第135話 「最近の実験結果」
10月6日。朝、ギルドに顔を出すと、受付の方からメルの伝言を聞いた。最近全く話す機会がなかったので、近況報告でもどうですかとのことだ。
記憶が確かなら、前に会ったのが2ヶ月前になる。月イチぐらいで会おうと思っていたところ、例の騒動があって会う機会がなくなっていたわけだ。こちらとしては、彼が調べ回って掴んだ情報に興味があるし、向こうも俺が仕入れたネタには興味があるだろう。
伝言通り昼に図書館で待ち合わせた後、俺達は王都からだいぶ歩いたところにある林へ向かった。林の中には少し小高くなっている箇所があり、木々に遮られた視界のおかげで外からは見られにくく、こっそり魔法を使うにはもってこいの場所になっている。
目当ての場所につくなり、まずはDランク魔道士昇格を祝われた。魔法使い的にはメルのほうがずっと先輩なので、少しむずがゆさはある。そこで、俺なりの特技でも見せてやろうということで、今日のネタ出しは俺の方から始めることにした。
まず、カバンから
そして、そのリングをちょうどつかむようにして、
「……もしかして、吸ってます?」と俺に向かって聞いてきたメルの手元に、視導術でリングを向かわせてやる。リングに嵌められた透明なガラス玉は、彼の手のひらで少しずつ青緑に染まっていった。
「なるほど、指にはめなくても吸わせられるんですね」
「いや、実はこっからが本番なんだ」
一瞬目を見開いた後、期待に満ちた眼差しの彼に笑みを返すと、俺はリングを動かす視導術の魔法陣に意識を集中させた。そして、その魔法陣を中継地点にして、また1つ別の魔法陣を思い浮かべ、思い描いたイメージにリングを沿わせていく。
すると、リングから溢れた青緑のマナが宙にとどまり図形をなし、やがて
そして、傍らのメルは満面の笑みでメモを書きなぐっている。
「あー、なるほど! マナペンを遠隔で描く技もありますから、同様にすればリングでも描けると!」
「そうそう。それで、マナペンで魔法陣を書いても魔法にはならないけど、リングはきちんと魔法になるからさ。もしかしたら、こうやって指を離れて魔法を書けるんじゃないかって」
実のところ、この発見自体ですぐにどうこうできるわけじゃない。技術的に面白い話ってだけだ。それでも新しい知見には違いない。俺は「いずれ役に立てばいいかな」程度に思っているけど、メルにとっては純粋に興味深い現象のようだ。
続いては、地面に
次にカバンからまた別のリングを取り出し、メルに見せた。「どんだけあるんですか」と笑われ、俺は苦笑いしつつも、空のリングを魔法陣の中心、青緑の霧の只中に置く。
それから十数秒後、頃合いを見計らってリングに手を伸ばして取り出すと、中心のガラスの色はほんのり青緑に染まっていた。メルに手渡すと、「なるほど」と少し淡白な反応が。
そんな彼に視線を向けつつ、俺はカバンから黒い手袋を取り出し、右手につけた。その後、カバンから3つほどからのリングを取り出す。「買いすぎですって!」と笑う彼も、次に俺が取り出したものには驚いたようだ。最後に取り出した、紫のマナを充填したリングを、手袋の上から右人差し指にはめる。
この後の流れを察したらしく、メルは黙り込んで俺に注視している。俺は、紫のマナで薄霧の魔法陣を書き上げ、その中に空のリングを3つ置いた。
それからまた時間を置き、霧の中からリングを取り出すと、取り出したリングはうっすら紫の輝きを放っていた。
「こういうことすると、また魔法庁に捕まりますよ?」
「いや、さすがに悪用はしないけどさ」
笑いながら言うメルに、苦笑いして応じる。
お嬢様のご厚意で入れてもらったマナを、個人的な利用に留める分には問題ないだろう。そのことは法規制に詳しいメルも同意した。ただ、一度もらったマナを元手にして、通貨偽造みたいなやり口でリングを増やすのにはかなり問題がある。
実際には、薄霧単体だと大した分量のマナが入らない。乾電池一本で充電池複数本を充電しようとするようなもので、薄霧に使ったマナを超えて、別のリングにチャージすることはできない。なので、単純な方法だと薄い紫のリングにしかならない。
しかし、俺には抜け道がある。たとえば収奪型を合わせて周囲のマナを吸わせたり、あるいは複製術で幾つも供給源のコピーを作ったり。そういう手口を合わせると、本当に偽造できてしまうわけだ。
そういう笑えないレベルのコピーを作れるようになると、ある意味では貴族の力の一部でも再現する事になりかねない。そのことについて是非は色々あるだろうけど、笑い話じゃ済まなくなるのは確実だ。
そういうわけで、この技については2人の胸に留めることにした。
「それで、どうしてそんなにもリングを?」
「まぁ、実験用に。最初は色の合成とかできないかなって」
ちょうど実演するためのリングがなかったので、口頭で色を混ぜる実験について話した。
最初にやったのは黒の手袋をはめた状態で、染色型と薄霧を使ってそれぞれ青と黄に染めたリングを1本の指につける実験だ。結果として出てきたマナは緑色だった。これは納得できる。
次にやったのが、お嬢様に頼んで赤色の染色型に薄霧を合わせ、赤色のマナを吸わせたリングに青色のリングを合わせる実験だ。
「どうなったんです?」
「緑色になったよ」
最初は赤と青で紫になるかなと思っていた。しかし、緑――正確にはかなり黄緑な緑――になるというのは、どうもカラースペクトルとか、あるいは色の谷での中間をとっているような感じだ。考えてみれば、赤という谷のてっぺんの色に、底に近い青色を足して、谷の反対の頂上にある紫にするってのは、色の力関係上はありえないのかもしれない。
色に関しての話が終わると、俺の方のネタ出しはここまでと判断したようで、メルが自分の話を始めようとしだした。
しかし、俺にはまだネタがある。まぁ、まだ少し微妙な奴だけど。「発展途上のネタだけど」と前置きし、この場で話すかどうか聞いてみると、彼は笑顔で「もちろん!」と答えた。
まだまだ途中のアイデアを披露するのに、抵抗がないわけじゃないけど、彼から意見を得られるのはありがたい。そういうわけで、胸を借りるような気持ちも感じつつ、俺は今日最後のネタを披露することにした。
まず、単発型の光球を3つ用意する。そして、2番目に書いた光球のちょうど上に、収奪型と殻の追記型――つまり、周囲からマナを吸って、それで自分の器の殻を強化する組み合わせ――の器を、3つ目の光球の上には、先の器に加えて継続・可動型も合わせた器を描く。この2つの器には、特に文を合わせない。何をするでもなく、ただ周囲からマナを吸うだけの器だ。
そして、魔法と器を描き終わった俺は、最後に描いた器に継続型を通してマナを注ぎ込んだ。すると、マナはさっそく殻の強化に使われた。後は様子を見守るだけだ。
作った光球は単発型で、放っておけばじきに消える。書いたタイミングはほとんど同じで、消えるのもほぼ同時になるはず……なんだけど、まず最初に消えたのは一番複雑な器をあてがった、3番目の光球だった。続いて2番目の光球が、最後に何も器を合わせなかった光球が消えた。
実験が終わると、メルは鋭い視線をすでに光球がいない宙に向けたまま考え込んだ。
「まぁ、マナを吸わせたってのはわかるんですけど……そもそも、最初に何を考えて実際にやってみたんですか?」
「長くなるけど」
「それは望むところです!」
シャキンと音でも立てそうな勢いでペンとメモを構え、爛々とした目で俺を見るメルに、ちょっと圧されながらも俺は思いつきの発端から話し始める。
最初に考えたのは、万能な打ち消し魔法を作ってみたいなというものだった。
そういうことができそうかも、そう考えることができたのは、黒い月の夜の戦いの影響が大きい。あの時、
それで、メルに教えてもらった収奪型で試してみたところ、まず収奪型で描きかけの魔法、つまり器からマナを吸わせようとしてもびくともしなかった。一方、器に文を合わせて魔法に仕上げると、収奪型で干渉できるらしい。吸わせる魔法を単発型に統一したところ、収奪型の影響下では目に見えて消失が速まった。
つまるところ、この収奪型による打ち消し(?)は、器の状態には干渉できず、すでに書かれた魔法の、それも単発型にしか作用しない。対象が継続型の場合は、たぶん相手術者からマナを吸い上げて負荷をかける妨害手段になるだろうから、打ち消せずとも邪魔にはなりそうだけど。
ともあれ、俺がイメージするスマートな打ち消しには程遠い。そう素直に説明すると、メルはすかさず質問をしてきた。
「収奪型に継続型を合わせたやつが、一番吸うのが早かったみたいですけど」
「あれは、器にあらかじめマナを与えてやれば、吸うスピードも早まるんじゃないかって思ってさ。なんだろ……徴税人に良い給料払ってやって、たくさん絞ってもらうイメージ?」
「アハハハ! なるほど!」
ちょっとブラック気味の説明に、明るい笑い声で彼は応じた。そして、メモに何か書き付け真面目な顔になって話しかけてくる。
「つまり、良い給料を与えてやるみたいな、工夫の余地がまだまだありえると?」
「そう思う。まだ具体的にこれと言った感じのはないけど」
最初に発展途上と断ったのも、そういうことだ。やりようによっては吸うスピードを早めたり、対応できる魔法の種類が増えたりするかもしれない。今のところは、動かない上に危険でもない光球を消す程度のことしかできないけど。
そんな現時点ではほとんど役立たずとも言える俺の魔法――文がない前提だから、魔法ですら無いのかもしれない――に対し、意外にもメルは強い関心を示した。
「面白いですね。新しいアプローチと言いますか、追求して見る価値はあると思います」
「そんなに?」
「まぁ、モノになるまで大変そうですけど……僕の方でも、何か足しになるような情報があれば協力します」
そんな感じで快く協力してくれるそうで、嬉しい反面、拍子抜けもした。もっと実用的な状態にまで練らないと、興味を惹かないんじゃないかと思っていたからだ。
ふと、俺は今まで気になっていた疑問を口にした。
「みんな、こういうことしないよな」
「こういうこと?」
「型や魔法の新しい使い方というか、そういう開拓みたいなの」
すると、メルは複雑な表情になった。問いへの答えはあるんだけど、言い出せない時の、迷いやためらいが満ちた感じの顔に。
何か思い当たるものがあれば、そう頼んでみると彼はちょっと困った感じの笑顔になって言った。
「思いつく理由はあるんですけど……どうかな」
「どうって?」
「んー……リッツさんのやる気を削ぐかも」
「たぶん、大丈夫」
メルの表情がそこまで深刻でないことから、俺が軽く請け負うと、彼は観念して話し始めた。
みんなが新しい試みをしない理由は、本当にいくらでもある。
まずは魔法庁の目があるから。最近は民間寄りの態度を見せてきているけど、今までは魔法の適正利用を推進してきただけに、新しいやり方というのは逆風が吹いていた。
また、まったく新しいやり方となると仲間との連携も取りづらくなる。というのも、前述の魔法庁の影響を加味した上で、仲間にも認めさせないといけないからだ。つまりきちんと連携するなら共犯にしないといけない。それが嫌だからと、連携なしでぶっつけ本番に新しい手段を試すのは、もちろんギルドだって推奨しない。
それに、魔法使いを志すならばランクというわかりやすい尺度があり、すでに定められた魔法を習得して階段を登っていくほうがずっと建設的だ。あいつにできて自分にできない、そういう魔法を減らすのも競争上はすごく大切だ。余計な魔法にかかずらっているのはもったいない。
そして、一番大きい理由は……
「うまくいくかどうかもわからないことに、自分の時間を割きたくないんですよ、みんな」
「まぁ、そうだろうな~」
「逆に、リッツさんはどうしてこういうことできるんですか? その答えが、もしかしたら記事になるかもしれませんよ?」
冗談めかしていってくるメルだけど、その目はかなり真剣だった。
「どうしてって言うと……なんでだろ? たぶん、自分の興味や関心が原動力になってるんだと思うけど」
「うーん、そう言いますよね……みんなそういう気持ちは、もちろんあると思うんですけど、それ以上にためらう部分が大きんじゃないかと思います」
「それか、俺がそういうの気にしなさすぎると言うか」
「ですね」
まるで俺が変わりものみたいな扱いをしてくるけど、メルの方も大概だとは思う。しかし、単に好奇心だけで動いているのではなく、彼の嗅覚は俺の打ち消しについて将来性というか、何かを感じ取ったようで、「よければもう少し開発してみてください」とお願いされた。頼まれなくても、閃きがあればその都度取り組むだろうけど。
俺からのネタ出しが終わり、続いてメル側の近況報告に移る。
「ほんと大変でしたよ~」と笑いながら彼が語ったのは、近隣都市の状況だった。例の騒動の原因を洗い出すのに協力しているかと思ったけど、実際はギルドマスターの指示で王都から離れ諸方を巡っていたようだ。
「僕みたいなのが、事件後に王都で嗅ぎ回ってると危ないってことで」
「ああ、なるほど」
王都にまだ敵の手のものがいるかも知れないということを鑑みた上での判断らしい。近隣都市巡りも、普段は単独でやるところを友人つきでやることになったそうだ。
では、王都に近い各都市の反応はと言うと、さすがに王都ほどの怯えようはない。しかし、色々な噂が届くと外出は少し控えめになったようで、日常に対する不安があるのは明らかだったそうだ。
ただ、それ以上に印象的だったのは、王都や国政に対する不満だった。王都の防衛に意識を向けすぎ、商業活動や冒険者への依頼を自重するムードが蔓延した結果、近隣都市と王都の間の商業活動が激減し、多くの商店があおりを食ったそうだ。
そんな王都への反感が渦巻く中、各都市の防衛戦力を王都近隣の巡回に向かわせよう、そういう話が”親王都派”の間で持ち上がると、街頭ですかさず抗議の声が上がる……そんな状況だったらしい。
「王都の外も大変だな」
「そうですね。現王政を良く思わない一派の暗躍もあるでしょうし、かなりきな臭い空気です。さすがに、露骨に行動へ移せば、国民全体から不信を買って自滅するでしょうけど」
あんな事が起きた後だというのに、良くもまぁ暗躍とか暗闘とかしたがるもんだと、逆に感心してしまった。たぶん、それぐらいのバイタリティや図太さがないと、革命家みたいなことはできやしないんだろう。
重苦しい話題が一通り済んだ後、俺はCランクの試験や魔法について聞いてみた。
「試験の方は、半端じゃないくらい暗記が増えます。ほんと、記憶力との勝負ですね」
「そんなに?」
「使える色と型が増えますからね。組み合わせが激増して魔法も増えるわけです」
「あー」
「それと、Cランク魔導師の位置づけもありますね」
Cランクになると、魔法庁みたいなお役所や軍の士官への道が開ける。すると、冒険者みたいな現場の最前線というよりは、一歩引いたところから配下を統括したり指導したりするような役回りを期待されることが多くなるそうだ。そうなると、広範な知識を習得しているのが望ましいし、法規制への知識・理解も必須だ。暗記勝負というのはそういうことらしい。
そういうわけで、Bランク魔法に興味がなければ、Dランク魔道士にとどまってCランク魔法をつまみ食いするぐらいが、実戦向けの魔法使いとしては要領がいいやり方らしい。
「Bの魔法は、難しい上に大仰で使い所に悩むのが多いですからね。Cが実戦向けで覚え甲斐もある、現場の魔法使いとしては一番充実したランクになるかもしれません」
「色増えるってことだけど、赤と紫も?」
「その2つは、ごくごく一部の魔法だけですね」
王族の赤、貴族の紫は、常人では染色型で再現するだけでもかなりの負担になるため、よほど実用的な魔法でもなければ一般向けには公開されず、大半の魔法はBランク以降に回されているようだ。
「赤のCランク魔法で、前には焚き火に使うやつもあったんですけど……」
「あった?」
「危ないということで、Cの認定魔法から落ちまして。その上第3種禁呪に指定しようかという噂も、だいぶ前に出たんです。結局、禁呪指定にはなりませんでしたけど、使う機会はほとんどなくなりましたね」
こういう事情は聞けばさっと出てくるだけあって、本当に頼りになる。ついでに俺が気をつけたほうがいいことを聞いてみると、さっきの紫のリングの件を蒸し返された。
魔法についての話も済み、そろそろ帰ろうかという頃合いになって、彼は式の件に触れた。
「僕が広報をやるんですけど、そろそろ宣伝文を書かないといけない頃合いで。リッツさんが演出に関わってるってのは聞きましたけど、当日まで内緒の方がいいですよね?」
「そっちの方がいいかな。俺の一存だから、ギルド主幹のジェニファーさんや、魔法庁の担当の方の意見も必要だと思うけど」
「そうですね、帰ったら聞いてみます!」
そんな話をしていると、昨日の練習を思い出した。初めてジェニファーさんを連れての練習になったけど、お嬢様が一緒とは知らなかったようで驚愕し、その後の実演では感極まったのかポロポロ泣かれてしまった。おかげで少し大変だったけど、立ち直ってからは魔法庁のスタッフの方とも互いの思いを確かめ合えたようで、なんだかんだうまくいくんじゃないかと思う。
そうして、みんなで1つの目標に向かって動いていると、なんだか高校の時の文化祭を思い出した。
……みんな、元気でやってるかな。
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