かんぱーい!」

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